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 楽園の守護者  第六話
  ―― 風の吹く谷 ――  序 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2000/08/12 17:44)
神崎 真


 風の強い晩だった。
 空は、墨を流したかのように暗く、黒く、不透明に濁っている。
 嵐の前触れか、不快な生暖かい空気がじっとりと肌にまとわりつくようだ。
 闇の中に、生き物の気配があった。小さく潜められた早い息遣い。懸命にひそめようとしながらも、どうしてもこらえきれないかすかな喘ぎが漏れ聞こえてくる。
 気配はひとつだけだった。そのたったひとつの気配が、伸ばした手の先すら見えぬ暗闇の中で、怯え、わななき、身を縮めてうずくまっている。
 風が大きく枝を揺らすたびに、引きつった吐息とすすり泣きが漏れた。
 どれほどの時間が過ぎただろうか。
 がさりと、茂みの揺れるひときわ大きな音が響いた。
 同時に、闇を透かして漂ってくる、異質な気配。
 息遣いの音もなければ、体温が伝わってくる訳でもない。それでもそこに『何か』がいることが『わか』る。
 悲鳴があがった。最初の気配も『それ』の存在を感じ取ったのだ。逃げようとしているのか、懸命にもがいているらしい。だが、いっかなその場から離れられてはいない。
 枝が折れる音。
 重い物が地面を擦る振動。
 『そいつ』は確実に近付いてきている。がさがさという、得体の知れない響きが徐々に大きくなってゆく。
 そして、
 厚く天を覆っていた暗雲が、その時だけわずかに切れ間を生じた。
 薄いベールを広げたかのように、月の光がひとすじ差し込んでくる。
 照らし出されたのは、ぼろをまとい地にうずくまるひとりの少年だった。そして、覆い被さるようにして彼を見下ろす、巨大な影。
 少年の目が大きく見開かれる。痩せこけ骨の浮いた喉が、引きつったように上下した。
 絶叫は、影が襲いかかる音にかき消される。
 やがて、
 再び雲が流れ、あたりは闇へと閉ざされていった ――


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