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 夜の黒豹 収録:夜の黒豹

ホテル女王のベルボーイ山田三吉は、細めに開いたドアの隙間から、水が溢れてきているのを見て不審に思い、部屋の内部へと声をかけた。が、返事がないのでしかたなく踏み込んだ先で目にしたのは、両手を縛られベッドに拘束された、裸の女の姿だった。ナイロンの靴下で首を絞められ、窒息寸前のその女は、むき出しの乳房に青いマジックでトカゲのような絵を描かれている。
街娼とおぼしき女は、相手の男のちょっとした悪戯だからと告げ、事を荒立てぬよう三吉に口止めをして帰っていった。ただよくある、変わった趣味の男と街娼との軽いトラブルとしか思われなかった出来事だったが、それが恐ろしい連続殺人事件のはじまりであった。
ホテル女王の事件の数日後、同じようなシチュエーションでベッドに縛りつけられた女が発見された。だがホテル竜宮で起きたその事件では、既に女は絶息していたのである。
新聞を読んで出頭した山田三吉の証言により、犯人は初犯ではないことが判明し、また今後も同様な行為を繰り返していくのではないかと想像された。
両方の事件で女の相手をつとめたと見られるのは、黒い艶のある帽子に黒いオーバー、黒いマフラーで顔を隠した、猫のような身のこなしの男だという。だが宿帳の記載はもちろんでたらめで、住所も名前もまったく判らなかった。最初の事件で命を拾った女 ―― 葉山チカ子もまた、住所名前とも架空のものでしかなく、その身元は明らかにならなかった。
そして唯一葉山チカ子の顔を間近で見ていた山田三吉は、夜道でひき逃げにあいその命を落とす。これは果たして偶然なのか、それとも誰かの意志が働いているものなのか。
不安と焦燥に陥る捜査陣をあざ笑うかのように、第三の事件が起こる。
今度は旅館の離れで殺されていたその犠牲者は、まだわずか十五才の、年若い少女であった。

胸に描かれているトカゲの向きが、推理のポイントになってくるのですが、どうにも読んでいて頭が混乱してしまいました。自分も小説と名がつくものを書いているくせに、どうも私は「右左」と「向かって右左」のそれぞれどれがどっち向きなのか、何度聞いても覚えられないのですな……「誰々から見て右手側」とかいうふうに書かれていると、判りやすくてありがたいんですが。

犯人は割と早いうちに明らかにされて、終わりの方は金田一さん達のはった仕掛けにはまり、追いつめられてゆく犯人側の視点になります。わりとこういう仕掛けの部分って、終わってから実は……と明らかにされることが多いので、けっこう楽しかったです。
正直なところ仕掛けの結果、てっきり犯人の片方は自滅するものとばかり思ってまして、ちゃんと寸前で刑事さんが止めに入ったのを、むしろ意外に感じてしまいました。ほら、金田一ものって、犯人死亡して終わりってのが多いから……(苦笑)

……そういえばやたらと金田一さんに突っかかっていた牧野警部補は、けっきょくぎゃふんと言ってくれたんだっけ?



 湖泥 収録:貸しボート十三号

山陽線のKから一里あまり奥に入った山間の一僻村、平地部分のほとんどが人工池の底に沈められたその村には、北神家と西神家という対立する二つの家がある。
その北神家のあととり北神浩一郎の婚約者である御子柴由紀子が、ある祭りの晩に失踪した。彼女の婚約には、西神家の息子、康夫が異を唱えており、そこには長年にわたる両家のわだかまりもからみあい、相当のもつれがあったのだという。
例によって、大阪まで来たついでに磯川警部を訪問した金田一耕助は、この事件で出張中だという磯川警部の後を追いかけ、湖水をさらうボートの上で詳しい話を聞いていた。
祭りの行われた隣村との間に道は二本。そのうち山ふもとを回る方にはつねに人の目があったため、由紀子が村へ戻ってきたのであれば、山越えの道をとり水車小屋の横を通ったと考えられた。しかし同じ頃にその道を通った男はなにも気がつかなかったと言い、また水車小屋で米つきをしていた浩一郎も、由紀子の姿は見なかったという。
しかし後日、事件の晩に由紀子を呼び出す浩一郎からの手紙が発見され、さらに水車小屋の中から由紀子の紙入れが発見された。これで浩一郎が由紀子失踪に関わっていることが確定されそうであったが、しかしそのどちらの品も、事件発生直後にはその場所に存在しなかったことが確認されていた。すなわち何者かが浩一郎に罪を着せようとしたのであり、ことは単なる失踪ではすまされないのではないか、と。
それらの説明が為されている間、金田一耕助はしきりに湖岸の方を気にしていた。そこには粗末な小屋がぽつんと建っているのだが、その屋根の上一面にカラスが群がっているのだった。北神九十郎という敗戦ボケの男が住むその小屋に踏み込んでみると、そこには死後数日は経とうという由紀子の全裸死体があった。
あきらかに忌まわしいことが行われた形跡のあるその死体からは、なぜか片目が失われていた。由紀子は左の目に義眼を入れていたのである。敗戦で心を病んでいる九十郎は、小屋の前に流れ着いた由紀子の死体を拾い上げたが、あまりに美しかったのでそのまま自分のものにしていたと供述した。
いったい何者が死体を湖に流したのか、遅々として捜査が進まぬなか、山中の赤土を掘る穴の中で、同じ日に失踪していた村長の妻の死体が発見される ――

