It is daily, too.  骨董品店 日月堂 第三話
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2000/11/11/14:05)
神崎 真


 店の扉には、まだ『準備中』という札が下げられたままだった。出窓風のショーウィンドウからのぞける店内も、明かりのひとつとして灯ってはいない、薄暗いものだ。
 駅前駐車場に車を置き、歩いて日月堂までやってきた和馬は、ちょっと戸惑って足を止めた。
「休み……か?」
 大きな掌でその前髪をかき上げる。
 時刻は平日の昼下がりである。普通の店であれば、まず確実に営業している時間帯だった。それによしんば休日であったとしても、仕事熱心なあの店長が、店を閉めているとは思えなかったのだが。
「 ―― まいったな」
 呟いて、しばし扉の前で立ち尽くした。
 手に提げた紙製のバッグに視線を落とす。ちょうど近くを通ったことだし、渡したいものがあって寄ってみたのだが。こんなことならば、事前に連絡を入れてから来るのだった。そんなふうに思ってみても、今さら後の祭りである。
 しばらく待つか、それとも手紙を付けてドアノブにでも引っかけて行くべきか。幸い時間に余裕はあるから、待つのにやぶさかではないのだが、果たして今日開くのかどうかすら判らない店の前で待ちぼうけているには、いささか残暑厳し過ぎる9月の午後であった。
 こんな時にこそ携帯電話を使うべきなのだろう。しかし仕事柄持ち歩く習慣のついていない ―― 下手な場面でいきなり鳴られては、文字通り命が危ない ―― 和馬は、いまもしっかり車の中に置いてきてしまっていた。どこかの公衆電話を使おうにも、相手の番号すら携帯のメモリの中だ。
「う〜ん」
 どうしようか。
 扉の真ん前で腕組みして唸る大男、というのもなかなか胡乱うろんな光景であった。
 と ――
 かちゃりという、かすかな音が耳に届いた。目を落とせば、扉と敷居の間に、ごくわずかな隙間ができている。
 ガラスのはめ込まれた重い扉は、間違っても自然に開くような代物ではない。まして準備中であれば、そこにはしっかりと鍵がかかっていたはずだ。
「…………」
 和馬はしばしノブに視線を落としていたが、やがて手を上げて大きくドアを押し開いた。そうして、暗い店内へと足を踏み入れてゆく。
 上部についたベルの鳴る音が、カラコロとあたりに響きわたった。


 店の中には、やはり人の姿はなかった。和馬の姿を見つけた晴明が、慌てて扉を開けた、ということではないらしい。調度にぶつからぬよう、慎重に歩を進める和馬の行く手で、燭台を模した照明器具が、次々と明かりを灯していった。暖かみのある穏やかな光に、店内の様子が柔らかく浮かび上がる。
 中央にある円卓に荷物を下ろした和馬は、改めてぐるりと視線を巡らせた。
「『誰』か、いるのか?」
 そう問いかける。
 実際、気配はあった。和馬の感覚は常人のそれとはいささか異なっている。人間の持つ気配とは異なった、言葉では表現しがたいそれが幾つも感じられた。だが、曰く付きの品々が数多く置かれているこの店では、むしろ雑多なそれらが多すぎて、いまひとつはっきりと存在を掴むことができない。
 またも固い物が触れあう音が聞こえた。はっとそちらに視線をやれば、いつの間にか卓上に茶器が置かれている。水出しとおぼしき、冷たい緑茶の満たされた硝子製のそれだ。
 ―― 少なくとも、もてなそうという意志はあるらしい。
 和馬はすがめた目で茶器を見下ろした。いったい何者が、どんな方法で淹れたかも定かではないお茶だ。手にとった途端、煙のように消えてしまったり、別の何かに変わってしまうようなことも、この店ではけっしてあり得なくない。
 が……
 ひとつため息をつくと、彼は手近な椅子にどっかり腰を下ろした。背もたれに深く身を預け、茶器に手を伸ばす。
 よく冷えた玉露は、汗ばんだ身体に染みわたるような美味さだった。
「ぷはぁ」
 一気に半分以上干し、爺むさい声を出す。
 良い葉で時間をかけて出しているらしく、そういったものにあまりこだわらない和馬にも、心地よい香り高さが感じられた。
 しみじみと残りを味わっている彼の背を、何かがつつく。
 最初は気のせいかと思った。それほどかすかな、つんという感触。幾度か間をおいて繰り返されて、ようやく気が付くような、おずおずと遠慮がちなそれ。
 どうやら、もてなしの主がお出ましになったらしい。
 にやりと笑んで、和馬は器を持ったまま、身体ごとそちらの方を振り返った。

