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 ぬえの集う街でIII  後日談 ―― ... Much of a good thing.
 中編
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 その日、一人の男が半ば引きずられるようにして道を急がされていた。
 痩せ型で手足の長いその若者は、頭部を鮮やかな模様が染め抜かれた布で覆っている。他にも手足や指などに様々な金属や色石、革などで出来た装飾品をいくつも着けていた。あたりを行き交う人々とは一線を画した、かなり目立つ風体である。浅黒い肌や縦に長い瞳孔などは、どことなくニシキヘビのジグに雰囲気が似ていた。しかしその体格はずっと細く、いっそ貧相とさえ呼べるほどで。
「えっと、ですね。その、おねえさん?」
 強引に連れられている彼は、まだ事情が飲み込めていないらしい。どこかおどおどとした口調で前を行く黒髪の女性へと話しかけている。
「確かにオレは、どこででも店を開く、露天売りッスけどね」
 その胸元に抱え込んでいる大きなトランクは、彼の商売道具であった。中には装飾品を作成するのに使う様々な材料や道具、そして完成した品々が、これでもかと言うほどに詰め込んである。
 これひとつさえ持ち出せれば、たとえどこの地へ流れたとしてもやっていける。それが彼の数少ない矜持であり、自負でもあった。
 そんな己の拠り所へとどこかすがるようにしつつ、若者は再び先導する背中に問いを投げる。
「でもなんで、わざわざこっちから売り込みに行かなきゃなんですかね?」
 最近彼のお得意様になっている、繁華街のホステスや娼婦といった水商売の女達。その中でもことさら頼りにされている女性が、いま目の前にいる存在であった。黒豹種のルイーザと呼ばれる彼女自身は、歌や演奏を売り物としているらしい。かえってそれが第三者的な立ち位置となって、周囲の良い相談役になっているらしい。彼はそんなふうに分析していた。
 そして色を売り物にする職業ではなくとも、そこはやはり水商売の女性だ。身を飾ることには熱心なようで、彼の作品も幾度か買ってくれている。今もその後頭部には、以前勧めた髪飾りが揺れていた。
 気に入ってもらえたのは非常に嬉しいのだが、しかし何故それが訪問販売に繋がるのだろう。
 首を傾げる彼の前で、上質な黒瑪瑙オニキスを思わせる豊かな巻き毛の美女が、ぴたりとその歩みを止めた。
 前触れのない急制動にうっかり追突しそうになって、慌ててそれを回避する。
「あのね」
 勢い良く振り返った彼女は、ひどく真剣な顔をしていた。きっちりと化粧されて整った ―― しかしけしてけばけばしくはない美貌に、どこか緊張したような表情をたたえている。
「……今から行く店で、会ってほしい人がいるの。前にあなたの『カンザシ』を貸してあげたら、すごく気に入ってくれてね。自分も買いたいって言ってて。でもその人は足が悪くて、あなたが店を出してる場所まで行くことができないのよ」
「あ、ああ……なんだ。そういうことッスか」
 事情を聞いてみれば、別段どうということでもなかった。
 それならそうと、最初から言ってくれていれば、こんなに不安にはならなかったのに。
 そう思うが、しかし彼女の態度が、それだけではないのだと暗に告げているようで。まだ何か、説明し足りていないことがあるのだろうか。
 彼の商売人としての勘が、どこかでそう警鐘を鳴らしている。
 そしてそれは、見事に的中していた。
「それで、ね。その相手……なんだけど」
 鮮やかな紅に彩られた唇が数度開閉し、そうしてひどく言いにくそうに続ける。
「実は……人間ヒューマン、なの……」
 若者は内心で、思わず悲鳴を上げていた。


