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 信仰論   きつね3
 第四章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 まさに跳びかからんとしたその寸前で制止された二匹の獣は、不服そうに直人の方を振り返った。
「どうした、直人」
「ここまでされて、まだ情けをかける気ですか」
 縦長の異形の瞳が、黄金色の鋭い光を放っている。しかし直人は怯むことなく、まっすぐにその目を見つめ返した。
 ようやく出るようになった声を懸命に絞る。それが向けられる相手は、部屋にいる人間の誰でもなく、ただただ目の前にいる、大切な大切な二匹の守護者だ。

「人に、害を、加えたら……あんたらの方が、悪者になるかもしれない、だろ」

 そんなふうに言われて、二匹の目がわずかに見開かれる。
 予想だにしなかった言葉を聞いたと、そういった反応だ。そのことに力を得て、直人は説得を続ける。
「道理がどうかとか、どっちが正しいとかは、関係なくて。人間ひとと、そうでないモノってのは……そういうもの、だから」
 人間と、そうではない存在。
 それは化け物でも、神仏でも、あるいはただの犬や猫であろうとも。
 そこにどれほど正当な理由があったとしても、人間を傷つけた場合に、せきを負わされるのは相手の方だ。たとえ虐待を受けた末に反撃した飼い犬であったにせよ、人を噛んだならばその犬は殺処分される。複雑な話ではあるが、それが現代社会における人の世の在り方というものだった。
 普通の人間社会ですら、そうなのだ。ましてや、おおやけに存在を認められていない、この世ならぬ存在が人間へと牙を剥いたならば。場合によってはその道の術者が差し向けられ、調伏の対象になることだって、充分にありうる話なのだ。
 そんな事例を、直人はこれまで友人や、そのまた友人の術者達から、これでもかというほど聞かされてきていた。
 自分のせいでこの二匹をそんな境遇に追いやるなど、断じて許せるものではない。
 それに……
「大精霊ミカエルとか言うのが、ほんとに『いる』のかどうか、俺には判らないよ。けど、この人達にとっては、それが『本物』なんだろう。俺にとって、あんたらが『神』であるように、この人達には、この人達の『信じるもの』がある。この人達が、俺を否定するからって……俺も、この人達を否定していい訳じゃない」
 はたして何を信じ、祈りを捧げ奉るのかは、あくまでそれぞれがそれぞれに決める自由なのだ。
 自分が自分の信仰を持つと言うのであれば、他人のそれだって認めるべきだろう。
 そもそも、やられたらやり返すを繰り返していては、いつまでたっても争いは終わらない。
 だから、
 直人は俯いて息を吐いた。

「 ―― 気持ち、悪い」

 床に額をこすりつけるようにして呻く。
 昨夜のハンカチに染み込んでいた睡眠薬と、さっき吸わされた怪しげな煙。どちらのせいか、あるいは両方なのか。胸の奥がむかむかして、今にも吐いてしまいそうだった。頭もまだ痛むし、目眩だって完全に収まった訳ではない。
 うーと唸っていると、途端に次郎丸が狼狽した。周囲の人間など完全に視界から放り出し、身体ごと向き直ってくる。
「直人、直人。しっかりせよ」
 湿った鼻面が首筋に押し付けられ、温かい舌が冷や汗のにじむ頬を舐める。
 いっぽうで白狐の方はというと、無言でさっさと一人と一匹を飛び越えた。反対側から頭部を突っ込んで、直人の手足をいましめているロープを簡単に噛み切ってしまう。
 そうして、
 白い毛皮に包まれたその姿が、かすかにぶれた。かと思った次の瞬間には白いコートを着た金髪の青年が、倒れた身体の脇に膝をついている。

