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 魔 鏡 遊 戯マジックミラー・マジック  骨董品店 日月堂 第十一話
 序 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2007/10/20 20:20)
神崎 真


 かたり、と。
 乾いた音ともに、桐箱の蓋を払う。
 真新しい木の香りが鼻腔をかすめ、その心地よさに思わずつと眼を細めた。
 内部に収められているのは、手のひらを広げたほどの大きさの、鏡が一枚だ。
 繊細な鏡面を傷つけぬよう、幾重にも包んだ白い布を、順に丁寧にほどいてゆく。
 やがて、見事な浮き彫り文様がその姿を現した。
 銅でできた表面に彫り込まれた、翼を広げた鶴と、甲羅に生えた苔を長くなびかせる古亀こき。古来よりこの国に伝えられてきた、典型的な吉祥の図柄だ。
 伸ばした指でその浮き彫りを撫で、それからそっと鏡そのものを箱から取り出す。
 台座は、事前に幾度も慎重に調整し、ぴったりの角度となるよう仕上げておいた。
 金属のもたらすずしりとした重さに手を滑らせぬように、注意深く、なめらかな鏡面をこちら側へ向けて、立てかける。
 数歩後ずさってきちんと収まっているのを確認して、これも慎重に位置を定めておいた、照明のスイッチを入れた。
 眩しい光が鏡の表面へと降り注ぎ ―― はね返されて、反対側の壁へと、丸い光の円を映し出す。
 思わず、喉の奥から息が漏れていた。
 感嘆だったのか、それとも満足であったのか。あるいは安堵であったのか。
 そのすべてかもしれないし、あるいはどれでもないのかもしれなかった。
 ただ彼は、己にも理解できぬ衝動のままに、『それ』を見つめたまましばし立ち尽くしていた。
 あるいはそれは、祈りと呼べるものだったのかもしれない。
 宗教という存在に対し、これといった執着もこだわりも持ち合わせてこなかった彼は、しかしいまなにとも知れぬ存在に向かい、確かに望みをかけていたのだ。

 これならば、と ――

 うっすらと、口元にあるかなきかの笑みを浮かべて立ち尽くすその姿を、まるで見守るかのように。
 見上げる壁の高みから、光の十字架が彼を見下ろしているのだった。


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