<<Back  Next>>


 魔女の暦 収録:魔女の暦

犯人の書かれ方に、金田一少年の事件簿とかコナンの全身黒タイツ(違)犯人を思い浮かべてみたり。

浅草六区のストリップ小屋紅薔薇座では、ギリシャ神話になぞらえた出し物が興行されていた。『メジューサの首』と題されたそのレビューは、蛇の髪を持つ女怪メジューサや、ひとつの目玉を三人で共用する盲目の魔女などが、勇者に翻弄されつつ一枚一枚服をはぎ取られていくといった趣向のものである。
金田一耕助は、開幕からの三晩続けて紅薔薇座へと足を運んでいた。なぜなら彼は、そのレビューが開幕される数日前に、魔女の暦と名乗る人物から怪しい手紙を受け取っていたのである。それは新聞から切り抜いた活字を貼りあわせたもので、『メジューサの首』の興行中に、なんらかの犯罪が起こるであろうと予告していた。
そして金田一耕助が紅薔薇座へ通い初めて三日目の夜、舞台上で踊っていた三人の魔女達のひとり、飛鳥京子が突如棒立ちとなった。左胸を押さえたその手の隙間から覗いているのは、前の幕で使用されたとおぼしき吹矢。
次の瞬間、苦しみだした彼女は、そのまま背後にあるオーケストラ・ボックスの中へと倒れ込んでいった。吹矢の先端に塗られた猛毒により、命を奪われて。

『メジューサの首』という芝居の趣向はなかなか面白くて印象に残るのですが、話そのものは、いささか登場人物が多すぎて判りにくいです。ストリッパーだけで五人、それぞれの情人やら内縁の夫やらがやはり五人ぐらい。さらに下働きやらなんやらがいるうえ、男も女も互いに浮気しまくってるものだから、もうなにがなんだか。犯人が判明しても、正直「はあそうですか」という感じです。
……そもそもいくら部屋の電気を消したからって、別人とベッドインして誤魔化せるものだろうか……

微笑ましいところとしては、金田一さんが珍しく犯人の疑いをかけられております。まあ、等々力警部が駆けつけるまでの話ですけれど。
ストリップ小屋で金田一さんを見つけた等々力警部、にこにこ笑いながら立っているのを見て幽霊にでも会ったように目をひんむいたそうで。たしかに金田一さんと繁華街って、すごーく似合わない気がします。なんか金田一さん、そのあたり枯れきっちゃってるイメージがあるんですよね……(苦笑)




 火の十字架 収録:魔女の暦

魔女の暦が三人の女と一人の男の四角関係なら、こちらは男三人に女一人。事前に金田一さんが手紙を受け取っていたり、関森警部補が出てきたりと、なんとなし共通点が多いです。

連続殺人事件の発生を示唆する手紙を受け取った金田一耕助は、早朝六時、等々力警部と共に新宿にある劇場パラダイスの楽屋口を見張っていた。そのパラダイスという劇場は新宿と浅草と深川の三ヶ所にあり、三館ともヌード・ダンサー星影冴子の持ちものである。冴子はそれぞれの劇場で一週間ずつ興行を行っており、同時にそれぞれの支配人である立花良介、滝本貞雄、三村信吉の三人と一週間交代で夫婦生活を続けているのだという。
六時をだいぶ過ぎ、これは悪戯であったかと思い始めた頃、楽屋口に一台のトラックが止まった。運送屋は浅草のパラダイスからの荷物だという、大きなトランク三個を下ろし始めたが、手をすべらせそのうちのひとつを地面へ取り落としてしまう。衝撃で口を開けたトランクから出てきたのは、目もあやな衣装にくるまれた全裸の女、星影冴子。
仰天した一同が送り主である浅草パラダイスへと連絡を取ると、支配人である立花良介は昨夜から寝室にこもったきりまったく反応がないということだった。仕方なく扉を壊して入った一同が発見したのは、ベッドに縛り付けられ、塩酸で顔面を焼きつぶされた立花の死体だったのである。

トランクの中から全裸の女というのは、横溝作品でよく使われるネタですが、死体ではなく睡眠薬を盛られて昏睡しているだけだったというところがひとひねりされています。しかし話の中では、立花がエロ写真を撮るために時折りこっそり一服盛っていたということになっているのですが、毎度毎度、あとで入院が必要なぐらい大量に飲ませていたら、翌日の仕事に差し支えてたろうと思わなかったのか、警察陣……
あとつっこみたいのが、トランクの中に入っていた星影冴子、トランクが開くとき地面に落とされた上に車にぶつかってるんですが……誰か心配してやれよ、そのあたりと(苦笑) ←睡眠薬のことばかり問題になっている

そして謎解きの部分で、金田一さんが写真のプロを連れてきて、立花が撮っていたというエロ写真の鑑定をしてもらうのですけれど、なんだかこのシーン、冷静に考えるとおかしくなってしまうのは私だけでしょうか。警察の一室で刑事達がエロ写真を取り囲みつつ、興奮して息を荒くしてるって(笑) ここの文章、明らかに狙って書いてあると思うんですが、深読みしすぎででしょうか?