§   §   §


 扉をくぐると、からんころんというのどかな音が店内に鳴り響いた。
 通りに面した窓には、店の名なのだろう、『Katze』という単語が大きな飾り文字で記されている。
 店内では、そこそこの人数が席を占めていた。新しい来客に、手元から視線を上げる者もいる。彼らは傍らに立つ黒髪の美女には親しげな笑顔を、そして見慣れぬ存在には訝しげなものを見る眼差しを向けてくる。
 それもそうだろう。彼は、己の格好がこの街ではひどく浮いているという自覚を持っていた。
 手足に耳に、音が鳴るほどぶら下げた、数々の装飾品。着ている衣服こそ普通のTシャツとジーンズという動きやすいものにしていたが、その上から派手な色や柄に染めた布を、何枚も巻いたり結びつけたりしている。頭部を覆った布の、すぐ下。額の真ん中にある赤い小粒も、これはどこか遠い異国の、民族的な衣装なのだという印象を、ひときわ強調させていることだろう。
 ……実を言うと、特定の地方の、正式な民族衣装では、まったくなかった。たとえどこの都市を訪れようとも、どこか馴染みのない、異文化の空気を感じさせる装い。そうなるよう、意識して選んでいる風体だ。
 どこに居ても『余所者』で、だからこそどこに居ても『部外者』として、中立を保つことができる。通りすがりの風変わりな異邦人。そんな立場こそが、流れの露天商には相応しいだろう、と。
 初めて訪れる場所で、彼は胸元にトランクを抱きしめ、きょろきょろとせわしなく店内を観察した。
 落ち着きのない、いっそ挙動不審な態度にも見えただろう。それはそれで構わない。とにかく今は、自分が置かれている立場と、場の空気を把握するのが最優先だった。

「…………」

 窓が大きく取られた店内は、光がよく入るためかとても明るい。清掃も行き届いているし、客層も屈強な男連中だけに留まらず、まだ年若い少女や逆にそこそこ年配の者まで万遍なく揃っていて、しかもみなが寛いでいるようだ。この様子からして、そう荒っぽい店ではないだろう。
 客達の手元にある料理は種類が多く、少なくとも見た目は旨そうだ。総じて、第一印象は ―― かなり良い。

「お、ルイーザ。新しいツバメか?」

 客の一人が、そんな声をかけてくる。
 言葉は悪いが、口調は明るい。顔馴染み同士の軽口なのだとすぐに判る、陰湿さのない物言い。
 それを受けた黒豹種の美女も、慣れたような仕草で手首から先を振った。

「ちょっと、リュウが本気にしたらどうしてくれるのよ」
「おっと、そいつぁすまねえ」

 たしなめられた客がおどけてみせる。
 それを放置して店内を見渡したルイーザは、ややあって小さく首を傾げた。

「あら、そのリュウは? またどっか直してるの。あとオーナーは」
「ああ、なんか調味料が切れたとかで、買い出しに行ってるぜ。オーナーはまだだな」

 今度は別の客が答えを返してくる。
 実に呼吸があった、気安いやり取り。よほど足繁く通っている店なのだろう。常連の数も多いようだ。客同士の身内意識が高い。
 こういった店は、うまく潜り込めれば居心地がいいが、なにか下手を打つと即座に放り出されてしまうのが常だった。故に慎重な立ち回りが必要となってくる。
 ルイーザによって、彼はテーブルのひとつへと案内された。カウンターから席二つほど挟んだ、出入り口との中間あたりに位置する場所である。
 さっそく注文を取りに来たのは、恰幅のいい中年女性。灰色の濃淡が入り混じった髪をバンダナでまとめ、きちんと洗濯されたエプロンをつけている。橄欖石ペリドットに似た金緑色の目は、瞳孔が縦に長いが ―― 爬虫類種ではない。店の名は、確か古い異国の言葉で『猫』だ。おそらく猫系の獣人種なのだろう。

「いらっしゃい。ご注文は?」

 問いかけに答えるより早く、ルイーザが口唇を開いた。

「あのね、女将さん。彼、最近うちの店の近くで、アクセサリーの露天販売をしてる人なの」

 そう言って、ほらこれと、首をひねって後頭部に挿している『カンザシ』を指し示した。
 そこでは、たっぷりとした艶やかな巻き毛がまげを作っている。挿し込まれた木製の軸の先端には、色鮮やかな鳥の羽と、複雑な形に飾り結びした紐が揺れていた。
 けして高価な材料を使用した訳ではないが、漆黒の髪とのコントラストもあって、実に華やいで見える取り合わせだと、我ながら自画自賛する。
 と ――
 その言葉が発せられた瞬間に、店内の雰囲気が変化した。
 それまでは、さりげなくでこそあるものの、見知らぬ余所者に対する警戒のようなものが感じられたのだが……
 ルイーザは再び姿勢を戻し、猫種の女性 ―― 女将とやらに、両手を合わせている。

