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 八つ墓村 収録:八つ墓村

稲垣版のドラマはなかなか楽しかったです。

神戸の化粧品会社に勤める青年寺田辰弥は、昭和二十×年五月二十五日のこと、上司からラジオで自分を捜している人間がいることを聞かされる。連絡先となっていた諏訪弁護士のもとを訪れると、そこで引き合わされたのは辰弥の母方の祖父だという井川丑松だった。かつて岡山の山奥にある八墓村で暮らしていた丑松の娘、すなわち辰弥の母親は、辰弥が幼いころ彼を連れたまま行方不明になったのだという。辰弥の父である田治見要蔵には他に二人の子供がいたが、二人とも身体が弱いため、辰弥に田治見家を継いでもらうおうと行方を捜していたとのことだった。
突然の話に戸惑う辰弥だったが、これまで無縁だと思っていた血縁に会えるかもしれないという期待と、そして田治見家の財産とに心動かされたことは否めなかった。しかし彼の帰郷を喜ばない人間がいるらしいこともあり、複雑な思いでいたその目の前で、突如丑松が血を吐き絶命する。彼が常用していた喘息の薬の中に、毒物が仕込まれていたのだった。
警察は八墓村の人間が犯人であるとの目星をつけたが、しかし村に住む者達は、帰郷した辰弥を丑松殺しの犯人とみなし、冷たい反応を向けてきていた。なぜなら辰弥の出生には恐ろしい惨劇が関わっていたからである。
辰弥の父である田治見要蔵は、村の分限者であるということを笠に着た、わがまま放題の人物であった。既に婚約者の存在した辰弥の母鶴子に横恋慕した要蔵は、彼女を無理矢理土蔵に閉じこめ、妾として責めさいなんだのである。やがて鶴子が産まれた辰弥を連れ逃げ出すと、逆上した要蔵は猟銃と日本刀を持ち出し、村中を駆けまわった。手当たり次第に村人を手にかけた彼は、やがて山中へとその姿を消し行方が判らなくなったが、あとには多数の重軽傷者と三十二名もの死者が残されていた。それから二十数年が過ぎた現在でも、村人達はその惨劇を忘れておらず、大量殺人鬼要蔵の血を引く辰弥のことも、憎むと同時にひどく恐れていたのである。
そして惨劇は再び起こった。まずは辰弥が田治見家についた翌日、彼の目の前で長患いしていた兄が血を吐いて死んだ。肺病の悪化による自然死かと思われたそれだったが、葬式の場で、辰弥が運んだ膳を口にした僧侶がやはり血を吐いて死亡する。さらに同じように田治見家から届けられた膳により、尼僧が死に ―― 辰弥の周囲で次々と人が死んでゆくことで、村内の緊張は徐々に高まっていった。
辰弥自身は姉や従姉妹の典子、分家の未亡人森美也子などに助けられ、母の残した手紙を見つけたり、屋敷地下にある鍾乳洞を探索したりと日々を過ごしていたが、さらに村の医者や祖母が殺されていくに及び、ついに村人達の恐怖と憎悪が爆発した。暴徒と化し、辰弥を殺そうと押し掛けた彼らの手を逃れ、辰弥は暗い鍾乳洞へとひとり逃げ込んでゆくのだが ――

語り足りない……全然語り足りてません。八墓村のどろどろとした複雑な人間関係、過去からの因縁、従兄弟への疑いやらその妹である典子ちゃんとのロマンスに、時おり思い出したように(笑)登場する金田一さんとか、それはもう色々とあるのですが、そこまで言及しようとするといくら書いても追いつかないので、この程度にせざるを得ません(しくしくしく)
この話はなんかもう推理ものというよりも、むしろ辰弥の冒険宝探しものと思って読まれた方が楽しめると思います。母の形見の地図をもとに鍾乳洞の中を探検するシーンなど、子供の頃に読んだ冒険小説を思い出してわくわくしてくるのです。
また辰弥がけっこうイイ性格してるんですよね……村中から白眼視されて針の筵に座る心地でいながら、同時に鍾乳洞内に隠されている落ち武者の財宝を時価幾らだななどと概算してみたり、実は殺人鬼(要蔵)の血を引いていないことが判明して、ほっと安心しつつも田治見家の財産を継ぐ資格がなくなってしまったとがっかりしてみたり。典子との恋愛模様にしても、なんというかなあ……いやまあ微笑ましいんですけれどね(笑)




