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 ぬえの集う街でIV  ―― Chicken or the egg.
 プロローグ
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2018/09/18 09:10)
神崎 真


 配送業者の男が二人、通話装置越しに、固く閉ざされた扉の向こう側と会話していた。
 何かを言い募っている二人と、機械から発せられる抑揚のない淡々とした音声を聞き流しながら、彼はどこを見るともなくぼんやりと佇んでいる。
 その脳裏をよぎるのは、つい先程まで飼い主だった、男の言葉。

 ―― 珍しく、お前に興味を持ったようだったからな。

 下卑た笑みを浮かべながら、そんなことを口にしていた。

 ―― うまくいけば、しばらくは可愛がってもらえるだろう。せいぜい媚を売れ。

 ぐいと乱暴な仕草で顎を持ち上げられて。覗き込んできたその顔立ちなど、もうほとんど覚えてはいない。もし再度会ったとしても、見分けることはできないだろう。
 ……そもそも再会する可能性すら、万に一つもなかった。だから、どうでも良い話だ。

 気がつけば、男達と扉の向こうとのやり取りは、終わっていたようだった。
 頭を掻く二人は、ため息を付いてこちらを向いている。ひどく億劫そうな、モノ ―― いや、道端の塵芥ごみを見るかのような、目。

「やっぱり、いらねえってよ。そりゃこんなとうが立った玩具ペットなんざ、押し付けられたって迷惑だろうしな」
「どうする。受け取り拒否されたら、そのまま処分場に持ってけって話だったろ」
「あそこかあ……遠いし、面倒じゃねえか。もうそこらへんに捨ててこうぜ。そのうち収集車が回収してってくれるさ」
「けど、こいつ特注品だろ。不法投棄だなんだって、後からごちゃごちゃ言われたりすんじゃねえの?」
「なあに、どうせ所有者登録はもう消されてるんだ。誰が捨てたかなんて、判りゃしねえよ。……まあ、この派手な目玉は、確かにちょい目立つかもな」

 片方の男がそう言って、胸元に手をやる。
 作業着のポケットから引き抜かれたのは、細い筆記具だった。それを逆手に握って、一歩一歩近付いてくる。
 どうやら、これから目を潰されるらしい。
 さすがに痛むだろうが、どうせ一日もしないうちに処分場へゆくのなら、そう長くは苦しまずにすむだろう。
 怯えるでも逃げるでもなく、ただ無感動に見返した彼の前で、男はわずかに訝しむような表情を浮かべる。しかしその手を止めようとはせず、ぐいと無造作に髪を掴み、頭部を引き下ろすようにして固定した。
 尖った先端が、左の眼球へと向けられる。
 その時、

『 ―― 待て』

 通話装置から、短く低い声が発せられた。
 それはけして、激しくも大きくもない一言だった。
 しかし男達は、何故か跳ねるように肩を揺らし、同時にそちらの方を振り返る。
 通話装置の画面は暗いままで、ただ音声だけが聞こえてきていた。それは女のもののようだったが、合成音のようでもある。
 感情の色のうかがえない、どこまでも事務的な口調が、平坦に先を続けた。

『気が変わった。そのままそこへ置いていけ』

 それを聞いた男達は、面倒な手間がなくなったことを歓迎したようだった。

「受領書にサインを戴きたいんですが」

 笑顔を浮かべてさっと通話装置へ向き直り、そんなことを要求している。

「それから、所有者登録もお願いいたします。前の持ち主は既に登録を抹消しておりますので、このままでは飼い主不在として、見つかり次第処分対象となってしまいます」

 先程までとは打って変わった丁寧な物腰で話す男に、通話装置からの声は、しばらく間をおいてから答えを返した。

『……判った。少し、待て』

 扉の脇に灯っていた光が、解錠を示す緑色へと変化する。

 その日の出来事が、彼とその声の主の未来を、大きく変える最初のきっかけになるものだった、と。
 この時には誰ひとりとして、予想だにしておらず ――


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