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 幽霊座 収録:幽霊座

話の途中で見取り図など入っていたりする、空間的な舞台装置のお話です。

幽霊座との異名をとる劇場「稲妻座」には、多くのあやしい噂がつきまとっていた。それはすでに建物が古びて、いかにも陰気な雰囲気を漂わせているせいもあったのだが、その噂を決定的なものにしたのは、十七年前に役者の失踪事件が起きたからである。劇場の持ち主である鶴右衛門の長男鶴之助は、「鯉つかみ」の名で知られる趣向の狂言を演じている最中、早変わりのために水中へと飛び込んだ直後に姿を消し、以来十七年の間、まったく消息を絶ってしまったのだった。
そして現在、すでに死んだと見なされた鶴之助の十七回忌を記念して、同じ「鯉つかみ」が上演されることとなった。演じるのは鶴之助の忘れ形見である雷蔵と弟の紫虹、そして当時の上演で鶴之助の相手役を務めていた水木京三郎とその息子。
またも何か起きるのではないかと関係者が不安がる中、幕開き寸前に主役である雷蔵が何者かに毒を盛られて昏倒し、急遽紫虹が代役に立つこととなった。そして早変わりを演ずるべく水中に飛び込んだ彼は、やはり二度と舞台に姿を現さなかったのである。
なぜなら彼は、仕掛けをくぐり舞台裏へと出た直後、突如苦しみだし息をひきとったからだった。

金田一さんの同級生とか先輩とかは、なんでこうも事件を引き起こすのでしょうか(苦笑)
十七年前に失踪した役者鶴之助は、金田一さんの先輩であり親友でもあったそうで、金田一さんたら鶴之助さんの姉を「姉さん」呼ばわりしてらっしゃいますよ。やはり旧知だった水木京三郎には「耕ちゃん」なんて呼ばれてるし(笑)
それだけでファンにはたまらないお話です。アメリカに行く前の金田一さんは、けっこういろんな人とつきあいがあって、楽しい学生生活を送っていたんじゃないかと、そんなふうに感じられます。
このお話も稀代の悪女の話と言えば言えるのですが、なんかこう、「悪女」といわれて思い浮かべる、色と花と毒を備えた淫婦、みたいなイメージとはほど遠いんですよね。
つーか、共犯者なら打合せぐらいしなさい(苦笑)
鶴之助さんも気の毒なんですが、この人がもうちょっと強気でいたら、いろいろ未来も変わってきてたんじゃないかと思うと、複雑なものがあります。でも……なんだか強く言っちゃいけない気がしてしまうこれは、鶴之助の人徳なのか、親友の金田一さんへの同情なのか……




  収録:幽霊座

だから金田一さん、休養先を磯川警部に探してもらっちゃ駄目ですよ(苦笑)

いささか疲れがたまっていたので、パトロンである久保銀三の元でしばし静養しようと岡山を訪れた金田一耕助は、ふと旧知の磯川警部に会いたくなり、途中下車して岡山県警を訪ねた。そこで彼は自分も休養を取りたいと思っていたから、いっしょにどうかと誘われ、山に取り囲まれたとある寒村へと案内されたのである。
そこには鴉を使わしめとする「お彦さま」と呼ばれる神社があった。もともと蓮池という家の屋敷神であったその神社は、一時かなり流行していたそうだが、現在はすっかり寂れ、社なども朽ちかけてしまっている状態である。蓮池家はいまも屋敷内でお彦さまを祭りつつ、湯治場を営んでおり、二人もその湯治場に宿を取った。
蓮池家では三年ほど前に婿養子が謎の失踪を遂げていた。磯川警部はその捜査でこの地を訪れたことがあり、宿の者とも顔見知りであった。宿の人間達は前回の事件について何かがあったのかとしきりに探りを入れてくる。なぜならその翌々日は、三年前に婿養子が失踪したまさにその日であった。
三年前、鍵のかかったお堂内から忽然と姿を消した彼は、氏神の使わしめである鴉を殺し、その血でこう書き残していたのである。
「みとせ経ば、ふたたびわれは帰り来たらん」と ――

金田一さんに訪ねてこられた磯川警部、「意外なところで恋人にめぐりあったように喜んだ」とか「有頂天になって」とかって、そんなに金田一さんのこと好きなんですか(笑)
えー今回は警部さん、以前の事件を調べてもらおうという下心はなかったらしいです、一応。失踪事件について多少の引っかかりはあったようですが、それでも県警の警部である自分が関わるほどの事件ではないと思っていたそうで、ましてや金田一さんの出馬を乞おうなどとは思っていなかったみたいです。(その割にはずいぶん細かく当時の状況や人間関係を説明してましたけれど/苦笑)
にもかかわらず、たまたま滞在先に選んだその数日の間に、事件解決の糸口となるさらなる事件に遭遇するのだから、これを要するに巻き込まれ型なのは金田一さんではなく磯川警部のほうなのかも?




 トランプ台上の首 収録:幽霊座

少し前に雑誌でマンガ版を読んでいたので、事件の流れは知っていたのですが、そのぶん細かい所を楽しめました。

水上生活者を相手に、ボートで総菜を売り歩いている宇野宇之助の上得意は、川沿いに立つ聚楽荘というアパートの住人達だった。彼らは川に面した窓から縄付きの篭を下ろしては、商品と代金のやりとりを行っているのである。
その日も聚楽荘で商売をしていた宇野は、一番の常連客である牧野アケミというストリッパーの部屋の窓辺に、血痕がついているのを発見した。そして開いていた窓から中をのぞき込んだ彼が見たものは、トランプ用のテーブルに安置された、牧野アケミの生首だったのである。
首と胴体を切断された殺人は珍しくもないが、それはたいてい死体の身元を隠すためか、運搬を容易にするために行われるもののはず。だが殺害現場とおぼしき室内のどこにも牧野アケミの胴体は存在せず、犯人はなぜか身元確認の要となる首だけを放置して、胴体を持ち去っているらしかった。

首のない死体ならぬ、胴体のない死体。これがまたなかなか面白いです。……今の時代にこのトリック使ったら「ずるい」の一言で終わりそうですが(笑)
しかしこの話の個人的ポイントは、やはり菅井警部補ですvv
探偵を邪魔者扱いしていた警察関係者が、最後には兜を脱ぐというのはお約束の展開ですけれど、なぜか金田一さんはかなり初期から警察側との関係が良好なので、こういう話運びは珍しいと思います。また等々力警部が金田一さんをフォローしてあれこれ解説するのが、ほとんど惚気のように聞こえてしまう私は腐ってますか?

ひどい顔色で一同の前に姿を現した金田一さんが、とつとつと謎を解いていくあたりは、ものすごく引き込まれてしまいました。少しづつ明かされてゆく真実に、等々力警部が、菅井警部補が震える声で驚きと感動をあらわにする、そのくだりがたまりません。
そして犯人達のあまりの悪辣さにうち沈んでいるのだとばかり思っていた金田一さんが、実はついさっき犯人に狙撃されたばかりだったと知った瞬間は、思わず等々力警部と一緒に叫びそうになりました。
「まだ、脚ががくがくふるえてるんです」
って、それだけですまして謎解きに入んないで下さい、そんな大事のあとで(涙)
頼りなさげなくせに、けっこうあちこちで危ない目に遭っている金田一さんに、彼の周囲を固める人たちは、きっとハラハラのしどおしなんだろうなあとしみじみ思ったラストでした。












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金田一耕助覚書

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