 ―― ぶっ

 含んでいた茶を吹き出し、背中を丸めて咳き込む和馬の前で、彼女はつぶらな瞳をくるりと動かした。その頭が、きょとんとしたようにかしげられる。
 彼女の名は、なぎといった。いつもは晴明の持つ腕環の勾玉に宿っており、和馬とも既に見知った間柄のあやかしである。
 ちなみに、彼女の姿を一言で形容すると、巨大イモ虫だったりする。
 大きさは人間の赤子ほどで、頭の部分には、握り拳ぐらいもある硝子玉のようなひとつ目がはまっている。全身ぶよぶよとした灰白色の皮膚に包まれており、ちょっと傷つけただけで体液が溢れ出してきそうだった。口元から幾本もの長い触手が伸びて、ゆらゆらと宙をうごめいている。どうやら先ほどつついていたのは、このうちの一本らしい。
 身体の前半分を垂直に起こしたイモ虫は、むせる和馬を気遣うように、伸ばした触手でその背中をさすった。飾り棚の上からだったが、伸縮する触手は充分に届く。
 さらにその周りを、光の珠が巡っていた。やはり心配するように、せわしなく瞬きながらあたりを飛びまわっている。こちらも名前は判らないが、おそらく晴明の友人のうちであろう。
 ようやく咳が収まった和馬は、汚れた口元を袖で拭いながら顔を上げた。
「お、お前が淹れたのか? これ……」
 奇跡的に中身が残っている茶器を示す。
 凪は応じて触手を揺らめかせた。頭が動き、角度の変わった目玉が色合いを深くする。
「いや、まぁ、いいわ」
 ひらひらと手を振って、答えを退けた。どうせ何を言っているのかは判らないのだが、たとえ判ったとしても、訊かない方が身のためのような気がした。
 あたりを濡らした飛沫を拭っていると、いつの間にか凪が卓上に移動してきていた。和馬が置いた紙袋をしげしげとのぞき込んでいる。
「ああ、土産なんだが ―― 食うか?」
 あまり食べ物に触れられたくはないので、先まわりして問いかけた。がさがさと中を探り、包みを取り出す。包装紙を破って蓋を開けると、小振りなパイが並んでいた。ひとつをとって半分に割る。
「そら」
 茶たくに載せて前に置いた。色鮮やかなラズベリーのジャムがその割れ目からのぞいている。
 凪はしばし興味深げにパイのかけらを眺めていた。触手を伸ばし、ちょんちょんとつついてみる。と、先っぽにジャムが付着して、驚いたように触手を引いた。困ったのか、しばらく宙に浮かせていたが、やがてそろそろと先を口元に持っていく。
「どうだ?」
 残りの半分を口に放り込んだ和馬が、咀嚼そしゃくしながら訊ねた。
 返答は、いっせいにざわめき始めた触手がした。うねうねと長さを伸ばしながら、よくぞ絡まないものだと感心する複雑な動きを披露する。何本もの触手がパイに絡みつき、細かく解体し始めた。
―― どうやら、気に入ったらしい。