「わぁぁッ!」
「犬が人にーーーッッッ!?」
「バケモノバケモノバケモ……ッ」

 再び驚愕の叫びを上げて混乱する男女をきっぱりと無視して、直人を優しい手つきで抱き起こす。
 けたたましい騒ぎを耳障りに思ったのか、玄狐が一同を振り返った。
 ふさふさとしたその尻尾をまっすぐぴんと立て、数度うねるように打ち振る。
 と、その周囲にぽつぽつと青白い火の玉が灯り始めた。妖力によって作り出した、いわゆる狐火である。
「やかましい。貴様らはしばし寝ておれ」
 怪しく揺らめくこの世ならぬ炎を目にした者達は、魅入られるかのようにその動きを止めた。口を開けて、宙を舞う狐火を呆然と凝視していたが ―― やがて全員が、がくりと膝を折った。セレナを始め、次々とコンクリートの床へ倒れ伏していく。それを見て痛そうだなあとはちらりと思ったものの、そこにまで同情してやるほど、さすがの直人もお人好しではなかった。
「行きますよ、次郎丸。早く直人を休ませないと」
「うむ」
 ぐったりと力のない身体を両腕に抱き上げた太郎丸は、そっけない口調で次郎丸を促す。
 扉に鍵はかかっていなかったが、そんなものを使うよりも自ら蹴破った天窓をくぐる方が、たとえ人ひとり抱えていたにせよ彼らには容易いことで。
 高い天井に開いた出口から、二人と一匹は悠々と外へ出て行った。
 あとに残されたのは、散らばったガラスの破片とひっくり返された小皿。
 そして燃え残った皿の中身と、意識を失って倒れ伏す人々だけだった。


◆  ◇  ◆


 その日もS大の学食は、そこそこの賑わいを見せていた。
 携帯でゲームをしながらカレーを口に運ぶ男子学生。ファッション雑誌を囲みながら楽しげにはしゃいでいる女子のグループ。ひとり黙々と蕎麦をすすっている院生もいれば、准教授らしき年配の男性が空席を探してうろうろしていたりもする。
 総じていつもとまるで変わらない、ごく普通の日常の空気だ。
 そんな食堂の一角で、直人達はテーブルをひとつ占領していた。四つある椅子には、涼子と恵美の他に、がっちりとした体格をした大野口おおのぐち靖司やすしが腰かけている。彼もまたこのグループの一員としてしばしば行動を共にしており、太郎丸らと最初に出会った事件の際、一緒に右往左往させられた仲である。
 今回の一連の出来事についても、涼子達から詳しく聞いているそうだった。
 そんな四人が囲むテーブルの上には、それぞれが注文した食事と、折り畳んだ地方版の新聞が乗っている。
 主に地元の事件をまとめた面を上にしたそこには、大きな白抜き文字でタイトルが踊っていた。

