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 ぬえの集う街でIII  ―― Too much of a good thing.
 第三章 贈り物の価値
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 アパートの住人や【Katze】の常連達、それにルディの亡き両親の知人をも巻き込んだパーティーは、子供向けのささやかな『お誕生会』と言うには、いささか大規模になってしまったかもしれない。
 しかし常日頃からルディを見守っている大人連中や、久しくアンヌとも交流が絶えてしまっていた両親 ―― アンヌにとっては姉夫婦 ―― の知人などは、話を聞きつけて、どうせなら自分達も協力させて欲しいと、次々に参加を表明してきたのだ。
 そこにはこれをいい機会に、今まで縁のなかった次世代の子供達への愛情の向け方を、自分も学んでみようかとか。あるいは懐かしい故人に関しての思い出話をしたいといった思いも、確かに存在したのだろう。
 特にルディの両親の知人等は、ルディの父が仕事中の事故で死亡したのち、勤めていた会社がそれをきっかけに倒産してしまったことで、ほとんどがバラバラになってしまっていた。一番故人達と親しかったネイでさえ、しばらくは妊娠中の元同僚を気遣い、顔を出していたのものの、すぐに新しい仕事を探したりと、自分の生活で手一杯になってしまった。そしてルディの出産と引き換えにディアーヌまでもが息を引き取ってからは、あまり馴染みのなかったその妹とは、顔を合わせてもなかなか話すら弾まず。気がつけばじょじょに縁遠くなってしまっていた。
 今回、ケーキの作り方を教えてほしいとアンヌから久しぶりに連絡を受けて、ネイは最初かなり迷ったのだ。友人の妹による、忘れ形見のための願いだ。応えたい気持ちはもちろんあった。しかし日常に取り紛れて、もう何年も会わないままで。正直、今さら……という気持ちも大きかった。
 だが逆に言えば、この機会を逃すともう、二度と関係を修復することはできないだろう。そう勇気を奮い起こし、この際だからと他の面々にも声をかけてみた。断る者、もう連絡が取れなくなってしまった者も多かったが、それでも亡き同僚のことを、今でも忘れずにいる者達も確かにいた。
 そうして……

 次々と渡されるプレゼントや、聞かされる両親の話に、ルディはいちいち驚いたような声をあげ、喜びにあふれた表情を見せる。贈り物は、どれもささやかだ。日常で使える文房具や簡単な玩具、手作りの焼き菓子や置き物などなど、ひとつひとつは食事一回分の値段にも届かないような質素なものばかり。それでもルディは包みを開けるたびに、はしゃぎながら礼を言っていた。
 物をもらうのが嬉しいのではない。自分のためにわざわざ選んでくれたという、そのこと自体が嬉しいのだろう。
 やがて、ひと通りの参加者がプレゼントを渡し終えたあとで、一人の人物がルディの前へと進み出た。
 途端に、盛り上がっていた場の空気が、わずかに変化する。けして静まり返った訳でこそないが、どこか緊張を孕んだ雰囲気になった。
 店の常連達は、それも仕方のないことだろうと、あきらめの表情を見せている。馴染みではない ―― ルディの両親の知人らは、息を呑むようにしてかつての同僚の忘れ形見と、その前に立つ長い黒髪の人間を見つめていた。
 そう、人間ヒューマン
 この祝いの場に唯一同席している、この集合住宅の家主オーナー人間ヒューマン女性のシルバーが、ルディへと小さな封筒を差し出す。