 扉の影の女 収録:扉の影の女

何度読んでも、金田一さんの愛されっぷりに目眩がしそうに(笑)

昭和三十年も残り少なくなってきた十二月二十二日のこと、金田一耕助は緑ケ丘のフラットに客を迎えていた。西銀座のバー、モンパルナスで女給をしているという彼女、夏目加代子は、殺人犯に顔を見られたかもしれないと、そう相談に来たのだった。
二十日の晩、仕事帰りに暗い路地から飛び出してきた人物とぶつかった彼女は、その人物が落としていった血まみれのハット・ピンを拾ったのだという。驚いて路地の中に入ってみると、そこにある小さな稲荷社の前で女が一人、首筋から血を吹き出して死んでいた。しかも殺されていたその女は、かつて加代子と同じ店で働いていて、彼女の恋人を奪った仇でもある江崎タマキだったのである。
その場ですぐに警察に知らせればよかったのだが、彼女にはそうできない二つの理由があった。ひとつは自身が犯人だと疑われないかという不安、そしてもうひとつは犯人と接触したことを公にすれば、逆に犯人から狙われはしまいかという恐怖。
しかし翌日発見されたタマキの死体は、稲荷社から遠く離れた、築地の入船橋下に浮かんでいた。何者かが加代子が立ち去った後に死体を移動させたのである。このまま口を閉ざしていれば、殺人が行われた現場も判らぬまま、事件は解決されずに終わってしまうかもしれない。それは気がとがめるとそう考えた加代子は、どうにか彼女の名を表に出さぬまま事件解決することはできぬだろうかと、そう相談に来たのである。
情報元は明かさぬままに金田一耕助が示唆した事によって、警察ははじめて犯行現場を割り出すことができ、ようやく捜査に進展が見られるようになった。
犯行現場の隣にあるレストランはタマキのパトロンである金門剛と縁の深い財界人、加藤栄造が情婦にやらせているもので、金門もよく利用しているのだという。また加代子は死んでいたタマキの側に落ちていた紙片を拾っており、それは金田一耕助を介して警察に提出されたのだが、そこには「叩けよ、さらば開かれん ギン生 タマチャン」と記されていた。加代子がタマキに奪われた恋人は臼井銀哉という。当然事件当夜の臼井のアリバイが調べられたのだが、彼は別の女性と箱根に行っていたと主張しつつ、しかしその女性に迷惑が掛かるからと、相手の名前に関しては頑として口をつぐんだ。
疑わしき人物を絞り込めぬまま、警察は右往左往するのだが、しかし金田一耕助は……

普段はあまり表に出てこない、金田一さんの私生活や捜査の進めぶりが書き込まれているお話です。案外したたかというか、この人裏ではこんなことやってのかと、うならされつつ、でもやっぱり根っこはヘタレだなあと微笑ましくなってもみたり。

まず依頼を持ち込みつつ、ろくにお礼もできないと恐縮する加代子に、気にするなと笑って言う金田一先生。しかしこの段階で懐がかなり寂しかったらしく、次に訪れた警察ではタバコ銭にも窮していることを看破され、等々力警部から丸々一箱恵まれたりしております。
そしてその翌日、外出しようとして嚢中の赤信号を思い出した彼は、恥を忍んで大家の奥さんに借金の申し込みをするんですが、そこでにっこり笑って三倍の金額を差し出すよし江さん。「金田一耕助に三千円用立てておけば、日ならずして五千円くらいになって返ってくることを、ちゃんと勘定に入れているのかもしれない」のだそうで。
事実そのやりとりの直後、警察から疑いを受けた金門剛がアパートを訪れ、なんとか当夜のアリバイを公にせずにすむ方法はないかと持ちかけてくるのです。そしてその場で前金十万円を受け取って、今度はうってかわったお大尽になってしまいます。
さらにその後、臼井銀哉からも、当日一緒にいた女性の名を表に出さずにすませられたらお礼をするからと相談され、相手の女性から書留で前金五万円を受領。
その上でまた、先日の窮状を見かねた等々力警部から「かなりふくらんだ封筒を取り出して、すばやく金田一耕助のふところへねじこんだ」りされてるんですよ。いわく「家内が心配してぜひこれをご用立てしてほしいと、けさがたことづかってきたんです」と。
この段階で既にたんまりとふくらんでいる己の懐に後ろめたくなりつつも、依頼人の秘密を漏らすわけにはいかず、なに食わぬ顔で受け取らざるをえない金田一さん。策に溺れているというか、等々力さんが気の毒というか……