「ちょっとだけ、広げさせてもらえないかしら? あまり邪魔にはならないようにするから」

 小首をかしげながら、その極上の翡翠ヒスイよりも鮮やかな緑の目を、ぱちりと片方だけ閉じてみせる。
 それは、妖艶さすら感じさせる色めいた容姿とは裏腹な、どこか愛らしい無邪気な仕草で。

「 ―――― 」

 一見いちげんの店の中で、いきなり商売を始めようなどと、常識で考えれば言語道断な話だ。営業妨害だと断じられ、その場で叩き出されても当然な要求である。
 彼は怒鳴りつけられるのを覚悟して、それとなく身構えた。
 しかし ―― 女将は苦笑いしながらも、快くうなずきを返す。

「ま、良いさ。あとで注文もしておくれよ?」
「もちろん」

 場所代は食事一回分。そういうことだ。
 あまりにもあっさりとまとまった話に、彼は思わずオレンジ色の目をしばたたかせた。針のように細い瞳孔を精一杯に開き、女将の方を見返す。
 彼女は、にやりといった擬音が相応しい、豪快な笑みを浮かべていた。

「ようこそ、【Katze】へ。あたしはここの女将で、雑種猫のアウレッタだよ。あんたは?」

 そう問いかけられて、彼は急いで頭の布を取った。下には、ごく申し訳程度に、産毛のような灰色の髪がうっすらと生えているだけだ。
 その頭を勢いよく下げ、深く腰を折る。

