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 夜光怪人 収録:夜光怪人

これ、金田一シリーズとは別物として読んだ方がいいかもしれません。

夜光怪人のうわさが人の口にのぼるようになったのは、春まだ寒い二月頃のことだった。つばの広い帽子にダブダブのマント、お能に使うような面を身につけたその怪人は、全身からホタル火のようなおぼろであやしい光を放っているのだという。都内の各所で目撃されるその人物は、いつも若い娘を追いかけているのだが、不思議なことにその娘は誰かに助けを求めるでもなく、うわさが高まってからもなお、交番に届け出ようとさえしないのである。
時は過ぎて四月の半ば頃、中学三年生になったばかりの御子柴進少年は、夜の上野公園で、全身光る犬に追われている娘を助けた。彼女と共に身を隠した樹上から目撃したのは、噂に高い夜光怪人の姿。娘とは名も聞かぬままに別れてしまった御子柴少年だったが、彼は目撃した一部始終を旧知の間柄である、新聞記者三津木俊助に語った。
三津木は新日報社の花形記者で、犯罪事件の解決について一度ならず貢献したこともある腕利きである。ある日のこと、そんな三津木と御子柴少年が新日報社主催の防犯展覧会会場にいたところ、あの夜光怪人に追われていた正体不明の娘から、手紙が届けられた。そこには貿易促進展覧会に出品される、真珠王小田切準造氏の首飾り「人魚の涙」が夜光怪人によって狙われていると、そう書かれていた。貿易促進展覧会は、防犯展覧会のとなりで行われている。さっそく二人は小田切老人に注意を促したが、老人は既に名探偵として名高い黒木一平を雇い入れていた。とはいえ、三津木の存在もありがたい。ぜひ今夜は一緒に警護して欲しいと乞われた三津木らは、黒木と共に三人で首飾りを見張ることにした。
しかし人魚の涙を盗みに現れたのは、何故か夜光怪人ではなく、事前に手紙で危険を知らせてくれたあの娘だった。そしてその娘に気を取られている隙に、三津木らはまんまと首飾りを盗まれてしまう。
あの娘は夜光怪人の敵なのか味方なのか。
がっくりと気を落とした三人に、今度は鎌倉稲村ガ崎にある、お城御殿と呼ばれる屋敷からお呼びがかかった。近く予定している仮面舞踏会で娘の身につける、ダイヤの首飾りが狙われているというのである。今度こそ夜光怪人を捕らえてみせると、意気込む三人だったが……

ジュヴナイルものとして書かれたという作品です。主役が中学生の少年になっていたり、いかにもな怪人が出てきているあたり、さもありなんというところ。夜光怪人の正体は、かなり早いうちに見当がつきましたが、そこからさらに意外なひとひねりありました。いやはや、まさかあの人物が黒幕とは……

そうそう、上の要約では金田一さん登場までたどり着けませんでしたが、後半ではちゃんと活躍なさってます。というか、活躍しすぎというか(苦笑)
「これから、いよいよ、夜光怪人のアジトをつくのだが、きみたち、覚悟はいいだろうね」
「だいじょうぶです、金田一さん」
「ぼくだって、ちっともこわくはありませんよ」
「うん、いい度胸だ。それじゃわたしについてきたまえ」

と言いつつ、ポケットから取り出したピストルを構える金田一さん。
……いったいどこのどなたさんですかアナタ……

あと終わりの方には、財宝が隠されている瀬戸内の龍神島へ乗り込んでいくシーンがあるのですけれど、その島のお隣にあるのがなんと獄門島。島のお巡りさんは清水巡査で網元は鬼頭 ―― というのを読んで、思わず早苗さん再登場!? と胸を躍らせてしまいましたが、どうやら獄門島違いらしく。島の人達全員と金田一さんは初対面のようでございました。そもそも儀兵衛さんがご存命でらっしゃるし……やはりこの話は本来のシリーズとは重ならない、パラレル設定と解釈した方がいいかもしれません。
金田一さんの事務所でお茶くみしている、「助手の青木」なる人物も謎ですしね……(苦笑)

※ちょっと調べてみたところ、この「夜光怪人」はもともと由利麟太郎先生ものだったのが、のちに山村正夫さんによって金田一ものに改作されたのだそうです。おおいに納得でした。