中編の割にみっしりと中身の詰まったお話です。田舎のどろどろとした人間関係を把握するだけでおなかいっぱいというか。
そして謎解きの最後では金田一さんが思いきりはったりをかましています。本人も言っていますが、もし犯人が証拠をすでに処分してしまっていたら、どうするつもりだったんでしょうか……




 貸しボート十三号 収録:貸しボート十三号

体育会系若人がいっぱい出てくるせいか、全編通じて妙にテンションが高いです(笑)

血まみれのボートに横たわる二つの死体は、身の毛のよだつほど凄惨なものだった。首無しの死体や、切り落とされた生首であれば見慣れている金田一耕助だったが、血まみれのボートの中に横たわるその男女の死体は、ノコギリかなにかで半ばまで首を引ききった状態で作業が中断されており、その首から上がボートの動きに従って不安定に揺れているのである。またその二つの死体は、かたや心臓をひと突きにされた後に首を絞められており、もういっぽうは首を絞められた後に心臓をえぐられていた。そして男の死体は下着一枚の裸であり、女の死体はスーツの上にコートまで着ている。
そんな不可解な死体の身元はまもなく明らかになった。女の方は最近なにかと問題の多い某省某課の課長夫人大木藤子、男の方はその娘の家庭教師であり、X大学ボート部所属の駿河穣治だという。またこの駿河穣治は、金田一耕助のパトロンの一人である、川崎重人の娘の婚約者でもあった。
二人の間に不倫な関係があったのではないかとにらみX大ボート部の宿舎へ聞き込みに行った一同は、途中席を外した駿河穣治の親友八木が自殺を企てたのを、危ういところでくい止める。八木の書き置きにはすべて自分が行ったことだと書かれていたが、時をおかずやはり親友の矢沢文雄が、同じく自供を行った。
駿河穣治を含む彼ら三人の間には、以前から川崎の娘を巡る恋のいさかいが生じていたというのだが ――

体育会系男達の熱い友情! この一言に尽きる話です(笑)

今回登場するパトロン川崎重人さんは、他ではあまり名前を見ないような気がします。少なくともこれまでに読み返した中では出てきてないですね。この人が金田一さんのパトロンになるきっかけとなった「(冤罪を受けた川崎家の親族の)当人の自供なるものも、裏を返せば無能な検察当局にたいする悲痛な訴えであることを、片言隻句の末端までとらえて解剖し指摘した」という事件も、かなり気になります。




 堕ちたる天女 収録:貸しボート十三号

等々力さんと磯川さんの両警部がそろいぶみなさっています。
そして金田一さんがなにやらボロボロに……

社会科の研究科目で交差点の交通量調査をしていた中学生、遠藤由紀子は、一台のトラックがコンクリートの塊に乗り上げ、荷台から寝棺のような白木の箱を落としてゆくのを目撃した。落ちた木箱は後続のトラックにひかれ、中に入っていた等身大の石膏像があらわになる。割れた石膏像はその内部から生々しい肉とどろりとした液体をはみ出させていた。その像には、中に女の死体が塗り込められていたのである。
運転手は黄色いマフラーと塵よけ眼鏡で顔を隠していたが、死体の身元確認に訪れたストリップ小屋の支配人とストリッパーから、中河謙一という芸術家ではないかと指摘があった。中河謙一はいつも黄色いマフラーを身につけており、殺された女 ―― ストリッパー、リリー木下の愛人であったという。
また身元確認に訪れたリリーの同僚双葉藍子は、二日ほど前の晩、中河謙一のアトリエに招かれ、そこで首を絞められたと供述した。そのアトリエにリリーそっくりの塑像があったという経緯があり、見つかった死体が彼女ではないかと思い至ったらしい。
時を同じくして、やはり黄色いマフラーをした男と出かけたまま、行方の判らない女がいるという通報があった。そちらの男は杉浦陽太郎といい住所も明らかであったが、リリーが殺された夜から姿を消してしまっていた。
中河謙一のアトリエでその女も死体で発見され、警察は中河謙一と杉浦陽太郎を同一人物と見なし行方を捜す。そんななか捜査陣をあざ笑うかのように第三の殺人が起きた。殺されたのは双葉藍子。彼女の死体には黄色いマフラーが巻きついていたが、そこには被害者の誰とも一致しない、O型の血痕が付着していた。

石膏像に塗り込められた死体、これでいったいいくつ目やら(苦笑)
実際の所は可能なものなんでしょうか? 死後硬直のとけた死体をきちんと形を保って塑像にしようとするならば、かなり厚塗りしないとまずいと思うんですが。

この話にはレズやらホモやらが入り乱れているのですけれど、最初読んだときには「ソドミア」という言葉の意味が判らなくて、しばらく首をひねっていました。まあ、本文読み進めていけば判るんですけれど、金田一さんがその言葉を聞いた瞬間すごくびっくりしているので、しばし取り残されてしまいました。

過去に岡山で起きた事件が関わってくるため、磯川警部が上京してきます。等々力警部とはこれが初顔合わせなのでしょうか? 「悪魔が来たりて笛を吹く」で協力しているけれど、直接逢ったことはないというような感じで書かれています。












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金田一耕助覚書

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