そんなこんなで、
「失礼だけどあの先生、ああしていていくらかでも収入になるんですかね」
「収入になるのは五件に一件ぐらいじゃないかな。けっきょく、好きでやってるってかたちだな」

などと等々力警部と新井刑事に噂されていた金田一さん、今回はひとつの事件で三人の依頼人から計四十万+αの依頼料を受け取ってました。昭和三十年代頃は、大卒の初任給が一万円ぐらいだったそうです。つーことは年収の三倍ちょい? うわあ(笑)

ちなみにこのあと引き続く会話も、それはのろけですかといいたくなるような等々力警部の発言ぶり。引用しようとするときりがないので、最早これは読んで下さいとしか言いようがなく。
なんかもうこの話は正直、作者御自身が書かれた同人誌なんじゃないかと……
あ、ちなみに犯人はものすごい意外というか、本編ではほとんど登場していない人物でした。ほぼ全編ミスディレクション(笑)




 鏡が浦の殺人 収録:扉の影の女

金田一ものとしては、割とスタンダードなお話かと。

隣のテーブルから洩れ聞こえてくる二人連れの会話に、金田一耕助は思わず微笑ましいものを感じずにはいられなかった。
戦後急速に発展してきた東京近郊の海水浴場、鏡が浦の海岸に建っている、望海楼というホテル。その屋上テラスにはテーブルが二十ばかり配置されているのだが、ひとつひとつには大きなビーチパラソルが立てかけてあるため、隣のテーブルといえども座っている人間の姿を見ることはできなかった。しかし聞こえてくる会話の内容から察するに、男の方は大学の先生かなにからしく、連れの女はその弟子のようだった。そしてあろうことか大学の先生ともあろう人物が、双眼鏡を使って眼下の景色を眺めているらしい。すなわち鏡が浦の海面一帯に繰り広げられている、青年男女の太陽族的行為をひそかに盗み見ているというわけである。
パラソル越しに聞こえてくる老教授の実況に、金田一耕助は思わずくすくすと笑いを噛み殺していたのだった。
しかし、途中でなにやら様子がおかしくなった。不審に思い、そっとパラソルのむこうをのぞき込んだ金田一耕助は、双眼鏡で沖を見続けながら、右手に持ったペンでなにかを書きつけている教授の姿を目にした。どうやら教授はリップリーディング、すなわち読唇術によって、たまたま双眼鏡のむこうに捕らえた人物の会話を読みとっているらしい。
とんでもない相談をしていると憤慨した教授は、連れの女性と連れだって席を立っていった。
その翌日、休暇を利用して遊びに来た等々力警部ともども、金田一耕助はホテルの新たな泊まり客に紹介された。昨日の教授は著名な児童心理学者江川市郎、連れの女性は助手の加藤達子といった。他には江川教授の友人で、だいぶ前から逗留している加納辰哉が泊まり客としている。
朝食の席には他にもマダムの一柳悦子、その義理の娘の芙紗子、同じく義理の妹の民子、亡くなった夫の遠縁、岡田豊彦の四人が席を連ねていた。
その朝食の場で、金田一耕助と等々力警部は、浜で行われるミス・カガミガウラ・コンクールの審査員をやらないかと勧誘された。柄ではないからと断ろうとした金田一耕助だが、江川教授の口振りになにか意味ありげなものを感じ、考えを変え参加することにする。
しかしコンクールそのものは、予想を外れ、何事もなく終了した。なんだってこんなことを、と不平たらたらな等々力警部をなだめている金田一耕助に、こちらはなにやらほっと息をついたらしい江川教授が、持参した冷たい飲み物を勧める。デッキチェアーに腰かけた江川教授は、しばらくもぞもぞと尻の方を気にしていたが、やがて真っ青な顔色になって倒れ込んだ。そのまま息を引き取った彼を診察した医師は、狭心症の発作だろうと告げる。老齢の上にその日の暑さ、良くあることだと結論されそうになったとき、加藤達子が叫んだ。
先生は殺害されたのだ。誰かの手によって巧妙に毒殺されたのだ、と。
そう、江川教授が昨日リップリーディングで読みとったのは、このコンクール会場で行われることとなっている、毒殺の計画だったのである。

海辺が舞台ということで、「傘の中の女」や「赤の中の女」あたりと印象が重なります。読唇術が事件の発端になっているあたりは「鏡の中の女」とも通じるかと。あ、殺害方法に針を仕込んだゴム鞠ってのは「幽霊座」でも使われてましたっけ。
そんな感じで、どちらかというと印象の薄いお話だったりします。しかし逆に見ると、いろいろなお話のエキスがぎゅっと詰まった一品とも言えますね。
金田一さん、犯人当ての段階で例によって偽手紙作って、思い切りハッタリかましてますし(笑)




<<Back  Next>>


金田一耕助覚書

その他書架へ戻る