稲垣版のドラマはなかなか楽しかったです。
神戸の化粧品会社に勤める青年寺田辰弥は、昭和二十×年五月二十五日のこと、上司からラジオで自分を捜している人間がいることを聞かされる。連絡先となっていた諏訪弁護士のもとを訪れると、そこで引き合わされたのは辰弥の母方の祖父だという井川丑松だった。かつて岡山の山奥にある八墓村で暮らしていた丑松の娘、すなわち辰弥の母親は、辰弥が幼いころ彼を連れたまま行方不明になったのだという。辰弥の父である田治見要蔵には他に二人の子供がいたが、二人とも身体が弱いため、辰弥に田治見家を継いでもらうおうと行方を捜していたとのことだった。
突然の話に戸惑う辰弥だったが、これまで無縁だと思っていた血縁に会えるかもしれないという期待と、そして田治見家の財産とに心動かされたことは否めなかった。しかし彼の帰郷を喜ばない人間がいるらしいこともあり、複雑な思いでいたその目の前で、突如丑松が血を吐き絶命する。彼が常用していた喘息の薬の中に、毒物が仕込まれていたのだった。
警察は八墓村の人間が犯人であるとの目星をつけたが、しかし村に住む者達は、帰郷した辰弥を丑松殺しの犯人とみなし、冷たい反応を向けてきていた。なぜなら辰弥の出生には恐ろしい惨劇が関わっていたからである。
辰弥の父である田治見要蔵は、村の分限者であるということを笠に着た、わがまま放題の人物であった。既に婚約者の存在した辰弥の母鶴子に横恋慕した要蔵は、彼女を無理矢理土蔵に閉じこめ、妾として責めさいなんだのである。やがて鶴子が産まれた辰弥を連れ逃げ出すと、逆上した要蔵は猟銃と日本刀を持ち出し、村中を駆けまわった。手当たり次第に村人を手にかけた彼は、やがて山中へとその姿を消し行方が判らなくなったが、あとには多数の重軽傷者と三十二名もの死者が残されていた。それから二十数年が過ぎた現在でも、村人達はその惨劇を忘れておらず、大量殺人鬼要蔵の血を引く辰弥のことも、憎むと同時にひどく恐れていたのである。
そして惨劇は再び起こった。まずは辰弥が田治見家についた翌日、彼の目の前で長患いしていた兄が血を吐いて死んだ。肺病の悪化による自然死かと思われたそれだったが、葬式の場で、辰弥が運んだ膳を口にした僧侶がやはり血を吐いて死亡する。さらに同じように田治見家から届けられた膳により、尼僧が死に ―― 辰弥の周囲で次々と人が死んでゆくことで、村内の緊張は徐々に高まっていった。
辰弥自身は姉や従姉妹の典子、分家の未亡人森美也子などに助けられ、母の残した手紙を見つけたり、屋敷地下にある鍾乳洞を探索したりと日々を過ごしていたが、さらに村の医者や祖母が殺されていくに及び、ついに村人達の恐怖と憎悪が爆発した。暴徒と化し、辰弥を殺そうと押し掛けた彼らの手を逃れ、辰弥は暗い鍾乳洞へとひとり逃げ込んでゆくのだが ――
語り足りない……全然語り足りてません。八墓村のどろどろとした複雑な人間関係、過去からの因縁、従兄弟への疑いやらその妹である典子ちゃんとのロマンスに、時おり思い出したように(笑)登場する金田一さんとか、それはもう色々とあるのですが、そこまで言及しようとするといくら書いても追いつかないので、この程度にせざるを得ません(しくしくしく)
この話はなんかもう推理ものというよりも、むしろ辰弥の冒険宝探しものと思って読まれた方が楽しめると思います。母の形見の地図をもとに鍾乳洞の中を探検するシーンなど、子供の頃に読んだ冒険小説を思い出してわくわくしてくるのです。
また辰弥がけっこうイイ性格してるんですよね……村中から白眼視されて針の筵に座る心地でいながら、同時に鍾乳洞内に隠されている落ち武者の財宝を時価幾らだななどと概算してみたり、実は殺人鬼(要蔵)の血を引いていないことが判明して、ほっと安心しつつも田治見家の財産を継ぐ資格がなくなってしまったとがっかりしてみたり。典子との恋愛模様にしても、なんというかなあ……いやまあ微笑ましいんですけれどね(笑)
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