今回は金田一さん未登場です。
その日、丸の内にある中位劇場梟座では、一大グランドレビュー「パンドーラの匣」の公開七日目を迎えていた。梟座専属のレビュー団に深山幽谷先生率いる怪物団が加わることで、戦後人気となった鬼気迫るスリラー風味をもたらし、その興行成績は都下各劇場内で一二を争うかに思われた。だが、好事魔多しとの言葉がある。その日は開幕前から椿事が持ち上がっていたのだった。
開幕寸前、カリガリ博士やせむしのカジモト、フランケンシュタインなどそれぞれ趣向を凝らした化け物の扮装を整えていた怪物団の面々だったが、その六名全員がメイクよりもよほど鬼気迫る、青ブチ痣をこしらえる羽目となったのである。暗い楽屋裏で出会い頭に殴りつられたということで、犯人の姿を目にしたものは残念ながらひとりもいなかった。他にレビュー作者の細木原竜三と企画部の田代信吉も襲われており、細木原竜三に至っては意識がない状態だという。
いったい誰がこんな真似をしたのか。一同は憤慨し、また首をかしげたが、目的も犯人もとんと判らぬままに開幕時間が訪れた。
そして事件は舞台の上で起こる。
妻の歌声に籠絡されたエピミシュースがパンドーラの匣を開いた瞬間、バネ仕掛けで飛び出してきた短剣が、俳優の心臓を貫いたのである。
その夜、梟座で起こる連続殺人事件の、それが幕開けであった。
全編通じてコミカルな雰囲気の、他の作品とは微妙に異なる文体で書かれています。他の金田一ものでも時おりそんな書かれ方をしてることはありますが、最初から最後までというのは珍しいかと。
今回の探偵役は怪物団を率いる深山幽谷先生ですが、前半部分ではけっこう挙動不審で、犯人かと匂わせるような描写もあります。そのあたりでは代わりに、梟座にいあわせた新聞記者、頓珍漢先生こと新聞記者の野崎六助が走りまわるのですけれど、この人物がまた本当にトンチンカンというかなんというか(笑)
いつものメンバーとしては等々力警部が登場なさってます。しかしもう完全にお笑い担当。デスク叩いた弾みにインク壷ひっくり返すわ、大豆粉にあたって下痢ってるわ……びっくり箱の仕掛けが三重仕立てになっていたりと、そのあたりはおもしろいのですけれど、わりと好き嫌いが別れるのではないかと思います。
|