 本陣殺人事件 収録:本陣殺人事件

金田一さん最初の事件です。

それは昭和十二年十一月二十三日の夕刻。岡山にある岡 ―― 村の一膳飯屋を、異様な風体の男が訪れた。みすぼらしい身なりをしたその男は、顔に大きく引きつれた傷跡を持っており、その左手には指が三本しかなかった。一柳家への行き方をたずねて去ったその男が、後に起こる惨劇の一端を担おうとは誰も思いもよらなかったが、それでもその異様な姿は、見る者になんとも言えない気味の悪さを感じさせたのだという。
男が道をたずねた一柳家というのは、近在きっての資産家であった。かつては大名行列の宿を預かる本陣だったのが、先見の明のあった先祖が、維新時にいち早く土地を買いあさり現在の大地主となったのだという。それ故に一柳家の人間は、本陣の末裔であるという威厳と誇りを、今もその身にまとっていた。
当時、一柳家にいたのは先代の未亡人である糸子刀自、その長男で現当主である賢蔵、三男の三郎、末娘の鈴子。賢蔵達の従兄にあたる分家の良介とその妻秋子の六人。
長男の賢蔵は既に四十を越えていたが、未だ娶っていなかった。それは学者である彼が勉強に忙しく、そちらの方に頭をむける暇がなかったためだと言われている。その賢蔵がついに選んだ花嫁は、当時岡山市内で女学校の先生をしていた、久保克子という婦人だった。当初、家柄が釣り合わぬからとこぞって反対を受けたその結婚だったが、ついには周囲を納得させ、謎の男が現れたまさにその二日後 ―― 十一月二十五日に婚礼が行われる運びとなっていたのだった。
そして婚礼の当日、準備に煩雑をきわめていた台所へと、唐突に現れた男がいた。みすぼらしい風体をし、顔に大きなマスクをかけたその男は、賢蔵にあてた手紙を託すとそそくさと去っていった。その手紙を受けとった賢蔵はというと、ただならぬ様子を見せ、手紙をずたずたに引き裂いてしまったのだという。
その夜。
婚礼も終わり、母屋で眠りについていた親族達は、尋常ならぬ悲鳴で目を覚ました。助けを求める悲鳴と、そして荒々しく鳴り響く、琴の音 ――
慌てて夫妻の眠る離れ家へと駆けつけた一同が目にしたものは、足跡ひとつない雪の中に、ぐさりと突き立つ血まみれの日本刀。
鍵のかかった雨戸を無理矢理こじ開けると、そこでは婚礼を終えたばかりの若夫婦が、滅多切りにされて死んでいた。
離れ家のすべての出入口は内側から鍵が掛けられており、そして周囲に積もった雪にも足跡ひとつ残されてはいなかった。犯人は一体どうやって二人を殺し、そして逃げ出したのか。
花嫁克子の唯一の親族であった叔父久保銀造は、警察の捜査によって次々と謎があらわになってゆく中、妻にあてて一本の電報を打つ。
克子死ス 金田一氏ヲヨコセ
と ――

一行目にも書いていますが、作中時系列において、最も早い時期の作品です。なんと金田一さんが二十代! まだ戦争で徴兵される前のお話ですよ。いやもう若いのなんのって。
そして金田一ファンとしては外せないキャラ、磯川警部と銀造おじさんが揃い踏みで初登場というあたりも見逃せません。
金田一さんの過去は語られるわ、大がかりな空間トリックはあるわ、そうかと思えば心理的なトリックに叙述トリックまであるわで、中編のわりにものすごくボリュームのあるお話となっております。
また一柳家の人間の壊れっぷりが、実に横溝テイストですごいんだこれが……




