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 不帰永眠かえることなきとわのねむり  骨董品店 日月堂 第二話
 序 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(1992/8/1 AM8:41)
神崎 真


 その晩は、ひどく寝苦しい夜だった。
 不快指数が100 を越えているのではないかと思えるほどに、蒸し暑く、息苦しい夜。
 ただでさえ暑くて腹にしか掛けられない布団など、とうの昔に蹴り飛ばしてしまっていた。それでも少しも楽にはならず、少年は先程からしきりに寝がえりをくり返していた。
 ランニングシャツとトランクスだけを身に着けた身体は、後から後から出てくる玉のような汗でじっとりと濡れている。 夜半を過ぎてもいっこうに眠ることができなかった。
 たまりかねた彼はついにがばっと勢いよく起き上がった。
「だ ―― ッ! 暑いッ!!」
 大声でわめいてゼイゼイと荒い息をつく。顔面に浮かんでいた汗がつうっと尾を引いて流れた。非常に気色が悪い。手を上げて拭ってはみたものの、結果的に汗を顔中に塗りたくっただけだった。
「ったく、何でこんなに暑いんだ?」
 ぶつぶつと愚痴をこぼす。ここ何年かは異常気象だとかで、過ごしやすい夏が続いていたというのに。
 とりあえず台所で何か冷たい物でも飲んでくるとしよう。それから扇風機と氷枕でも持ってくれば、少しはすごしやすくなるはずだ。そう考えてベッドから出ようと身体を動かす。
 が、その瞬間に少年はぴくりとも動けなくなっていた。けして自主的に動きを止めた訳ではない。身体中がどこか痺れているような感じがして、ベッドから下りかけた体勢のまま指一本まともに動かせないのだ。
 低い耳鳴りが聞こえてくる。身体を濡らす汗は、いつの間にか冷や汗へと、とって代わられていた。神経は確かにまだ暑さを感じているのに、皮膚一枚を隔てた体内には異様なまでの冷たさがある。
 金縛り、という単語が頭に浮かんだ。折しも頃は夏。風物詩は幽霊とまでもいわれる季節だ。
 彼は思わず唾を呑みこもうとした。だが口の中はからからに乾ききっていて、喉を通ったのは空気の塊だけだった。
 お、落ち着け落ち着け。これはめったにない体験なんだぞ。よっく見きわめて明日話のネタにしてやれ。心の内で自分に言い聞かせる。そして唯一動かすことのできる目をあちらこちらにむけてみた。目をこらして暗い室内を見通そうとする。
 しかし暗闇に何かを見出すよりも先に、何やら声が聞こえてきた。低くかすれて聞き取りにくいその声。そこにはどこか人をぞっとさせるような、おどろおどろしいものが内包されていた。
 ……セ…ヌ……ヨクモ、ワガ……眠リ……悠久……ナル…安息、ヲ……
 さながら怨嗟のごとき、憎しみに満ちた言葉。
 ……妨ゲシ……者……ワレハ、許サヌ……!
 地の底から聞こえるとも、四方八方から聞こえるともつかぬそれに、彼は最早落ち着いて事態を観察する余裕など失ってしまった。もしも身体が自由だったならば即座に声を上げて部屋を飛び出していたことだろう。
 だが、金縛りは解かれなかった。恐怖により痙攣している筋肉は、自分の意志で操ることなどまるでできない。
 眠ラセ……ナド…セヌ……ワガ苦シ……ミ……貴様モ味ワウガイイ……
 何かひやりとしたものが足首に感じられた。ひっと息を呑んで恐る恐る視線を下げてゆく。
 次の瞬間、乾いて貼りついた喉から洩れたのはかすれて声にならない悲鳴であった。


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