『危険ドラッグ使用の占い師らを逮捕』

 好物のペペロンチーノにも手を付けないで、涼子が深々と息を吐く。
「……なんだか、大変なことになっちゃったわね」
 沈んだ声音で呟いた。恵美もやはり食欲がないようで、サラダの横に置いたヨーグルトを手持ち無沙汰に混ぜている。
「お前も吸わされたんだろ。大丈夫だったのか」
 靖司が直人を気遣うように問いかけてきた。
 直人がセレナ伊藤の元から助け出されて、かれこれもう一週間が過ぎている。
 その直後には、恵美と涼子からおかしなことに巻き込んでしまってすまなかったと、何度も謝罪を繰り返されたものだった。大元のきっかけが、彼女達の知人に端を発する事だったのだから、そこはやはり責任を感じたのだろう。
 なんでも直人が麻里らに拉致された、あの晩が明けた翌朝。夜の間に異変を感じ取っていた太郎丸と次郎丸が、大学の正門前で恵美と涼子を待ち受けていたのだという。あのクソ目立つ怪しい風体の男達が、血相を変えて駆け寄ってきた時など、二人とも条件反射で逃亡しそうになったらしい。
 ともあれ。
 事情を聞かされた恵美と涼子は、驚きのあまり言葉を失った。
 直人が携帯電話と守り鈴を残して、夜道で姿を消した。そしてその現場に、彼が妙な娘と悶着を起こしたという日、移り香していた特徴的な匂いが残っていた。だからおそらくは直人をケモノ臭いなどと評した、その娘が関わっているのだろう、と。
 その程度の話など、普通ならば考え過ぎだと笑い飛ばしたに違いない。良い年をした男子学生が、たった一晩連絡が取れないというだけなのだ。電話は単に落としただけで、本人は夜通し遊んでいるなり、誰か知り合いの家に泊まっているなりと、いくらでもそれらしい理由は思いつく。
 しかしおかしいと主張しているのが、よりによって『この』二人である。
 文字通り全身全霊をかけ、その力の全てでもって直人を守護しようとする、稲荷社のお狐様。
 うかつにその言葉を否定などしたら、どんなばちが当たるか知れたものでない。
 それに実際、直人が携帯を落とすとは思えなかった。正確には、その携帯に付けられている根付ストラップをだ。太郎丸と次郎丸から贈られた護符であるそれを、直人は非常に大切にしている。携帯電話に取り付けているのも、それが一番、いつも持ち歩くのに便利だからだ。下宿している部屋に戻った時などは、サイドボードの上に確保してある定位置に置いて、コップの水と一杯のご飯を欠かさず供えているぐらいである。
 彼にとってはそれほどまでに、あれは大事なものなのだ。もしうっかり紛失したならば、気が付いた段階で蒼白になるだろう。それこそ太郎丸と次郎丸が異変を感じて駆けつける頃には、落とした可能性がある付近一帯を、這いつくばるようにして探している姿が容易に想像できた。何もせぬまま一晩も放置しているなど、まず考えられない。
 そして何よりも気になるのが、麻里の存在だ。
 思い返してみても、彼女の言動はいささかおかしかった。もともと霊感少女を自称するようなエキセントリックな部分は持っていたが、それでも先日会った時の様子は何というか、ヤバかった。危ない。関わらない方が良い。そう思える態度だった。
 そんな彼女が捨て台詞を投げつけたのは、行き掛かり上、助け舟を出してくれた直人にだ。もしもあの時のやりとりに何かしらの遺恨を抱いているならば、それが直人に向かうことは充分に察せられる。そして彼女の様子からして、妙な行動に出ることも、けしてないとは言い切れなかった。
 そこまでを女性特有の本能的な感覚でいっきに考え至った二人は、麻里について調べることを即座に承諾した。気になるのはやはり、あれだけしつこく勧誘してきた、彼女が傾倒しきっている占い師の存在だ。
 交友関係を中学時代にまで遡って、共通の友人知人に片っ端から電話やメールで連絡を取り、現在の麻里の様子を尋ねてみる。案の定、彼女はあらゆる人間に、セレナ伊藤の元へ行くことを薦めていた。その強引なやりくちはあちこちで軋轢を生じており、彼女への反感と同じ苦労をした仲間意識からか、情報は思いのほか早くに集まってくれた。
 必要なのは、占い師の名前や詳しい所在地。
 占いの他にハーブティーやパワーストーンなども扱っている店舗と、それとは別に占い師を慕う者達が集まるという、郊外の建物。双方の住所を確認すると、太郎丸と次郎丸は二人を置いて、文字通りその場から姿をかき消した。