 車井戸はなぜ軋る 収録:本陣殺人事件

かつて本位田家は、小野、秋月の両家と共にK村の三名とも言われ、旧幕時代には年番で名主を務めた名家であった。しかし時代が変わり名主の職を失って以来、小野、秋月の両家は次第に微禄してゆき、本位田家のみが変わらず栄えていた。それには色々理由もあったが、要するに他の両家には大した人物がいなかったのに反し、本位田家には代々傑物が現れていたせいだった。
一説によれば、両家の没落に拍車を掛けたのは本位田家の主であったという。高利の金を貸しては取り立てを続け、大正初年に先代大三郎が本位田家を継いだ頃には、両家の田地も家宝什器も、おおむね本位田家のものになっていたのだという。
大三郎はいかにも三代目らしい、鷹揚な人物となっていた。賑やかで風流なことが好きな彼は、すっかり微禄した秋月家の主人善太郎が時おり持ち込んでくる下手くそな文人画を、こころよく買い上げてはその家計を助けてやっていた。だが善太郎はそれを感謝するどころか、裏に回っては口汚く大三郎を罵り、妻のお柳に当たり散らしていたという。
やがて善太郎が病に倒れると、秋月家はいよいよ立ちゆかなくなった。見かねた大三郎は見舞いに訪れては幾ばくかの金を包んで置いていくようになったが、善太郎はそれすらもが気に入らないらしく、大三郎が帰ると手のひらを返したように罵り ―― それでいて、置いていった金を返せとはけして言わない。
そんな夫を浅ましいと思っていたお柳が、いつしか大三郎と通じていたとしても、無理はなかっただろう。善太郎が倒れた翌年、すなわち大正六年。大三郎の妻とお柳がほぼ同時に身ごもった。そして生まれた二人の男児は、実に良く似た容姿をしていた。ことにお柳の生んだ子供、伍一は、大三郎と同じ二重になった珍しい瞳孔を持っていたのである。
妻の不義を知った善太郎は、不自由な身体を引きずって庭の車井戸に身を投げた。お柳もまた、赤子が手を必要としなくなるのを待って同じ井戸に身を投げた。
残された二人の娘おりんは、異母弟である伍一に本位田家に対する恨みつらみを吹き込んで育てた。むざむざと両親を殺され、しかももうひとりの赤子大助は伍一と同じ男のタネで生まれながら、一人は名家の跡取りとして何不自由なく育ち、一人は貧しいなか汗にまみれて働かねばならぬのか、と。
やがて昭和十七年、大助と伍一は同時に招集をうけ、同じ部隊の兵士として戦地に旅立つ。
この頃、二人の父である大三郎は既に亡く、本位田家は彼の母であるお槇刀自が取り仕切っていた。他にいたのは大助の妻である梨枝と、妹の鶴代に使用人が二人。大助の弟で次男の慎吉は、胸を病んでいたため招集を免れ、K村から六里ほど離れた結核療養所に入っている。
生まれつき心臓の悪い鶴代は、一歩も家を出ることができない体質で、いつも土蔵の中の一室で本を読み、慎吉に手紙を書いて過ごす、そんな生活を送っていた。
やがて戦争が終わり、都会から引き上げてくる者や戦地から戻る者などで、K村にも様々な変化が現れていった。
そして二十一年夏の始め、突然なんの前触れもなく本位田大助が復員してきたことが、決定的な変化を本位田家にもたらした。
戻ってきた大助の両目は戦傷を負い、ガラスの義眼に取って代わられていたのである。
そして戦争の影響か、人が変わったように陰鬱になり粗暴となった大助に対し、周囲の者達は徐々に疑惑を抱き始める。
大助と伍一を見分ける唯一の違いと言っていい、二重瞳孔を失ったその人物は、もしや大助本人ではないのではないか、と……

基本的に金田一さんはあまり登場なさらず、全編のほとんどが鶴代が兄にあてた手紙によって構成されています。金田一さんは最初と最後にちょっと出てくるだけで、謎解きもしません。すべてを判っていて、あえて沈黙を守るというスタンスで。
……実を言うとこれ、あまり好きな話ではなかったのですよね。展開の暗さと、金田一さんの出番の少なさが、以前読んだときには引っかかっていたのでしょう。が、今回読み返してみて、急に「面白いよこれ」と目から鱗が落ちた感じがしました。逆転のトリックといい、手紙形式というその手法といい、実に面白いです。