「トカゲのクムティ。手作りのアクセサリーを、いつもは露天で売ってますっ。よろしくお願いします!」

 店中に己の立場を知らしめるべく、大きな声で告げた。

「クムティ、ね。まあ、他のお客さんの迷惑にならない程度に頼むよ」

 女将 ―― アウレッタはそう言うと、ひとまず水とメニューだけをテーブルに置いて、カウンターへと戻っていった。
 どうやら不興は買わずにすんだようだ。
 クムティはほっとひとつ息をついて、置かれていったコップへと手を伸ばした。良く冷えた水をごくごくと飲み干す。
 そうやって落ち着こうとしていると、隣の席にいた客が、いの一番に話しかけてきた。
「あ、あのさ。そのアクセサリーって、すごく変わったデザインだけど……よその街ではそういうのが流行ってるの?」
 椅子の上でそわそわと上半身を動かしているのは、やはりお洒落に興味のある年頃なのだろう、エメラルドグリーンの髪をした少女だった。クムティがつけている腕輪や指輪などが、ひどく気になっているのか、朱金の瞳がきらきらと輝いている。
「え、あ、ああ。そうッスね」
 こういった相手には、普段から接客で慣れていた。
 ようやくお馴染みの反応を向けてもらえて、流しの露天商である彼は、己の調子ペースを取り戻すべく、大仰にうなずいてみせる。
「オレはけっこうあちこちの都市まちを回ってきたんですけど、やっぱその土地その土地でだいぶ違いますよ。同じ石を使うのでも、不透明で色鮮やかなのをたくさん連ねた華やかなのが好まれたり、金属の台にきちんとカットした透明なのをはめ込んだ、重厚そうなのが人気だったり。石よりも彫金が主体でとか、革細工の方が良いって地方もありましたね」
 しっかりと抱え込んでいたトランクを、ようやくテーブルの上に乗せる。そうしてぐるりと巻いたベルトの留め具を、パチリパチリと外していった。
 ことさら芝居がかった仕草で、勿体ぶるように蓋を開けてみせる。
 トランクの蓋には、裏側へ黒い布を貼って、腕輪や耳飾りといった装飾品を、ずらりと留め付けてあった。さらに重ねて入れていた、同じような細工を施した板を取り出してゆく。こちらは折り畳み式の足を起こしてテーブルに立てたり、そのまま平置きに広げていった。露わになったトランクの下半分には、やはり黒い布とクッションを使って何列も隙間スリットを作り、指輪を並べて差し込んでいる。
 興を削ぐ作りかけの品や地金などは、客の目に触れないよう、さらにその下の部分へと隠してあった。
 何かを売れそうな機会チャンスがあれば、即座に手持ちを広げて掴み取る。それが可能なように工夫を怠らないのが、商売人としての心得だ。それが彼の座右の銘である。
 それまでの、どこか腰が引けた気持ちなどさっぱりどこかへ追いやって、クムティは一瞬で商売人モードへと意識を切り替えていた。
 その甲斐あってか、歓声を上げた眼の前の少女だけでなく、離れた席にいた他の客達も興味をそそられてくれたようで。それぞれに首を伸ばしたり、椅子から尻を浮かせたりしている。
「お嬢さんは髪や目の色が鮮やかだから、逆にシックなデザインとかがお似合いなんじゃないですかね。ほら、こんなのとか」
 差し出した髪留めバレッタは、なめした革に焼印を入れて、周囲をぐるりと飾り縫いステッチで囲んだものだった。糸は明るめの赤茶を使っているから、けして地味すぎはしない。少女の瞳の色とも揃っていて良いだろう。
「こういうのもどうです? 普段使いにできますよ」
 Tシャツにジーンズ、デニムジャケットにスニーカーといったその服装から、活動的なタイプだと当たりをつけて、邪魔にならないものをと選び出す。
 太めの革紐を横長の金属プレートで繋いだだけの、シンプルかつカジュアルな腕輪ブレスレットだ。銀色の板の隅に、ごく小さな四つ葉を彫り込んである。
 少女が二つを手に取ったところで、すかさず布の下から鏡を取り出し、トランクの脇へと立てた。
「へえ、やっぱりさすがのセンスねえ。大人びて見えるわ」
「そ、そうかな……」
 ルイーザの言葉がまんざらでもないようで、少女は髪や腕に当ててみながら鏡を覗き込んでいる。
 その様子に心を惹かれたのか。少しずつ他の客達も近づいて来る。
「男性用のものもありますよ」
 そんなふうに言って、彼はトランクの向きを変えてみせた。
 男物となると、やはり腕輪や指輪あたりが主体となる。装飾品なんて、という人種向けにも、実用性の高いキーホルダーや財布などを用意してあった。
「これとか、腰につけたままで鍵穴まで届くから、紛失防止にもなりますし」
 真鍮色の鎖の両端へ金具を取り付けて、ベルトと鍵を繋げるようにしたものを持ち上げる。金具の根元では、羽毛を模した精巧な透かし彫りの提げ飾りチャームと、まだらに濃淡のある青緑色の玉が揺れていた。
「石の方は、リクエストがあれば交換できます。この場でちゃちゃっとやっちゃいますんで」
 トランクの底部から平たい小箱を二つ取り出す。一方を開けて現れたのは、縦横じゅうおうに細かく区切った中で整理された、たくさんの石、石。色も輝き方も様々で、つるんと丸い玉の他にも、多面体に磨いたものや、奇妙な形に湾曲した雫に似た形状、あるいは結晶をそのまま折ってきたかのような六角柱などもある。
 ほぉ、と感心したように顔を近づけている男達の前で、作業用の工具や拡大鏡が入れてあるもう一方の箱を手に、いったん口を閉ざした。こういうものは、あまり押し付けすぎると逆効果になる。ほどほどのところで引いてみせるのが肝要だ。

 と ――

「あ、オーナー! 待ってたのよ!!」
 ルイーザが振り返って、弾んだ声を上げた。こっちこっちと手招きしている先を見て、クムティは思わず表情をひきつらせる。
「そうだった……」
 商機だと思った瞬間、うっかり意識から飛んでしまっていたのだが。
 今回の訪問販売には、この試練が待っていたのだった。


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