 ドアベルの鳴る音とともに、むっとする外気が店内へと流れ込んできた。顔を上げれば、晴明が鞄を手に戻ってきたところだ。本日の服装はシンプルな半袖の開襟シャツに焦茶色のズボン。相変わらず、左腕に勾玉の腕飾りをつけている。
「あれ、和馬さん。いらしてたんですか?」
 和馬を見て驚いたように問いかけてくる。
「よ」
 手を上げて短く挨拶した。
「お久しぶりでございます。いらっしゃるのなら、ご連絡いただければお待ちしておりましたのに」
 そんなことを言いながら歩み寄ってくる。
「ただいま戻りました。凪、氷雨ひさめ
 卓上のイモ虫と飛んできた光珠に会釈した。
「思いついて寄ったからな。仕事だったのか?」
「いえ、学校です。試験だったので、これでも早く終わったんですが」
 鞄を置いて言う。予想外の答えに和馬はしばし言葉を失った。
 ……そう言えば、こいつは現役の学生だった。しかもまだ高校生である。持つ雰囲気と落ち着きから完全に失念してしまっていた事実に、改めて戸惑いと驚嘆を覚える。
「ああ、ありがとうございます」
 席に着いた晴明の前に、冷茶のグラスが現れている。誰にとも知れぬ礼を言って、晴明は口をつけた。
「それは?」
 目で示したのは、テーブルに広げていた幾葉もの写真だった。凪が触手でいじくりまわしている。一枚を差し出されて、受け取り視線を落とした。
「わたし……ですか?」
 困惑したように呟いた。
 そこに写っているのは、まさに晴明の姿であった。崖の上、広がる水平線と飛び交う海鳥を背景に、空を仰ぐ横顔が切り取られている。見覚えのある景色は、数ヶ月前ともに訪れた港町のものだ。
「ああ。無断で悪いとは思ったんだがな、とっさにシャッターを切っちまったんだ。良く撮れてるだろ?」
 海面から吹き上がる潮風に、束ねた長い黒髪が宙を舞っている。まぶしげに細められた瞳は、眩い日差しを浴びてなお、深く澄んで底を見せない。柔らかな微笑みがほのかに口元を彩り ――
 めったに人物を撮ることなどない和馬だったが、この一枚は会心の出来と言えた。
「で、な」
 一度言葉を切って注意を引く。はい? と顔を上げた彼の、目を見て問うた。
「こんど海辺がテーマのコンテストがあるんだが、こいつ出品しても良いか?」
「ええっ?」
 フリーの写真家と言えば聞こえはいいが、裏を返せば定まった契約相手スポンサーを持たない、風来坊ということである。いつもは雑誌の記事につけるそれやポスター、テレホンカード用の写真など、その時々の注文に応じて撮影をするのだが、やはり自分の好きに撮るのが一番楽しく、また良い作品が出来上がると和馬は思っている。そして良い写真が出来たなら、それを多くの人間に見て欲しいのが当然の欲求で。
「どうだ?」
 確認しながらも、断られるとは思ってもいなかった。
 が……
「それは ―― 」
 表情を曇らせて、晴明はふと目を伏せた。手にした写真を困ったように見つめる。意外なその反応に、和馬の方が戸惑いを覚えた。
「なんだ、なにか迷惑だったか?」
 本人が意識していない姿を勝手に撮影してしまったのだ。いささか礼を失した行為であったことは自覚している。だからこそ、出品前にこうして断りにやってきたのだが。しかし彼であれば、二つ返事で承知してくれるものと、勝手ながら思い込んでしまっていた。
「コンテスト、ということは、多くの方の目に触れるのですよね」
「ああ」
 それが目的なのだから、当たり前のことである。
「それは、ちょっと……」
 珍しく、歯切れの悪い口調で首を振る。ますますもって解せない反応だ。
「恥ずかしいのか? 心配しなくても、お前は充分観賞にたえる被写体だぞ。それに名前を出したりもしないし」
 晴明は、けして美形だとか、目を引く容姿をしているというのではない。髪の長さや肌の白さなどは確かに特筆できるが、顔立ちや体格などはむしろ目立たない方だと言っていい。整っているとも、さりとて醜いとも表現できない、いわば平凡な造作ぞうさくで。
 けれど、だからこそ表情のひとつひとつが良く映える。屈託のない微笑みひとつが見る者の目を奪い、すばらしいと素直に感嘆しているその視線の先を、共有しようと追わずにはいられない。
 ―― この写真の、空を見上げるその瞳。何を見ているのか、どんな光景が映っているのか、知りたいと思わない人間はいないだろう。
「この顔を、あまり衆目にさらしたくないんです」
 幾度かためらって、晴明はようやくそう口にした。
「私の顔は、弟と……清明と同じですから……」
「あ ―― 」
