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 斬靄剣ざんあいけん  ―― 鈴音道行すずねのみちゆき ――
 第 二 幕
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 連なりきらめく幾本もの白刃を前に、進之介は、はてどうしてこんなことになったのかと、太い首を傾げていた。
 臨時雇いでありついた用心棒の仕事を遅番へと引き継ぎ、帰り道に一杯引っかけていこうと手近な飲み屋に入ったのが、確かかれこれ二刻ばかり前。
 気性の荒い無頼漢が多々出入りする賭場の用心棒とあって、かなり面倒ごとが多そうだと覚悟していたのだが、意外なことに、既に三日が過ぎようとする今宵の仕事も、特に大過なく終わりが来てしまった。
 別に好んで暴れようとは思わないし、ただ呑気にたむろしているだけで金がもらえるのだから、願ったりと言えばその通りなのだが。それでも時には動かなければ、身体がなまってしまうというもので。
 いささかもの足りない気分を抱えつつ、一杯二杯と盃を重ね、気がついたときには大徳利が何本も空になっていた。さすがにこれはまずいかと、勘定を払って席を立ち、当座軒を借りている町はずれの木賃宿へと向かったのだけれども。
 ―― あー、夜明けまでもうあんまりねえなぁ。志朗のヤツ、今晩は座敷に呼ばれたから遅くなるとか言ってたが、幾らなんでもとうに帰ってる頃かね。
 冷え込む夜気に腕などさすりながら、ぼんやりとそんなことを思う。
 思考が完全に目の前のことから逸れてしまっている。それに気がついたのか、向けられた刃の切っ先が、一段と殺気を増して包囲を縮めた。
「……この人数相手に、どうこうできると思ってんのか? さっさと腰のモン捨てておとなしくしやがれ」
 中央にいる男がえらそうに告げる。
「う〜ん」
 進之介はぼりぼりとびんのあたりを掻いた。
 あたりは立派な造りの商家が軒を並べる一角だ。深夜とあって、どのたなも灯りを落とし、厳重に板戸を下ろしている。日中は活気のある往来も、野良犬一匹見あたらない侘びしさだ。
 そんな道を、進之介は普段と変わらずのんびりと歩んでいた。
 が、先刻ふと物音を耳にして足を緩めたところに、傍らの路地裏から走り出てきた人物に行きあったのだ。いかにもな暗い色の装束を身にまとい、覆面で顔を隠したその姿は、どう見ても尋常な輩とは思えぬ風情で。
 ん? と立ち止まった進之介に、覆面の男も驚いたように足を止めた。
 一瞬両者は、誰もいない往来で対峙する。
 だが、男はすぐに小さく息を吸い込んだ。
 振り向いて耳を澄ます素振りをする。そして素早くその身を翻した。立ち尽くす進之介の傍らをすり抜け、あっと言う間に闇の中へと姿を溶け込ませてしまう。
「なんだ、今のは……」
 思わず見送る彼の耳にも、路地の奥からどやどやとやって来る、大人数のたてる物音が聞こえてきた。待つほどのこともなく、幾つもの提灯をたずさえた男達が、手に手に物騒な得物をきらめかせつつ姿を現す。
 もしや町の捕り方か? と考えた進之介だったが、それにしては相手の雰囲気に品というものがなかった。口汚い物言いといい着崩した派手な身なりといい、進之介が雇われている賭場に出入りしているような、ならず者どもの集団である。
 彼らは立ち尽くす進之介を見つけると、口々に声を上げて行き足を止めた。
「お、てめえは!」
「んぁ?」
 間の抜けた声を上げる進之介を、男達は素早い動きで取り囲む。
「わざわざ待ちかまえてるとは、ずいぶん度胸が良いじゃねえか」
「それとも仲間を逃がすための囮か?」
「そりゃまた損な役回りを引き受けたもんだな」
 匕首あいくちや長ドスなどを突きつけながら、低い声で恫喝してくる。
 ……どうやら今の男の仲間なのだと思われているらしい。
