<<Back  List  Next>>
 楽園の守護者  第十話
 ―― 予 兆 ――  終章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 明かり取りひとつない地下の通路に、固い靴音が生じていた。
 じめついた石組みの階段を下り、同じく切り出した石材で組みあげられた一室へと踏み込んでゆく。
 手に提げた角灯の光が揺らめき、人物の影を大きく壁や天井へと映しだした。
 角灯を持った手を大きく掲げ、室内を照らす。
 焔に浮かぶその面差しは、端正なものだった。半ば白いものが混じる髪を、綺麗になでつけている。鼻の下で整えられた髭も色を変え始めているが、まだまだ年齢を感じさせるにはほど遠い、精力的な雰囲気を身にまとった男。
 コーナ公爵セクヴァール=フレリウス。
 彼は王太子の出立を見送った後、執務室で仕事を続けていたはずだった。その公爵が、何故かひとり屋敷の地下深くへと足を踏み入れている。公爵ともなれば、どこへゆくにも人数を伴い、まして手ずから灯りを持つことなど滅多にするはずもないのに。
「 ―――― 」
 角灯をかざした手を追うように、公爵は視線を上げた。部屋の真ん中に置かれたものを、そうして見上げる。
 両目が細められた。
 そこにあったのは、銀色に輝く円筒であった。
 人ひとりがすっぽり収まるほどの、金属でできた円筒 ―― それは紛れもなく、ロッドが海上で見た、あの『舟』と同型の物体であった。
 蝶番ちょうつがいのように大きく開く構造になっているが、いまはきっちりと閉ざされ、石の台座上に屹立している。
 金属でできた表面に、幾つもはめこまれた半透明のモザイク。上部三分の一を占める四角い透明な部分は、いまならば窓のようにも見えた。
 公爵は、しばし無言でそれを眺めていた。
 が、やがて……その口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「ふん……」
 小さく鼻を鳴らして呟いた。
「アルスの若造が、いい気になりおって」
 低い声で紡がれる言葉。
 そこには、隠しようもない鬱屈の響きがあった。角灯の灯りを浴びた瞳が、暗い光を宿している。
 つと手を伸ばし、金属の表面を撫でた。
「……まったく『舟』だと? なにも知らぬ癖に、あんな者が王太子だなどと……」
 力のこもった指が、円筒の表面を引っ掻いた。その感触に我に返ったのか、公爵は手を引いた。そうして小さく舌打ちする。
「まぁ良い。せいぜい陛下に泣きつくことだ」
 もしあれがロドティアスであったならば、一目見てそれと知ったであろうに ――
 公爵の瞳がわずかな間、いつとも知れぬ過去の時間をさまよった。
 だが、公爵はすぐに己を取り戻すと、もう一度その物体を見上げた。そしてなにかを吹っ切るようにきびすを返し、地下の部屋を出てゆく。
 後に残されたのは、闇に沈む円筒と、そして掻きまわされた黴臭い空気。
 ただそればかりであった。


― 了 ―


(2002/12/25 11:19)
<<Back  List  Next>>





本を閉じる

Copyright (C) 2003 Makoto.Kanzaki, All rights reserved.