 思わず絶句する。言われて初めて、そのことに考えが至った。
 安倍清明あべのきよあき
 晴明の双子の弟にして、陰陽家安倍家の始祖より第四十九代目を数える若き当主である。
 平安の昔より連綿と陰陽道の技を伝えてきた安倍家は、この国の呪術界でトップレベルに位置する名門だった。和馬の属する秋月家や、精霊使いの他三家なども指折りの有力な家柄ではあったが、やはり持つ歴史と血筋が段違いである。
 晴明は、その安倍家の先代当主の長男だ。本来であれば、正統なる安倍家の当主。一風使いに過ぎない和馬など、直接言葉を交わす機会はまずなかっただろう存在である。
 しかし、一家を率いる当主にふさわしからずと、彼は廃嫡された。陰陽の技を受け継ぐに必要な、素質と器を備えておらぬから、と ――
 詳しい経緯は聞いていなかったが、そこに並々ならぬ軋轢があったことは想像にかたくない。少なくともこの穏和で辛抱強い青 ―― もとい、少 ―― 年が、家を離れる道を選ぶほどに。
 安倍家当主の顔を知る術者は数多い。そして秋月の名を持つ和馬が、同じ容貌を持つ晴明の写真を発表などしては、余計なトラブルを招き寄せることになりかねなかった。せっかく、晴明と知り合うきっかけになった事件に関しても、なんとか誤魔化して当たり障りのない報告をしたというのにだ。
「……だぁぁぁああああッ」
 思わず頭を抱え込んだ。
 せ、せっかく良い写真が撮れたのに。
 胸の内で絶叫する。これだから家同士の思惑だとか政治的判断とかいうヤツは嫌いなのだ!
「……すみません」
 晴明が心底申し訳なさそうに呟く。
 こいつなら入賞は堅い。自惚れではなくそう思う。思うの、だ……が……
 深々と歎息する。
 こればかりは仕方がない。自分は写真家である前に、まず秋月家の一員たる風使いなのだから。
 それにしても……もったいなさ過ぎる。
 がっくりと肩を落とす和馬を気遣ったのか、晴明が静かに席を立った。お代わりを入れてきます、と茶器を手に店の奥へと向かう。
 と、その時。
 店内に高いベルの音が鳴り響いた。
「 ―― はい、日月堂です」
 ちょうど電話の横に来ていた晴明が、ワンコールで受話器を持ち上げる。物慣れた口調で応対した、その表情がふとなごんだ。
「ああ、なに? どうかした?」
 珍しく丁寧語が抜けた物言いに、和馬は興味を引かれてそちらを見た。それに気付くことなく、晴明は受話器の向こうからの声を頷きながら聞いている。
「ええと、その場合はね……」
 首をかしげて、少し考え込んだ。
「 ―― だからつまり、DNAの塩基配列を元にm−RNAが形成されて、リボゾームに移動したそれらのコドン、すなわち三対の塩基配列に適合したt−RNAが各種のアミノ酸を結合・運搬することで、酵素の……」
 その口から流れ出した言葉の羅列に、和馬は思わず目をしばたたいた。
 なんとなく、かつてどこかで聞いたことがあるような気もするが、何がなんだかさっぱり理解不能な文章である。
「そう、うん……あの、良かったらノート貸そうか? 俺なら大丈夫だから……じゃあ、待ってるね」
 そう言って電話を切った晴明に、和馬はおそるおそる問いかけた。
「……おい」
「はい?」
「まさかとは思うが……もしかして、まだ試験終わってなかったのか?」
 ためらいながら聞いた和馬に、晴明はあっさりとうなずいた。
「ええ。明日は生物と世界史なんです」
「早くそれを言え!」
 思わず怒鳴って立ち上がっていた。
 そうして広げていたあれこれを急いでまとめ始める。
「和馬さん?」
 突然帰り支度を始めた和馬に、晴明は驚いたように戻ってきた。
「もうお帰りになるんですか? いまお茶を淹れますのに」
「んなことやってる場合か! 勉強あるんだろう?」
 揃えた写真は置いていくつもりで、封筒に戻して卓の上に載せた。破った包装紙は丸めてポケットにつっこむ。
 まったくこいつは、本当に自分のことを後回しにするのだから……
 が、晴明は慌てる和馬をきょとんと見返した。
「別に大丈夫ですよ? 勉強なら後でしますし」
「馬鹿言え。学生の本分だろうが。いくら本職はこっちだからって、下手な成績取ってちゃ情けねェぞ」
 たとえ学歴など必要とはしない既就職者であろうとも、学生は学生だ。授業を受け、単位を取得し、ふさわしい成果を上げることは、与えられた学ぶ機会に付随する義務である。いい加減な態度で臨むことは、和馬の気性からして許せなかった。
 しかし……
「大丈夫ですよ」
 そう言って、晴明はにっこりと微笑んだ。
「提出課題は全部すませてありますし、今回の範囲は教科書の半分だけですもの」