 黒猫亭事件 収録:本陣殺人事件

昭和二十二年三月二十日、午前零時頃のことだった。G坂にある派出所詰めの長谷川巡査が巡回していたところ、一軒の家の庭で土を掘るような音が聞こえてくるのに行き当たった。不審に思い様子をうかがったところ、そこは黒猫亭という閉店したばかりの酒場だった。最近までそこを経営していた主人夫婦は、一週間ほど前に店を他人に譲り渡して、どこかへ引っ越していったのである。
その裏庭で土を掘っていたのは、裏手にある寺の坊主、日兆だった。なんでも昼間そこに人の足のようなものが見えて、ずっと気になっていたのだという。果たしてそこからは相好の区別もつかぬほどに腐乱した、女の死体が掘り出された。
捜査が進むに従って、死体は黒猫亭の主人糸島大伍の愛人、桑野鮎子だと目されるようになった。糸島は大陸から引き揚げてくる際、当時小野千代子と名乗っていた彼女を騙してさんざんもてあそんだあげく、日本に着くなり売り飛ばしてしまったのだという。その後も関係は続いていたようで、糸島の妻であるマダム繁子などは相当やきもちを焼いていたと、店の従業員達はそう語った。
しかし桑野鮎子殺害の容疑で指名手配された糸島夫婦は、いっこうにその行方が判らなかった。
やがて、日兆の証言に虚偽が見つかり、昼間に死体の足など見えていなかったことが判明する。日兆を問いつめると、黒猫亭の主人夫婦が引っ越す少し前から、マダムの姿が見えなくなり、別の女がマダムのふりをしていたらしいことが判った。その女こそが桑野鮎子であり、死んで埋められていたのはマダム繁子の方ではなかったのか。それならばどれほど手配しても、糸島夫婦 ―― 繁子が見つからないことも当然である。
色めき立った捜査陣は、改めて桑野鮎子=小野千代子を繁子殺害犯として指名手配した。
その新聞記事を見て、非常に驚き、興味を感じた人物がある。
ハマで土建業を営む風間俊六は、糸島が引き上げてくる前、繁子を愛人として囲っていた男だった。彼は糸島が現れると、すぐに手切れ金を払って繁子を譲り渡したが、その後もずるずると関係を続けていた。その彼は殺されていたのが己の愛人の方だったらしいと知ると、おもむろに腰を上げ割烹旅館松月を訪れた。
自身の二号に経営させている、その旅館の離れに住まう友人、金田一耕助を訪ねるために ――

正直言って、何度読んでも人間関係の把握が今ひとつしがたい一作です。
小野千代子=桑野鮎子が、結果的に一度もまともに登場せず ―― 顔のない女のまま終わってしまっているからかもしれません。繁子の変わり身ぶりが見事すぎるせいもあるのでしょうが。
とはいえ、金田一さんの最有力パトロン風間の登場といい、割烹旅館松月のからみといい、見所は実に多いです。
金田一さん、最後に撃たれかけて風間に抱きしめられてたりしてますし、腐女子的にはもうどうしてくれようかってもんで(笑)

そしてY先生と金田一氏の出会いが書かれているというのもまた、興味深いところです。
ここはぜひ獄門島→本陣殺人事件→車井戸〜→黒猫亭〜→百日紅の下でというふうに読んでいきたいものです。




 獄門島 収録:獄門島

マイベストオブ金田一。はじめて読んだ金田一ものがこの話のマンガ版で、そこから原作に手を出し、一気にはまりこむ結果に。

瀬戸内海の中程に浮かぶその島は、獄門島と呼ばれていた。もとは北門島と名付けられていたというが、流刑にされた罪人と瀬戸内を荒らす海賊達との子孫達が住まうそこは、周囲の島々に住む人々から蔑まれ続け、いつしか獄門島と呼びならわされるようになったのだという。
終戦後一年が過ぎた昭和二十一年九月下旬、一人の男が島を訪れた。島一番の網元鬼頭家の跡取り千万太の紹介状を携えた彼は、南方から復員して間もない金田一耕助だった。連絡船の中で紹介状の受取手である千光寺の了然和尚と出会った彼は、戦友千万太の訃報を伝えると同時に、しばし静かな場所で静養したいので島に逗留させて欲しいと願い出た。
しかし耕助が島を訪れた理由は、単に静養を求めたからだけではなかった。彼は死を間近にした千万太の遺言を胸に、獄門島へとやってきたのである。
自分が生きて帰らなければ、三人の妹達が殺される。だからどうか、自分の代わりに妹達を守ってくれ、と ――
現在鬼頭家をとりしきっているのは、千万太のいとこである分家の早苗だった。千万太の祖父嘉右衛門は一年前に死んでおり、父与三松は気がふれて座敷牢に入れられている。跡取りである千万太も早苗の兄一(ひとし)も兵隊に取られ、鬼頭家に残るのは早苗と三姉妹、そして先代の妾であった老婆と女ばかり。しかも老婆は人が良いばかりで頼りにならず、月代、雪江、花子の三姉妹は、どこか尋常でない精神を持っていた。三人とも美しくはあるのだが、実の兄の死の知らせよりも、自分達の髪の格好や帯の結び方のほうがよほど気にかかる ―― そんな病的とさえいえる、不気味な無邪気さを持つ娘達だったのである。また獄門島の人々は、余所者に対し表面上は愛想良く便宜をはかってくれるものの、どこかよそよそしさを保っており、金田一耕助は自身の使命の容易ならぬことを感じていた。
そして第一の事件は千万太の葬儀の晩に起こった。
葬儀の始まった頃から姿の見えなくなっていた花子が、深夜近くになっても戻ろうとしない。一同は手分けしてほうぼうを探していたが、彼女は他殺体で見つかった。
千光寺の境内で死んでいた彼女は、樹齢数百年にも及ぶ梅の古木に、逆さ吊りにされていたのである。
犯人は何故彼女を殺したのか、そして何故にわざわざその死体を逆さ吊りになどしなければならなかったのか。
おぞましく理解しがたいその行為に誰もが恐れおののいた。だがしかし、事件はまだほんの始まりに過ぎなかったのである。

