角川文庫版の表紙が、なんということないのに強烈な印象があるというか、怖いというか……
事件の幕が切って落とされたのは、昭和三十二年八月二十日の早朝、朝靄の立ちこめる五時頃のことであった。
成城の高級住宅街をパトロールしていた警官が、とある屋敷から飛び出してきた女の自殺をくい止めたのである。パジャマの上からレーンコートを羽織っただけのその女は、酷いヒステリーを起こし、電車に飛び込もうとしたのだが、警官と付近の住民の協力によって救われたのだった。
その袖口に血がついていたことから、彼女が飛び出してきた家を捜索すると、そこには薪割りで頭をぶち割られた老女と若い女の死体が転がっていた。
その家の持ち主は朝井照三という小説家で、女は後妻の美奈子、殺されていたのは姑と女中。当の夜、朝井は外出しており、家にいたのは美奈子と姑、女中となさぬ仲の娘である小夜子の四人だったが、小夜子は体が不自由で部屋を出ることができないためか、なにも知らず無事であった。
興奮状態から回復した美奈子は、警察の取り調べに対しこう答えた。
自分は明治時代に毒殺魔として告発された大叔母、八木子爵夫人の生まれ変わりなのだと。身の内に犯罪者の血を持つ自分は、夢中遊行のさなか、無意識のうちに姑と女中を殴り殺したのに違いないのだと ――
しかし彼女がそう信ずるに至った経緯を聞き取るうちに、警察は彼女の夫、朝井に対し疑惑を抱き始める。朝井は美奈子に対し、ことさら八木子爵夫人の肖像画「支那扇の女」やその犯罪の記録「明治大正犯罪史」といった、刺激の強いものを見せつけ、彼女の思いこみを増長しようとしている傾向が見られたのだった。しかも美奈子に生き写しだったというその肖像画は、あるいは偽物ではないかという疑いも出てきていた。
そんな折り、朝井の知人でかつて偽画の作成で画壇を追放された挿絵描きが、自宅で毒殺されているのが発見され……
展開が二転三転しておもしろいお話でした。
以前読んだことがあったんですが、見事に前半部分しか覚えてなくて、再びひっかかってみたり。
しかし同情できないのは朝井ですな……そして一番気の毒なのは女中の女の子ですか。みすみすこんな家に働きに来たばっかりに……
ファン的要チェック部分といえば、朝井の従兄弟である八木夏彦の発言。
「それにしても加納先生からおうわさをうかがってから、もう既に数年たってるんですが、あの当時先生からお話をうかがって、あれこれと想像していたご風貌と、ちっとも変わっていらっしゃいませんね」
加納先生とは、女王蜂に出てきていた加納辰五郎弁護士のこと。この段階で昭和三十二年という事は、金田一さんが復員してから十一年。復員段階で三十ぐらいになってたはずですから、四十行ってるはずなんですが……他の作品でも年取ってないという表現がぽつぽつ見られるそうなので、やはりいつまでも変わらない人であるらしいです。
もう一箇所。
「こんやの金田一耕助は、かれの表看板であるところの、和服によれよれの袴といういでたちではない。ギャバのズボンに濃い紺地の開襟シャツといういでたちは、どうみても貧弱なサラリーマンにしか見えず、なるほどこの男が洋服をきらうのもむりはないとうなずけた。」
ラストの捕り物での変装シーン。あいかわらず洋服は似合わないようです(笑)
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