 まあ確かに、こんな夜更けに灯りも持たず出歩いているなど、後ろ暗いところがあると公言しているようなものだ。そしてそんな人間が同じ場所に二人もいれば、なんらかの関係があるものと解釈されても仕方がなかろう。
 だが、こればかりは完全な誤解である。
「あのな、いま走ってったヤツなら、俺は別に知り合いでもなんでもないんだが」
「はっ、誤魔化そうったってそうは行くかよ。オイ、お前ら!」
 ひとりが促したのに合わせ、半数が先へと向かい、残りの者達が包囲をせばめてきた。
 別に先刻の男がどうなろうと、進之介の知ったことではない。どうせなら俺なんかほっといて、全員で後を追ってくれないだろうかと思ったのだが、どうもそううまくは行かないようだった。
「おとなしく刀ぁ捨てて、誰の差し金か吐いたほうが身のためだぜ。それとも手足の二三本、たたっ切られた方が良いかい?」
「いやだからな、あんたら……」
 言いかけるが、相手は全く耳を貸そうとしない。
 人数が半分に減ったとはいえ、それでも七……いや八人。いかに進之介が並はずれた巨躯の持ち主でも、まともに相手をするのは無謀というものだった。
 尋常で、あれば。
「ったく、しょうがねえな」
 進之介はため息をつくと、腰の得物に手をかけた。
 ちゃきりと音を立てて鯉口を切り、抜く。
 現れた長大な刃に、男達が思わず数歩後ずさった。
 無造作に落とし差しにしていたその刀は、刃渡り三尺八寸【※約115cm】はあろうかという、大振りな野太刀であった。通常使われる刀が二尺五寸からせいぜい三尺程度であることを考えれば、けた外れの長さである。揺れる提灯の灯を反射する刀身の厚みもまた、長さに比して分厚いそれだ。古来いくさ場において、敵をその甲冑もろともたたき斬ることを目的とした、完全に実戦用の大刀である。
 これほどの得物となると、扱う方にも相当な膂力りょりょくと伎倆が必要とされる。だが進之介は慣れた仕草で太刀を構え直した。柄の端から伸びた手抜き緒を、手遊てすさびのように左手首へと巻きつける。
「てめえ、やる気か!?」
「そいつぁこっちの台詞さね。やりたがってんのはあんたらの方だろ」
 片手でぶんと太刀を振り払う。
 すさまじい剣風が男達の身体を叩いた。
「 ―― 悪いが」
 進之介の声が、ふと一段低いものに変じた。
 男達を見る半眼にされた瞳が、提灯の灯を受けてぎらりと底光りする。
「加減できるほど腕が良くなくてな。やるなら死ぬ気でかかってこい」


「うぉおおッ!」
 男達のうち二人が、匕首を構えてつっかかった。
 ひとりは腰だめに、ひとりは頭上高くに刃を振りかざし、進之介目がけて突進する。
 進之介は大きく一歩を踏み出す。その巨体からは想像もつかぬ、なめらかな動きだ。重い風切り音をたてて太刀がひらめく。
 ひとり目が肩口から斬り下ろされた。そしてもうひとりは胴を横ざまに薙ぎ払われる。
挿絵3  悶絶して倒れるのに目もやらず、進之介は兄貴分と見なした男の方へと突進した。
「う、うわぁっ!」
 向かってくる巨体を前に、男は悲鳴のような声を上げて長ドスを振り上げる。
 構わず斬り下げようとした進之介へと、横から邪魔が入った。突き出された棍棒を寸前でかわし、太刀の柄で跳ね上げる。
 先に鉄を仕込んだ長い棒を槍のように構えた男は、甲高い奇声を発しながら矢継ぎ早に突きこんできた。どうやらそれなりの心得があるらしく、その動きはかなり素早いそれだ。
「 ―― っ」
 進之介は数歩後退して間合いを取ろうとした。
 それを好機と見たのか、ひとりが無防備な背中に斬りかかる。
 が、その頬桁ほおげたを、片足を引き半身を開いた進之介が殴りつけた。赤子の頭ほどもある拳に頬を砕かれ、男は折れた歯をまき散らして吹っ飛ぶ。
 顔も向けず裏拳で男を張り倒した進之介は、何事もなかったかのように柄を握り直し、棍棒の相手に戻る。
「むんッ」