 放り出された涼子と恵美は、しばらくどうするか迷った。警察に通報しようにも、まだその占い師が本当に関与しているとは限らない。あるいは占い師は何の関係もなく、麻里が一人で逆恨みして、何かをやらかしたという可能性もある。
 そうして思考の迷路にはまっていた二人へと、遅れて登校してきた靖司が声をかけたのだ。
 口々に語られるいきさつを聞いた靖司は、一緒になって今後の案を出し、とりあえず近くにある建物を外からでも見てみようという結論になった。S大のキャンパスはやはり郊外に位置しているため、信者 ―― と言って、もう良いだろう ―― の集まるその場所と、そう離れていなかったこともある。
 結果。
 コンクリート造りの建物の近くまで足を運んだ三人の耳に、なにやらただならぬ喚き声が聞こえてきた。そうして困惑に顔を見合わせる彼らの前で、ぐったりした直人を抱えた太郎丸と、狐の姿をした次郎丸が、屋根に開いた天窓から出てきたのである。
 直人は見るからに具合が悪そうで、駆け寄った三人は大丈夫かとかわるがわる声をかけた。
 しかしそれに答えるのすら辛いらしく、結局そのまま彼は一人と一匹の手で連れて行かれてしまった。おそらくは本人の下宿に運び込んで、神様なりの手当てを施したのだろう。
 それでも急いで去りたがる太郎丸達の口から、占い師や麻里を含めたその信者達は、ただ気絶させただけで傷を負わせてなどいないし、殺してもいないと聞いて、三人は安堵に胸を撫で下ろしていたのだった。
 その後、直人は数日ほど気分の悪さに悩まされこそしたものの、なんとか病院の世話にはならずにすみ、一日休んだだけでまた講義に出始めていた。
 殴る蹴るといった直接的な暴力は受けなかったのが、不幸中の幸いだったろう。
 ただ……
「ん、俺はもう、なんともないんだけど ―― 」
 靖司の心配にうなずいた直人は、言葉を濁して視線を落とした。
 そうすると自然に、新聞の見出しが目に飛び込んでくる。
 ……まさか皿の上で焚かれたあの乾燥した葉が、いわゆる脱法ハーブなどとも呼ばれている、危険なたぐいの薬物だったとは、思いもしていなかった。
 麻薬や覚醒剤といった違法な薬物ドラッグは、法律で規制するために、含まれる化学成分の構造を細かく定義する必要があるのだという。脱法と名に冠するあれらなどは、法律が更新されるたびに成分構造を微調整しては、司法の網をすり抜けるらしい。また体内摂取を目的とせず入浴剤やお香、ポプリといった名目で販売されることでも、なかなか摘発するのが難しいと聞く。
 実際セレナ伊藤も、あの葉をこうとして使用していた。煙草のように直接吸引するのではなく、ただ香りを楽しむだけならば、それは違法にはならないと主張する訳だ。
 もっとも閉めきった室内であんなに濃く煙を充満させたなら、それはもう直接吸っているのと変わらないと思う。しかも危険ドラッグは成分が安定していない分、下手をすると規制対象となる正真正銘の違法薬物よりもさらに毒性が高い場合すらあるというのだから恐ろしい。
 話が逸れたが、直人は本当に、あれがそんな代物だったなど知らなかったのだ。
 直人はただ、もしもまた同じような目に遭わされてはたまらないと、そう思っただけだった。ああいった種類の人間は、ひどく執念深い傾向にあったりする。こちらの言葉がまるで通じていないところも非常に怖い。今回は太郎丸達に助けてもらえたが、ほとぼりが冷めると、あれは夢だったなどと言ってまたちょっかいを出してくるかもしれなかった。そんなことを想像するだけで、身がすくむような恐ろしさを感じる。
 だから、高校時代に友人経由で培ってしまった、想定外のちょっとした伝手つてを頼ってみたのだ。
 あくまで気休めというか、駄目で元々といった程度のつもりで手配した自衛である。
 高校の時のクラスメート ―― の、そのまた知り合い。
 何度かクラスメート宅で顔を合わせたことがある人々の中に、その筋の ―― いわゆるオカルト関係の術者に対して、顔の利く人物がいた。その人物へと連絡を取り、これこれこういう目に遭わされたのだけれども、なんとか穏便に済ませる方法はないだろうかと。そう話を持ち掛けて、相談に乗ってもらったのだ。
 相手は正真正銘『本物』の心霊治療師であり、気難しいところもあったが、道理を通せば話の判る人で。最後まで事情を聞いた彼女は、そういう勘違いをしがちな半端な能力者ほど性質たちが悪い。まっとうな術者仲間にとっても迷惑になるから、こちらで相応の手を打っておく。もう心配しなくて良いと、頼もしく請け合ってくれたのだが。
