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 楽園の守護者  第十一話
 ― 失われた欠片 ―  序 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/1/04 15:36)
神崎 真


 不自然な水音を耳にした気がして、漁師は網を引き上げる手を休めた。
 大きな魚が跳ねたのだろうかと思い、小舟の上からあたりを見わたす。
 夜明け後間もない海上は、鈍色にびいろの波におおわれていた。聞こえてくるのは寄せては返す潮騒ばかり。あとは時おり早起きの海鳥が鳴き交わす、甲高い声が入り混じるぐらいだ。
 どうやら気のせいであったかと、漁師は再び仕事に戻った。
 小半時もすれば、太陽が昇りあたり一帯を明るく照らしだすはずだ。気温がぐんと上がり、世界は色鮮やかさを取り戻す。その代わり魚達は食事を終え、海の深いところへと身を潜めてしまう。今のうちに少しでも多く、獲物を確保しなければならなかった。
 せっせと網をたぐる漁師の背後で、海面が揺れる。
 明らかに自然の波とは異なる、その動き。だが漁師はなにも気がついていなかった。
 たぷりと水が鳴る。
 暗い水面下で、なにかが蠢いていた。
 魚であれば、船縁にまでは近づいてはこないはずだ。しかし揺れる水面に阻まれてはきとは見えないが、明らかに生き物の動きをする何かが、舟のすぐそばにいる。
 魚を掴み出した漁師は、再び網を打つべく、小舟の上で立ち上がった。
 ゆらゆらと揺れる中、慣れたように姿勢を保ち、網を持ち直す。
 そして ――
 広がった投網が水面を叩く音と同時に、もう一つの水音があたりに響いた。
 激しく水面をかき乱したそれは、しばらくの間続いたが ―― やがて何事もなかったかのように途絶える。
 後に残されたのは、幾重にも連なり広がる波紋と、その中央でゆったりと上下する一艘の小舟。
 そうして、引き上げる手を失い沈みゆく、絡まった投網ばかりであった。


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