 何の気負いもない台詞。
 遠方から訪れてくれた客人に気を遣っているのでも、勉強嫌さに逃げをうっているのでもなく、ただ思ったことを思ったまま言っているだけなのだと如実に判る。余人が口にしたのならば、その自信過剰さが鼻についてかなわないところだが、しかしこれが彼の場合だとまた話が違ってくるのだから不思議なものである。
「どのみち、ノートは友人に貸してしまいますから」
 ちょっと取ってきますので、帰らないで待っていて下さいね。
 しっかりと念を押して、今度こそ奥の扉から出ていった。
「友人に貸す、ねぇ」
 呆れた口調で呟く。
 試験の前日になってから他人のノートを使いたがる友人も友人だが、貸す晴明も晴明である。まあ彼のことだ、今さら一夜漬けの試験勉強などは必要としないのだろう。が、それにしたって人が良すぎると言うもので……
 と、そこまで考えて、和馬は息を吸い込んだ。
「……『ゆうじん』だって?」
 一音一音、確認するように言葉にする。
 およそ彼の口からは、初めて聞かされる単語だと言ってよかった。対象が、『人間』である場合では。
 この凪や氷雨や……数あまたの化け物を友とする少年は、引き替えるかのように、人が人としてごく当たり前に構築するべき友人関係を持ち合わせていなかった。それもそうだろう。まともな感性を持つ人間であれば、無人の部屋でよそ見をしている間に茶が入ったり、巨大イモ虫と席を共にしたりするのはごめんこうむるはずだ。気持ち悪いとかどうとか言う以前に、まず己の持つ価値観を一度ひっくり返し、そんな得体の知れない現象や生き物が存在するという、そのことを受け入れるところから始めなければならないのだから。
 ノートを貸すということは、相手は同年代だ。おそらくはクラスメートあたりか。高校二年生といえば子供とは言い難いが、さりとて大人だと言い切るにはまだまだ青すぎる年頃。はたしてそんな世代の人間が、『この』晴明とまともにつきあえるものか……
「まさか、良いように利用されてるんじゃないだろうな」
 そんな懸念がわき上がってくる。
 あり得ないとは言えなかった。何しろ晴明ときたら、頭に『ど』がつくお人好しなのである。何かを頼まれれば余程のことがない限り否とは言わないし、経済的にも頭脳的にも付け入りたくなるような魅力は山ほど持ち合わせている。
 友『人』を作ることも必要だ、と思い始めたことはまことに結構だったが、それでろくでもない人間と付き合ってしまうようでは大ごとだった。
 そう、少なくとも……
 目を卓に落とす。イモ虫の巨大な目玉が、その視線を受けてくるりと動いた。
 こいつに悲鳴を上げない程度の相手でなければ。晴明と化け物共の関係は切っても切れない不可分のものである。それを忌避するようなやからに彼を任せる訳にはいかなかった。
 そういえば、ちょうど今からノートを取りにくると言っていたな。
 和馬は立ち上がっていた姿勢から再びどっかりと座り直した。背もたれに身体を預け、腕を組む。
 よし、どんな相手かこの目でしかと見極めてくれよう。
 ……そう考える己の心境が、既に保護者の域に達していることを、和馬自身は自覚していなかった。自分が求めている基準が、まともな人間にはほとんど不可能に近いレベルのそれであることも、だ。
 重ねて言うが、和馬の感覚自体、常人のそれとはいささか異なっているのである。仮にも一流術者のひとりに数えられる自身ですら、時として晴明の『友』達にふりまわされているというのに、一介の高校生ごときが彼らを相手に平静でいろと言っても、それは無茶が過ぎるというものだ。
 なんだかんだと常識人ぶりながらも、けっきょくは凪と茶を飲みながら時間を潰していられるあたり、和馬もしっかり晴明の同類と言えた。


 ショーウィンドウ越しに店外を眺める和馬の視界を、自転車に乗った少年が行きすぎた。いちど姿が見えなくなった彼は、やがて身ひとつであわただしく戻ってくる。
 騒々しい音をたて、みたび扉が開かれた。
「悪い! 晴明。ここで写して行くから!」
 ノートと筆記具を片手にわめいたのは、銀縁眼鏡をかけたやせ形の少年だった。開口一番、まず大声で叫んでから、和馬の姿を見つけて戸惑ったように立ち尽くす。


「あの ―― 失礼ですけど、どちら様ですか?」
「秋月和馬、だ。お前は?」
「……かわはら……河原、直人です」


(2000/11/16 21:24)



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