第一の事件に到達するだけでも文字びっしりになってしまうこのお話。まだまだはしょったところが多すぎて、とてもとても語り足りません。もはや「読んで下さい」としか言いようがないです。
本陣(金田一耕助最初の事件)から戦争を経て獄門島に至るまでの経緯が語られており、磯川さんもご登場なさるこのお話、シリーズの最初に読むには実に手頃な巻だったと思います。話的にも瀬戸内の孤島に旧態依然とした村の対立する二大家、歌になぞらえられて起きる連続殺人に死体装飾、アリバイトリックと、横溝テイストが凝縮されてますし。
特に最後のあのカタルシス。犯人の末路といい、あまりに救いのないやりきれなさといい、こたえられません。
犯人の人物像がまた実にすごいのですよ、この話は。
それだけに昨今のドラマ化で、他の話と同じように関係者一同を集めて謎解きしちゃったり、犯人があっさり連行されちゃったりするのを見ると、非常に悲しいものを感じてしまうのでした。

ところで、普段警察の方々とは持ち前の人なつこさで良い関係を築いている金田一さん、このお話では珍しく犯人の疑いをかけられています。しかも留置場にぶち込まれてたりするんですな。もっともそこでもやけに好意的なやりとりがあったりして、特別に布団まで差し入れてもらってますけど。
そしてもちろんのこと、閉じこめられている間に新たな事件が起こり、あっさり疑いは解けてしまうわけです。
そもそも金田一さんが疑いを受けてしまった原因のひとつに、島の巡査清水さんが本土へ行った折り磯川警部に出会い、そこで金田一さんの話題が出たことがありました。磯川さんが語るには「あの男があだやおろそかのことで、獄門島みたいな離れ島へ来る気遣いはない。なにかきっと、大きなもくろみがあるにちがいない。清水君、気をつけにゃいかんぞ。その男から眼をはなしちゃいかんぞ」と。これってどう考えても誤解してくれといわんばかりの言い草ですよねえ……また金田一さんが、おもしろがって誤解をあおるような言動をとったりするものだから始末に負えないです(笑)




 悪魔が来たりて笛を吹く 収録:悪魔が来たりて笛を吹く

中指と薬指を使わないフルートの曲って、本当に作曲可能なんでしょうか?