 太刀をひと降りすると、太い棍の先端が見事に斬り落とされた。返した刃が愕然とする男の腹へと吸いこまれる。
 瞬く間に半数を地に伏せさせた進之介は、一呼吸おいて残る男達を見わたした。
 圧倒的な強さに、男達は完全に気を呑まれていた。
 それぞれの得物を握る腕が、小刻みに震えている。だが彼らは、続く言葉にはっと息を呑んだ。
「……これでもまだ、一応は手を抜いてやってるんだがな」
 顎をしゃくってみせるその先で、斬り捨てられたはずの者達が苦痛の呻きをあげていた。弱々しくはあるがもがくその肉体に、ぱっくりと開いた傷口などどこにもない。
「峰打ちだ。当たり所が良けりゃ生きてるだろうが……」
 進之介は片手を柄から離して軽く振った。
「刃を返すと、こっちの手も痛ェんだよ。これ以上やるってんなら、今度は真剣マジで行くぜ」
 峰打ちと軽く言うが、いかに刃を返したとはいえ、要は鉄の棒で殴りつけている訳である。進之介の膂力とこの太刀であれば、骨の数本ぐらいは容易にへし折られているはずだ。
 進之介の方も、斬れば反対に抜ける力がまともに跳ね返ってくる訳だから、当然それだけ腕に負担がかかっている。もっとも彼の鍛えられたぶっとい猿臂えんぴは、ちょっとやそっとのことではびくともしそうになかったが。
「く……ッ」
 兄貴分の男が歯ぎしりした。しばし迷うように倒れた男達を見る。
「仕方ねえ、引くぞ!」
 その言葉に、残った者達はむしろ安堵の表情を見せた。得物をしまい、負傷者達を手分けして担ぎ上げる。
「覚えてやがれッ!」
 ありがちな捨て台詞を吐いて元来た道を戻ってゆく。
 その後ろ姿を見送って、進之介は太刀を鞘に収めた。そうして……ぽりぽりと頬を掻く。
 その面差しに、先ほど男達を相手にしていたときの苛烈さは欠片もなく、既にいつもの茫洋とした表情に戻っていた。
「あんま、自信はねえんだけどなぁ ―― 」
 ぽつりと漏らした呟きが、文字通り男達のことを記憶しておける自信がないということなのだ、と。
 気がつく余人は幸い、その場にいなどしなかった。


*  *  *


 翌日。
 既に陽も高く昇った頃合いにようやく目を覚ました進之介は、とっくに起きていた志朗に、昨夜の出来事をかいつまんで話した。
「 ―― で、そいつらが何者だったのかは、結局判らずじまいかい?」
「ああ。最初の奴を追っかけてった方も、どこまで行ったか、さっぱりだったし」
 気のなさげな答えを返す男に、志朗は深々とため息をついて、髪をく手に力をこめた。
「おい、痛いぞ」
「我慢しな」
 不機嫌そうに即答されて、進之介は沈黙する。
 あぐらをかいた大男の後ろでその髪を結ってやっていた志朗は、いささか強すぎる力で紐を結んだ。そうして櫛や鬢油を手に立ち上がる。
「できたぜ」
「……なんか目がつり上がってる気がするんだが」
「アンタの目つきは、少しぐらいきつくなってた方が良いんだよ」
「む」
 にべもなく言って、手早く道具を片づける。
 しばらく手のひらで顔面を撫でていた進之介だったが、やがて諦めたのか腕を下ろして胸の前で組んだ。手を空けた志朗は、粗末な部屋の隅に置かれていた盆を持ち上げ、進之介の前へと戻ってくる。
「ほら、握り飯」
 膝の前に音を立てて置いた。乱暴な仕草だったが、進之介は気にせず嬉しそうに手を伸ばす。
「だいたい灯りも持たずに歩くから、やっかいなことに巻き込まれるんだよ。めんどくさがらず、ちゃんと提灯使えっていつも言ってるだろうが」
「そうは言うがな」
 わしづかみにした握り飯をほおばりながら、進之介が答える。
「危ないじゃないか」
「普通は灯り持ってない方がよっぽど危ないんだよ!」
 甲高い声が返った。
「ったく」
 ぶつぶつとぼやく志朗の横で、進之介は遅い朝飯を平らげてゆく。


「……あれで腕っぷしが悪かったら、ほんとにろくでなしだよな。あのおっさんは」
 昼下がりの通りを歩きながら、志朗は内心でまだこぼし続けていた。
