Novegle対応ページ ◎作者:神崎真◎カテゴリ:現代◎カテゴリ:FT◎長さ:長編◎状況:完結済◎ダウンロード◎あらすじ:「……信じる者や知っている者が誰一人いなくなったとしても、『それ』があったという、そのこと自体まで消えてしまう訳じゃないだろ」なんの取り柄もない平凡な大学生が持つ、たったひとつの譲れない『何か』とは?
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 きつね  序 章
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(1996.4.25 19:50)
神崎 真


   縁切状

 四年以前当時、権太郎邪気付き、又々此度び定六女房へ付き、御山に於て御所祈祷遊ばされ、御吟味の上、度々白状仕りにおよび、段々証拠もこれあり、弥々、私所持の狐に紛れ御座無く候。然る上は私家内その外一族之者、向後一家縁切り成られ、出入り在らず、子々孫々に至る迄きっと義絶成らせられ候由。承知致し候。右候えば自分以後、相互に他人にまかりなり候。そのため此の段、御役所にも相訴え候。よって縁切状くだんの如し。

 宝暦九年卯七月九日       .
唐川村    虎松    .
善蔵    .
甚八    .
証判 年寄 助八    .
庄屋 彦十    .


  ―― 島根県平田市教育委員会蔵。
 狐持ち筋の家より、親戚一統へ提出された絶縁承諾書より。




 いつの頃からだっただろうか。
 『それ』は己へと向けられる声を聞いていた。
 ついさっきからなのか、あるいは百年も昔からなのか。
 生まれたその瞬間からだっただろうか。もしかしたら、生まれる前からだったかもしれない。
 もっとも、そんなのはどうでもいいことだった。
 誰かのすすり泣く声がしている。
 どうしてあの人を殺したのか。あの人は何も悪くなどなかったのに、と。
 恨みに満ちた女の声を耳にして、『それ』は己が人を殺したのだと理解した。
 おれの畑が不作だったのは、あいつが収穫を盗んでいったせいだ。
 憤りの声が届く。『それ』は己が盗みを働く存在だと知った。
 あいつに近づくな。関わるな。さもなくば殺される。奪われる。気が狂うぞ。祟られよう。
 口々に囁かれる言葉。
 『それ』が何をするものなのか、何をやるべき存在なのかを教えてくれる。
 『それ』はゆっくりと身じろぎした。
 動かなければならない。
 己が為すべきことを、果たさなければならなかった。


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