 謎の五十銭銀貨 収録:夜光怪人

金田一ものではない、ノンシリーズ短編です。

駒井不二雄のおじさん駒井敬吉は小説家である。彼はある日雑誌社の人からインタビューを受けて、お守りとして持っている五十銭銀貨の話をした。
敬吉おじさんがその銀貨を手に入れたのは、もう何年も前の昭和十六年頃のことで、新宿の裏通りで易者に手相を見てもらったおり、釣りとして渡されたのだという。その銀貨は実は偽物で、ねじってふたをあけると、中に暗号を書いた紙片が隠されていたのだった。
おそらく易者は、人違いでそれを渡してしまったのではないか。そしてこんな銀貨や暗号を使っているからには、なにかきっと後ろ暗い仕事に関係があるのだろう。だが泥棒の置き忘れていった物を持っていると、幸運がくるというから、これをお守りとして大事にしているのだと、おじさんはそう言って笑っていた。
そのインタビューが雑誌にのってから一週間ほどのちのこと、雑誌記者の山田進と名のる人物がおじさんに会いにきた。その人物はやけに五十銭銀貨に興味がある様子を見せていたが、おじさんが暗号の紙を見せようとしないので、残念そうな素振りで帰っていった。
そしてその晩のこと。駒井家に泥棒が入ったのだが、その泥棒はおじさんの机からあの銀貨を盗んで逃げ出そうとする途中、突然飛び出してきた人影に刺し殺されてしまった。そして泥棒を殺した犯人は、五十銭銀貨を奪うとそのまま逃げていってしまったのである。
殺された泥棒はやはり先日訪れた、山田と名のっていた男だった。山田はおじさんと同じように左の小指が半分欠けており、どうやら以前、易者から本当に銀貨を受け取るはずだったのは彼だったと考えられた。
警察の調べによると、彼の本名は小宮三郎といい、かつて宝石泥棒で捕まった小宮穣治の弟であったという。穣治は逮捕される寸前、弟に対してなにかを知らせようとして、五十銭銀貨に暗号を仕込んだらしいのだが……

おじさんの大人物ぶりが格好いいです。犯人も警察も手のひらの上で踊らされてるし。
ジュヴナイルものだけあって、暗号は意外と簡単なものでした。他の金田一もののように「解けるわけねえだろこんなもの」というのではなく、割とお約束なかんじで。
金田一さんは出てきませんが、等々力警部が登場なさいます。事情を知らされないまま探偵役に振りまわされるのは、もはや慣れたことかと(笑)




 花びらの秘密 収録:夜光怪人

上に同じく、ノンシリーズのジュヴナイル短編です。

真夜中頃、美絵子はあやしい気配で目を覚ました。カーテンで仕切られた隣の部屋から、物のぶつかる音が聞こえたのである。泥棒かと人を呼ぼうとした美絵子だったが、壁に映し出されている文字を見て慌ててそれをやめた。
隣室との間にかかっているカーテンの隙間から、一筋の光が部屋を横切り、壁に四角い映像を作っていた。動くな、さわぐな、さわぐといのちがないぞ、と、すりガラスの上に墨で書いたのであろうその文字は、不気味で恐ろしく、美絵子を怯えさせた。美絵子は夜が明けるまで布団をかぶって震えていたが、しかし夜が明けてみると隣の部屋は何事もなかったかのようにきちんと整頓されていた。
話を聞いた美絵子の祖父は、夢でも見たのだろうと笑ってとりあわなかった。美絵子は既に両親を亡くしており、この祖父と二人暮らしである。昨年までは防衛庁に勤めていた叔父もいたのだが、これも急な自動車事故で帰らぬ人となってしまった。
その翌晩のこと、美絵子はまたも同じように目を覚ました。枕元を見ると、昨夜と同じ文言の書かれた紙片が置かれており、隣室から物音が聞こえる。今夜は恐ろしさよりも悔しさの勝った彼女は、声を上げて人を呼んだが、あいにく泥棒は取り逃がしてしまった。しかし夢ではなかった証拠に、泥棒は奇妙な真鍮の板を落としていった。それは長さ五センチ、幅五ミリぐらいの、ちょうどキクの花びらのような形をしており、表面にはアルファベットと数字が刻まれていた。
祖父はそれを見ると顔色を変え、宇津木俊策探偵事務所へと連絡を取った。そうしてつかわされてきた緑川三平と名のる探偵に、事情を話したのである。
昨年自動車事故で死んだ美絵子の叔父は、ロケットを開発している設計技師であった。彼は亡くなる寸前に優秀なロケット機の設計を完成していたのだが、しかし彼の死後その設計図はどこからも発見されなかった。あるいは彼は、欲に目がくらみその発明を外国のスパイに売り渡したのではないかと、そんな忌まわしい評判さえたつにいたっている。
そして昨夜見つかった金属の花びらだが、彼が亡くなったおり、その財布の中に似たような物が入っていた。ならば一昨夜からの泥棒さわぎは、なにかその紛失した設計図に係わっているのではないか、と。
話を聞いた緑川は、研究を狙われていた博士が、それを守るために秘密の隠し場所を作り、その鍵として真鍮の花びらを用意したのではないかと推察した。そうして泥棒が入った部屋にこそ、その隠し場所が存在するのではないかと言うのだが……

さくさく進んでさくさく解決されます(笑)
美絵子さんが最後に犯人を指摘する理由も、しょっぱなの部分でバレバレですし。

ところで今回登場の探偵さんは「宇津木俊策」、夜光怪人では「三津木俊助(由利先生シリーズレギュラー)」、あと金田一ものではほかに新聞記者として「宇津木慎策(白と黒、夜の黒豹)」とか「宇津木慎介(女王蜂)」とか出てきてます。微妙微妙。












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金田一耕助覚書

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