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 影 見 影 待かげをみかげをまつ  骨董品店 日月堂 第九話
 序 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2004/10/13 06:58)
神崎 真


 柔らかな陽光が、よく手入れされた庭園に、燦々さんさんと降り注いでいた。
 暦の上では春が訪れたとはいえ、まだまだ気温も低く、時として雪すら見られるこの時期に、これほど穏やかな陽差しが見られることは珍しい。
 堅苦しい儀式を終えた客達も、手に手に用意された飲み物や料理を取り、過ごしやすい空のもとで歓談していた。
 見事な日本庭園の一部を解放しての、立食形式の宴。
 そこここで交わされる会話の多くは、その背後になにがしか、語られる内容とは異なる意味合いを含んだものだった。それは家同士のつき合いからくるものであったり、互いに腹を探り合うがゆえの不穏さを孕んだそれであったりしたのだが、それでもほとんどが上品な笑顔と丁重な物腰とに柔らかくくるまれ、一見したところなごやかな雰囲気をかもし出している。
 老若男女、様々な人々が盛装姿で行き交うその中で、一人ひときわ目を引いている青年がいた。
 彼がそばを通り過ぎるたび、人々は会話を止めてそれを見送っている。そして青年もまた、それらの視線に気がつくつど、微笑みを浮かべては小さく会釈を返していた。
 その身にまとった空気は、柔らかく穏やかな、まさに今日の陽差しをも思わせるようなそれだ。
 首の後ろで束ねた長い髪が、そよ風にさらさらと揺れている。陽光の下でも深さを失わない闇色に、女性客の一人が羨望のため息を洩らした。
 黒髪とは対照的な、白磁のように白い肌も、男にしておくにはもったいないほどのもので。
 ふ、と。
 誰かに呼びかけられたのか、青年の瞳があげられ、周囲を見わたした。
 きらめく双眸は、磨いた黒曜石か。
 目的とする人物を見つけたのだろう。ゆっくりと一度まばたきしたのち、口元がふわりとほころぶ。
 そうして彼は、そちらの方へと足を踏み出した。
 その動きに合わせ、空気をはらんだほうの袖が踊る。
 一瞬光をはね返したのは、彼が左手首にはめた、腕飾りの紅で ――


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