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 信仰論   きつね3
 終 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


「 ―― 何を、しようと言うのですか」
 背後から冷たい声をかけられて、物陰に隠れていた相葉麻里は、びくりとその肩を跳ね上げた。
 恐る恐る振り返ると、真っ白いコートを羽織り波打つ長い金髪を束ねた青年が、すぐ間近から見下ろしてきている。
 その顔立ちはとても美しく整っていたが、全身から威圧的な空気が立ち上っていて、とてもではないが鑑賞して喜ぶような気など起きなかった。
 細められたその瞳は、人間離れした黄金きん色の光を放っている。まるで針のように細い形の瞳孔が、端正な面立ちに獣じみた気配を加えていた。
「あ……」
 カタカタと震え始めた麻里の手首を、傍らから伸びた腕が掴んで引き寄せる。
 肩掛けカバンの中に突っ込まれていたその右手は、鋭い柳刃包丁のを握りしめていた。
「……これで直人を、刺すつもりか」
 細い腕を容赦なくねじ上げながら、褐色の肌を持つ黒ずくめの青年が問いかける。しかしそれは質問の形をとっているだけで、口調は完全にその行動を断定するものであった。
 ちらりと視線を向けた先には、食堂のある建物から出てきて、どこか別の場所へと連れ立って歩いてゆく直人達の姿がある。
 遠ざかっていくその背中を見送ってから、腕を掴んだ青年は、低い位置にある麻里の顔を見下ろした
「逆恨みも良い所だな。直人はあれだけの目に遭わされてもなお、貴様らを助けるよう願ったというに」
 皮肉げに吊り上がった唇の端から、鋭く尖った犬歯が覗く。

「なによ! 離しなさいよ! なんにも知らないくせに!! あんたたちなんなのよ!?」

 麻里がけたたましく叫びながら、すさまじい勢いで抵抗し始めた。
 包丁は既に取り落としてしまっていたが、爪でひっかき、足で蹴りつけ、なんとか自由を取り戻そうと恥も外聞もなく暴れまわる。
 だがそれらすべてを、青年は応えた様子もなくただ眺めていた。当然、ねじ上げた腕はびくともしていない。
「ああ、何も知らぬな。おぬしが直人を傷つけたという、その事実以外は」
 それで充分だと言わんばかりの青年に、麻里はろれつの回らない口調でなおも言葉を叩きつける。

「離してよ! 痛いじゃない! 痛い痛い、痛い!! 何すんのよ! 臭いのよ、ケモノ臭いのよ。あいつも、あんたたちも! 何も知らないくせに! 離せ、離せ離せ離せったら!! アイツのせいでセレナ先生が! アイツのせいで、アイツのせいで、アイツがいなければぁぁああああ……ッッッ!!」

 耳障りな金切り声が、真っ昼間のキャンパス内に響きわたる。
 だが目に見える範囲にいる学生達は、不思議と誰も振り返ろうとしなかった。まるで麻里も二人の男達も存在していないかのように、ただただ自然に通りすぎてゆく。
「……救いようがないな」
 ややあって、辟易したように黒ずくめの青年が鼻筋に皺を寄せた。
 金髪の青年もまた、同意を込めてうなずく。
「ええ。我々の匂いに気付ける程度の霊能ちからはあったようですが、使い方を完全に間違えている。放置はできませんね」
 ―― 直人の安全のために。
「怒るのではないか」
 ―― 直人が。
「なに、知られなければ良いのですよ」
 ―― 直人にも、他の誰にも。

 そう、自分達が誰かを手に掛けることで、世間から追われる立場になるのを彼が気に病むというのなら。
 ならば、この世の誰にも、そうと知られなければいいのだ。そして余裕さえあったなら、その行動を完全に隠蔽することなど、自分達には容易くできる。
 誰にも知られないことは、起きなかったことと同じになる。
 どのみち彼女達は、神への反逆者だ。
 何故なら契約によって守護された存在を守ることは、稲荷の神狐たる彼らに認められた、正当な務めなのだから。
 直人の意識を奪ってその身を監禁し、毒物を与え、望まぬ信仰を強制しようとした。それは充分に、守護すべき対象を侵害されたとみなされる行為である。

 この国に鎮座する『神』とは、けして憐れみ深い慈悲ばかりを備えた存在ではない。
 信仰し丁寧に祀れば幸いをもたらしてくれるが、その怒りに触れれば容赦のない神罰を下す。そういった荒々しい側面をも持つモノだ。

 故にこれは、自分達の義務であり、そして権利でもある ――

「生命は、取らないで差し上げますよ」
 ―― あなたの『神』に免じて。
 金髪の青年が、いっそ穏やかといえるほど柔らかな声で、麻里の耳元へと囁きかける。
 そこに暖かみは、欠片も存在しなかったけれど。

 ―― その信仰が、あなたを救う可能性を残してあげましょう。

「ミカエルとやらに祈ることだ」
 おぬしの信仰が本物であれば、おぬしにとっての『真理』が真実であれば。
 いつかそれが、救ってくれることだろう。

 黒ずくめの青年が、平坦な声音で逆の耳に呟きを落とす。

 二対の獣の瞳が、血走った麻里の目を覗きこんだ。
 黄金色に輝くそれは、やがて彼女の視界を覆い尽くし、そうして意識さえをも塗りつぶしていって……


  ― 了 ―

(2014/11/05 21:21)
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