 ……電話越しに届くその声のトーンに、どこか背筋がうすら寒くなるような印象を覚えたのは、あるいは何かしらの予感ででもあったのか。
 まさか、こんな大事おおごとになるとは。
 このタイミングでセレナ伊藤が、法規制に引っかからない脱法ハーブだけでなく違法な大麻などまで信者に与えていたと判明し、そしてそれらの情報が警察へとリークされたこと。
 それら一連の流れがくだん心霊治療師ヒーラーの手配によるものだと、直人は信じて疑わなかった。
「 ―― 道理でさ、なんか言動がおかしいとは思ったんだよ」
 友人達には、そんなふうに答えるに留める。
 そうと知ってから思い返してみれば、やはり麻里や占い師達の振る舞いは、どこか奇矯さが目立つものだった。
 感情の振れ幅が大きく、笑みを浮かべていたかと思った次の瞬間には、声を張り上げ怒鳴りつける。自分達が正しいのだと信じ切って、直人を救うのだとにこやかに断言し、怪しげな儀式を大真面目にとり行う。
 太郎丸と次郎丸が助けに来てくれた時も、その反応は大げさに過ぎたと思う。いくら突然現れた狐が言葉を話し、人間に姿を変えるのを目の当たりしたとは言っても、あの混乱ぶりはないだろう。普通は何かのトリックだとか、見間違いをまず考えるはずだ。
 なのに彼らはただ、騒々しく喚き散らすばかりで。特にリーダー格であるセレナ伊藤など、すっかり正気を失っているように見えた。
 あれが薬物の常習によってもたらされる多幸感や全能感、そして異常興奮や精神錯乱によるものであったなら、すべてが腑に落ちるという話だ。
 ……まあ薬物中毒者の扱いになれば、仮に言葉を話して人に変身もする狐の存在が、その口から余人に漏れたとしても、中毒患者の妄想か幻覚として片付けられるだろう。そういう意味では懸念がひとつ減ってくれて、安心したことは事実である。
「これであの子も、目が覚めると良いんだけどね」
 涼子がしみじみと呟いた。
 幸いにも相葉麻里は、占い師の元に出入りしてまだ日が浅かったせいか、それともたまたま摘発のタイミングがずれてくれたのか、逮捕者の中に名を連ねることはなかった。
 尊敬していた人物が犯罪者として捕まったことで、彼女は幻滅したかもしれない。言葉の端々から察するに、麻里は己の『霊感』に基いて行動するうち、幾度も嘘つき呼ばわりされてはその言動を否定されて来たのだろう。心ない仕打ちに傷付いた彼女を認め、受け入れ、慰めてくれたのがセレナ伊藤だったのならば。麻里はセレナをそれこそ神のごとくに崇め、信じ、あの様子では依存すらしていたはずだ。
 なのに『本物』だと信じていたセレナは、法を犯す薬物などを利用する、紛い物として裁かれた。
 占い師の化けの皮は剥がされ、結果として麻里は再び過酷な現実を突きつけられる。
 幸せな夢が破れてしまったのは気の毒でもあったが……それでもこれをきっかけに、少しは冷静になってくれれば良いと、そう思う。
 何かを信じること、それ自体はけして間違った行為ではないのだから。
 ただもうちょっとその姿勢、やり方を見つめ直してみたならば、彼女はもっと幸せになれるかもしれないのだから。
 まあだからと言って、こちらから進んで助言をしてやるような気は、直人にもさらさらなかったが。
「でもなんだ、お前が無事だっただけ良かったよ」
「そうよそうよ」
「…………うん」
 どこか苦い後味を残しながらも、この事件はもう彼らの手を離れてしまった。積極的に首を突っ込みたいとは思わないし、その方が誰にとっても良いのだろう。
 互いに視線を見交わして、そんなふうに結論する。
 涼子が手を伸ばして、新聞をパタリとひっくり返した。
 そうしてようやくそれぞれが思い思いに、目の前にある冷めきった食事に手を伸ばす。


 ―― なお、これは余談であるのだが。
 このところ立て続けにトラブルに巻き込まれ、しかも守り鈴を奪われてしまったり、危機に陥っても本当にぎりぎりなるまで呼んでくれないといった直人の行動に、業を煮やした二匹の神狐が鼻面を並べて詰め寄ってくるのは、さらに後日のお話。
 この際だから失くしたりしないよう、肌に直接加護の『印』を刻ませろなどと訴えられて、直人は必死に抵抗したりしたのだが。
 その結果がどうなったのかは、当事者達しか知るよしもなかったのである ――

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