「……私と、アンヌ達からだ」

 感情の読み取れない声が、淡々とそう告げた。
 達? といぶかしむ常連らの前で、ルディはひときわ嬉しそうに封筒を受け取る。
 開けていいかと確認をとってから、手元へと視線を落とした。それはどこから見ても、事務用の茶封筒である。表にはセピア色の万年筆で、たった一行。ルディの名がフルネームで書いてあった。
 贈り物と言うにはあまりにも素っ気なさすぎるその包装に、ドクターを含めた数名が、呆れの息を吐く。
 この人物は本当に、獣人種以上にこういうことへ向いていないのだ、と。改めて皆の意見が一致する。
 しかし受け取った当人は気にした様子もなく、丁寧に封をはがして、中身を取り出した。
 それは、一枚のカード……ではなく、もう少し大きめの紙片だった。
「写真?」
 ルディは不思議そうに眺めている。
 いったいなにが写っているのかと、好奇心旺盛なアヒムが脇からのぞき込んだ。
 四角い紙の表面では、四人の人物が寄り添うようにしている。全員が獣人種キメラだ。二十代半ば頃と見えるふくよかな女性が椅子に座り、その背もたれに片手を乗せて、いくらか年上だろう背が高く端正な面立ちの青年が立っている。椅子を挟んだ反対側からは、まだ二十歳には届かないだろう少女が座った女性の肩に両手を回し、そして女性の膝の上では、ようやく首が座った頃合いだろう赤子が無邪気に笑っている。
 全員がとても柔らかな表情をしていて、見ているだけで温かな空気が伝わってくる。
 どこまでも幸せそうな、家族写真であった。
 なんでこんなものを。そう言いかけて、アヒムはあれ? と指を差した。
「これ、この女の子……もしかしてアンヌさん?」
「えっ!?」
 ルディが声を上げて写真を持ち直した。鼻が触れてしまいそうな位置まで目を近づけ、アヒムが指し示した少女をまじまじと凝視する。同じように隙間からのぞき見たアウレッタが、納得したようにうなずいた。
「ああ、うちに越して来たばかりぐらいの年だね。懐かしい」
 アンヌがこのアパートに引っ越してきたのは、姉夫婦を亡くして間もない頃だった。家賃こそ少々高めではあるが、女子供だけでも安心して暮らせる地域なうえ、すぐ向かいに医者があるという立地条件。それは頼れる者のいない子育て中の少女にとって、多少無理をしてでも逃したくない物件だったのだ。幸い一番狭い1LDKであれば、なんとか手が届きそうだということで。あとは当時まだ存命で管理人を務めていたアウレッタの夫や、他の住人達が多少の便宜を図った結果、なんとか入居できる運びとなったのである。
「じゃあ、こっちの赤ん坊は、ルディ?」
「そうそう、こんなんだったよ。赤ん坊ってのはこんなにちっちゃいものなのかって、びっくりしたっけ」
 子供が産まれにくい獣人種の中では、赤子の実物を見たことがないという者も多い。種族の違う夫との間に子ができなかった女将は、感慨深げに写真を見つめていた。
「これ、オレなの? で、こっちが姉ちゃん?」
 見上げて質問したルディに、シルバーは無言で首肯した。続いてアンヌの方へ視線を移すが、彼女は目を見開いて硬直したまま、じっと写真を凝視している。
 アンヌに代わって口を開いたのは、一連のやり取りを見守っていたネイだった。
 懐かしむような目でルディの手元を見やり、ゆっくりと告げる。
「横に立ってる男の人が、ダンさん ―― アンタのお父さんだよ。で、座ってアンタを抱いてるのが、ディアーヌ。お母さんさ」
「え……」
 ルディの目が丸くなった。こぼれ落ちるのではないかと言うほどに開かれた目は、やがて恐る恐る写真へと再度戻される。
「これが、父さんと母さん……?」
「ああ。アタイ達の大事な友人で、アンタのご両親だった人達だ」
「…………」
 ルディは、先程まで顔も知らなかった二人の姿に、言葉もなく見入っていた。
 両親の写真など、一枚も残ってはいなかった。現在でさえ、情報端末を持つ獣人種は少ない。まして十年も前、まだ獣人に人権が認められてさほど経っていなかったその頃には、個人が私用で写真を撮影することなど、ほとんどなかったのだと言う。だからルディは、両親の顔を見たことがなかった。アンヌからどれだけ言葉で説明されても、子供の想像力では、具体的な姿形など思い描けるはずもなく。ルディがつい叔母あねだけを家族だと考えてしまうのは、そんな理由もあったのだ。
 しかし、こうして実際の容姿を目にしてみれば、血の繋がりというのはすごいのだと素直に思えた。背が高かったと聞かされていた父親は、目の形も己に似ているような気がする。母親は叔母あねとそっくりで、血縁があると言われればすとんと納得できた。父親と母親の間に血の繋がりはないのだが、両者の子供という自分が間に入ることで、この四人は家族以外の何者にも見えなかった。
「え……でも、だって……なんで……?」
 しかしそこで、ルディはおかしいと気が付いた。
 ルディの父は、ルディが生まれる前に。母はルディが生まれるとほぼ同時に死んだのだという。
 ならば、赤子のルディといっしょに撮った写真など、存在するはずがなかった。仮に両親の知人である誰かが持っていたのだと考えても、絶対につじつまが合わない。
 疑問の言葉を並べるルディに応じたのは、無言で反応を見ていたシルバーであった。
「それは、CGだ」
「しーじー?」
「過去の映像資料を参考に、端末を使って合成した……作り物だ」
 最後の部分を口にする際、ごくわずかにその視線が揺らいだ。
「作り物……って、ニセモノって、こと?」