 鈍いしズボラだし、物への執着がないから、あれこれ選んでやってもすぐに無くしちまう。そもそも、あのでかい図体でおおざっぱに動くから、今朝だってまた鴨居に額ぶつけやがって。安宿が衝撃で揺れてたじゃないか。まったくもう……
 などと心中では盛大に文句を垂れまくっている。しかしすらりと背筋を伸ばして足早に歩を進めるその姿からは、内心の口汚さなどまったく想像できない。
「ええと、確かこのへんのはずだけれど」
 つと行き足を止め、周囲を見わたす。
 そのあたりは、問屋が連なる一角だった。旅人を相手に食料や様々な消耗品などを商う店が、何軒も固まっている。
 志朗が探しているのは三味線問屋だった。
 三味線の糸は、丈夫な絹糸を幾本も縒り合わせ糊で固めたものだ。太さによって音色が変わるそれを三本使用するところから、三味線の名が付いたわけである。しかしこの糸、存外切れやすい。一曲弾いている間にも少しずつ伸びていってしまうため、弾きながらこまめに調律する必要があるし、もっとも細い三の糸などは、気を遣って弾いても三日保てば良い方だ。
 ここしばらく座敷やなんやにお呼びのかかることが多く、夜通し弾くようなことが続いていた。相手も羽振りのいい商家のご隠居だとか、上洛途中の良家の姫君だとかいった、かなり耳の肥えているだろうお歴々ばかり。
 もちろん相手を見て芸の手を抜くなど、芸人の風上にもおけない所行である。相手が誰であろうと、志朗は常に持てる限りの技を尽くした。だが、やはり聞く耳のある人物が相手となると、あまり糸を気遣ってばかりもいられない。
 旅暮らしではそうそう予備の糸の持ち合わせもなく、いい加減買い足しておかなければ商売に差し障りが出る頃合いであった。
 ついでに古くなってきた下駒【※しもごま:三味線の糸を支える部品】も、良いのがあれば ―― などと考えながら、看板を確認してゆく。
「あった」
 ようやく目的の店を見つけ、志朗は足を踏み出した。
 と……
「ちょいと、そこの芸人さん」
 ふいに横合いから呼びかけてくる声があった。
「 ―― はい?」
 志朗は振り返ると、少し腰をかがめるようにして相手を見返した。
「なんでございましょう」
 その顔には、既に媚びとは異なった種類の、もの柔らかな笑みが浮かんでいる。
 元来の性格がどうであれ、芸人たる彼は完全に客商売が身についていた。通りで声をかけられれば、反射的に物腰が営業用へと切り替わる。
 相手は店と店の間にある、狭い路地の入口に立っていた。ちょうど陽射しの影となっており、はっきりとした風体は見ることができない。
「うちの旦那が、噂の芸人を座敷に呼びたいって言ってるんだがね」
「噂の、とおっしゃいますと……?」
 とぼける素振りなどしつつ、数歩そちらへと近づいていった。
 こういう形で仕事にありつくことは、別段珍しいことでもない。だからこそ、油断があった。
「こっちへ」
「あの、今すぐでございますか」
 背を向けて歩き出そうとする男に、焦って後を追った。
 確かに商売道具の三味線は片時も離すことなく持ち歩いているが、前述の通り糸を買い足す必要があったし、そもそもこの午後には ――
 志朗の身体が男を追って路地に入った瞬間、その背後に人影が立った。気配を感じて振り返ろうとした時、首筋に鈍い衝撃を感じる。
「な……」
 くらりと視界がまわった。身体が平衡を失い、膝が崩れるのを自覚する。
 辛うじて上げた視界に、見下ろしてくる男達の下卑た笑みが映り ―― すぐにそれも闇の中へと沈んでゆく。
 とっさに脳裏をよぎったのは、昨夜進之介を襲ったというならず者達の存在だった。
 だから、あれほど灯りは持って歩けって……
 そんなどこか場違いめいた罵倒を最後に、志朗の意識は失われていった。


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