終戦間もない昭和二十二年の春、元子爵椿英輔が自殺体で発見された。椿元子爵は1月に天銀堂という銀行で起きた凶悪な強盗殺人事件の容疑をかけられており、その不名誉を恥じて自殺したものと考えられた。
しかし椿元子爵の妻、秋子と女中の種、秋子の伯父玉虫元伯爵の妾である菊江の三人は、芝居見物に出かけた折り、椿元子爵そっくりの人物を見かけたという。秋子夫人はそれにより、椿元子爵は生きており、彼女に対して復讐にやってくるのだという強迫観念にとらわれていた。なぜなら秋子夫人やその親族である玉虫元伯爵や新宮元子爵は、椿元子爵をないがしろにし、折に触れ心ない仕打ちをしていたからだという。
元子爵と秋子の娘である椿美禰子は父に深く同情し、母やその親族達を軽蔑していた。そして暗示にかかりやすい母に対し、何者かが父の生存を信じ込ませようとしているのだと考えたのだが、それによって一体なにが引き起こされようとしているのか、それを不安に思い、金田一耕助に相談に来たのだった。
翌日の晩、椿邸で行われる占いの会で関係者が一同に会するというので、金田一耕助は占いに興味のある人間だと名乗り、その場に潜り込むことにした。その占いでは砂の上に書かれる文字で吉凶を占うという。そして占いの最中、停電により電気が消え、再び灯りがついたときには、砂の上に火焔太鼓のような不思議な文様が描かれていた。
翌日、占いの行われた部屋で玉虫元伯爵の死体が発見される。窓にも扉にもしっかりと鍵のかけられた密室の中で、明らかに他殺と断言できる姿で。そしてテーブル上の砂盆の中には、昨夜現れたものとそっくり同じ、火焔太鼓の模様が血によって描かれていた。

はじめて読んだときには、あまりにも人間関係が入り組みすぎていて、さっぱり訳が判りませんでした。何度も読み返したり、マンガ版やドラマを見て、ようやく把握ができるようになりましたっけ(苦笑) 古谷一行のドラマでは、例によって犯人像にひどく人情味が加味されていましたけれど。
しかし他の被害者はともかく、おこまを殺した点で、犯人に対する同情がかなりさっぴかれてしまいますね。しかも思い切り計画的にやっちゃってるし……

「堕ちたる天女」で語られていた、磯川警部に手伝ってもらったことというのは、問い合わせに対する手紙での返信でなされていました。なので等々力さんと磯川さんは、この時点(昭和二十二年十月)では顔を合わせていないようです。
ただちょっとおかしいなと思われたのは、等々力警部の登場シーンで「金田一耕助と等々力警部は、ずいぶんと古い馴染みである。昭和十二、三年ごろ、警部の持てあましている事件を、横からひょっこりとび出した耕助が、みごとに解いてみせたことがあった」というふうに書かれているのですね。しかし「暗闇の中の猫」という等々力警部と金田一さんの初邂逅話は、昭和二十二年の春に起きたことになっています。そして磯川警部と金田一さんが初めて出会った「本陣殺人事件」が昭和十二年十二月のこと。とすると、どうもこの部分では、等々力警部と磯川警部の設定がごっちゃになっていたのではないでしょうか。

※秋子の名前についてですが、本来は火編に禾と表記されています。PCでは該当する漢字が出せないので「秋」で代替えしました。



 犬神家の一族 収録:犬神家の一族

メモ書きにして残しておくまでもないぐらい、有名で印象に残るお話。
金田一耕助ものを読んでいない人でも、これと八つ墓村のタイトルぐらいは聞き覚えがあるのではないでしょうか。

信州の若林弁護士から送られてきた奇妙な手紙によって、金田一耕助は大財閥犬神家の遺産相続に関して深い興味を抱く。手紙の中で若林弁護士は、遺産相続に際し血みどろの事件が生じるのではないかと深く危惧していた。しかも彼は詳しい話しをするべく金田一耕助を尋ねたのだが、実際に顔をあわせるよりも早く、何者かによって毒殺されてしまったのである。そして犬神財閥の長、犬神佐兵衛の恩人の孫とされる野々宮珠世が命を狙われているかもしれないという現場に居合わせた金田一耕助は、若林弁護士の上司、古館弁護士より彼女が犬神家の遺産相続に深いかかわりを持っていることを聞かされる。
やがて犬神家の嫡男である佐清が復員し、一族立会いのもとようやく佐兵衛の遺言が公開された。
その内容はまさしく、身内同士で争い合えといわんばかりのものだったのである。

顔が崩れてゴム製のマスクをかぶっている佐清とか、生首載せられた菊人形だとか、湖に逆さに突き立てられた死体だとか、とにかく映像的にインパクトのある道具立て。人間関係入り乱れ、過去の事情は絡みまくり、顔のない死体に見立て殺人、猟奇に衆道、犯人の自殺などなど、横溝作品のエッセンスがこれでもかと凝縮されています。
この話と獄門島とが、金田一耕助シリーズの真骨頂だと思います。
……好きかと聞かれると、実はさほどでもないんですけどね(苦笑)












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金田一耕助覚書

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