 その問いに答えようとしたシルバーを遮って、ネイが興奮した声を上げた。
「偽物なんかじゃないさ! この人すごいよ。それ、誰が見たってあの人達に間違いないって、断言するもの。なあ、みんな!!」
 勢い良く振り返って、かつての同僚達を見やる。その感情を表しているかのように、大きく膨らんだ羽毛のような頭髪が、動作に合わせて揺れる。
「うむ。ワシも、見せられた時には驚いたよ。こんなものがどこに残っとったんだって」
 シワだらけの顔をした、もうかなりの高齢であろう獣人がしみじみと嘆息した。
「ああ。そのダンさんは、どう見てもダンさんだし、ディアーヌさんも、ディアーヌさんだよ。俺達が覚えてる、そのまんまの二人だ」
 仕事帰りに大急ぎで駆けつけたのだろう。服のあちこちにペンキの染みをつけた青年が、そう太鼓判を押す。その他にも何名かが、かわるがわる頷いてみせた。
「……最初は、どこかに実際の映像が残っていないかと、探してみたんだ」
 シルバーが、まるで言い訳するかのように、そう説明を始める。
「顔も、見たことがないと言っていただろう。ならば、証明写真や街頭カメラの映像を入手できればと、そう思ったんだが……」
 ルディの両親達が勤めていたのは、一般居住区で高層建築の窓を清掃する会社であった。雇用主は人間ヒューマンであり、一般居住区にも日常的に出入りしていたという。ならば職員名簿に添付された写真や、勤務先の社屋あるいは仕事で出向いた先などでたまたま映り込んだ映像など、なにがしかの履歴が見つけられるのではと考えたのだと。
「だが、勤務先は既に倒産してデータも残っていなかったし、街頭カメラなどの映像も、角度が悪かったり不鮮明なものばかりでな」
 ため息をついて、かぶりを振る。
 人物を識別できる程度の映像は、それなりに入手することができた。それらを複数照らし合わせ、画像補正や予測修正を行うことで、それらしい容姿にまで絞り込むことにも成功した。しかしそれは、あくまで単なる情報にすぎない。ただ顔形や体型を判別できるだけの、参考資料にしかなり得ない。
 だから、アンヌが古い知人とケーキ作りをすると知って、少しばかり口を利いてもらったのだ。アンヌの部屋は狭い。そんな場所で菓子を試作していては、残った匂いであっという間に露見するだろう。だからペントハウスの台所を貸す代わりに、いくらかその知人とやらと話をさせてほしい。そう頼んだのだ。
 そうして、
 ネイに途中まで合成したCGを見せて、どこをどう修正すればもっと本人達に近づけられるだろうかと、尋ねてみた。表情や仕草、彼等が身にまとっていたであろう微妙な雰囲気。さらには好んでいた服装や、背景に使用できそうな、かつて住んでいた住居の内装などなど ―― 気がつけば、アンヌも一緒になって思い出話に花が咲いていた。
 なにしろアンヌは、実姉に関してはともかく、義兄についてはそこまで詳しく知らなかったのだ。彼女が義兄と過ごした期間は一年にも満たず、また妊娠中の妻とその妹という増えた食い扶持を養うため、毎日身を粉にして働いていた彼とは、ゆっくり顔を合わせる暇もなかったらしい。だから、良い人だったということは覚えていても、それ以上の具体的な話を、ルディに聞かせてやれずにいたのだ。
 そしてネイは、自分の記憶だけでは足りないからと、他の同僚達にも連絡を取って協力を要請してくれた。いわく、ダンさんとディアーヌの息子に二人のことを教えてやれるのは、もうアタイ達だけだろう!? と。
 発破をかけられ気後れしながらも訪れた獣人種キメラ達に ―― 毎回まるで恒例のように、どうして人間ヒューマンが!? などと驚愕されたり怯えられたり、時には反発されたりもしつつ ―― さまざまな助言を受けて。
 最終的に、なんとかこういう家族写真に仕立て上げたのだと。
 壊滅的に足りないシルバーの言葉を、ネイやその他の元同僚達が幾度も補足し。やっと事の次第とプレゼントの実態を説明し終えた。
 最後まで話を聞いたルディは、眉間にしわを寄せてしばらく唸り声を上げていた。どこか不満げなその表情に、アウレッタがフォローを入れようとする。
 が、それより先に、ルディは口を開いた。
「んっと、むずかしくて、よくわかんなかったんだけど……」
 四人が並んだ写真 ―― もとい合成画像CGを、他の面々にも見えるよう外側へ向けて持ち直す。

「つまりこれは、みんなでいっしょに描いてくれた……父さん達の『絵』ってことなんだよね?」

 その瞬間、場にいた全員の脳裏に思い浮かんだものは、
 幼児が満面の笑顔で両親に渡す、『パパ ママ』というよれよれの文字が入ったクレヨン画だった。

 ぶっ……はッ

 最初に吹き出したのは、いったい誰であったのか。

 一度笑い声が上がれば、それは次々とみなに伝染していった。
 写真と見分けがつかないほどの、おそらくは高度な技術を駆使して作成されたのだろう精密な合成画像と、幼児の手になる何を表現しようとしたのかもよく判らない、謎の色の塊。同列に並べるのはあまりにも違いすぎる二つだったが ―― そこに込められた相手への想いはどちらもよく似通っているだけに、無性におかしくて仕方がない。
 腹を抱えて大笑いするうちの何人かは、目元に光るものを浮かべていた。
 それはけして、息をするのも苦しいほどの、笑いの発作から来るものではなく……


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