++お礼SS きつね


 その日、直人はいつものごとく『遊び』に来ていた二人 ―― 否、二匹と近所をなんとなく散策していた。
 最近は人型ではなく狐の姿をとっていることも増えてきた彼らとそうしていると、一見飼い犬の散歩のように見えなくもない。
 下宿の大家に見つかった場合やっかいではあったが、それでもあのくそ怪しい長身長髪コート姿でまわりをうろつかれるよりは、はるかにマシだと思えるものである。
 直人が歩むその傍らに、ぴったりと歩みを揃えて足を運ぶ白狐しろぎつねと、先に行ってはまた戻り、弾むような足取りで周囲を飛びまわる玄狐くろぎつねと。
 そんな二匹を相手に、小声で話しながら、ゆっくり歩いていた直人だったのだが。
 ふと、通りすがりにすれ違った老人が、じろりと彼らの方をにらみつけてきた。
 見知らぬ相手からの敵意溢れるその視線に、直人は思わずたじろいでしまう。
「……近頃の若いもんは、犬をつなぐ常識もないのか」
 吐き捨てるように呟いて、さっさと歩いていってしまうその老人は、あるいはかなりの犬嫌いだったのかもしれない。
 思わずしばし呆然と、その後ろ姿を見送ってしまった直人だった。
 ……確かに、冷静に考えてみれば、飼い犬にリードをつけぬまま放し飼いにしているというのは、安全面においてもマナーという点においても、誉められたやり方ではないであろう。何かあったときのことを考えろと言われれば、こちらに反論するすべはまったくない。
 しかし ――
 足元に寄り添う、二匹の神狐を直人は眺めやる。
 彼らを紐で繋ぐだなどと畏れ多い真似が、赦されようはずもなかった。
 たとえ一見飼い犬にしか見えないのだとしても、彼らはれっきとした、ひとつのやしろを預かる神々であるのだから。
“……直人?”
 いぶかしげに呼びかけてくる次郎丸へと、直人は笑って答えを返す。
「とりあえず、今日の所は戻ろっか」
 そう言って、河川敷へ向かう予定でいたその足を、出てきたばかりの下宿の方へと向け直す。
 二匹の神狐はどちらとも、そんな彼にどうこう言うような真似は、まったくしてこなかったのだが ――


 数日の後、再び彼らの訪問を受けた直人は、思わず衝撃にひっくり返りそうになっていた。
 なんとなれば。
 やはり白と黒の狐の姿をとった彼らのその首まわりに。
 太郎丸には金環の、次郎丸には黒革の、シンプルなデザインの首輪がはまっていたのである。
「な……な……」
 指差して絶句している直人を前に、次郎丸などは狐の顔からでも察せられるような、得意げな表情を浮かべて胸をはっている。
似合におうておるかの?”
 上機嫌な口調でそんなことを言ってくるその横では、太郎丸も直人の反応を待ち受けているようだ。
 はっきり言って、冗談ごとではなかった。
「あんたら、首輪の意味判ってるのか!?」
 直人は薄い壁も忘れて絶叫する。
 それは、所有と拘束の証だ。
 仮にも神の名を持つ存在が、かりそめにでも身につけて良い代物ではないはずなのに。
 うろたえいきどおる直人に、しかし二匹の神狐は、なに形だけよと笑ってみせる。
 もともと彼らが人型をとる際、身につけている衣服などは、すべてその妖力によってそういった形に見せかけているだけの、かりそめのものなのだ。いわばどれも身体の一部が変化したもの。
 この首輪もまた同様であるが故に、拘束の力などありはしないし、直人が気にかける必要もまったく存在しないのだ、と ――
“出かけるたびに、脇からいらぬ口を出されては叶わぬからの”
 そう告げて狐の肩を器用にすくめてみせる彼らに、直人はそれ以上の何かを口にすることもできず。


 そうして、彼らの言葉に従ってそれらしい紐を用意し、首輪に結びつけて外出したその先でのこと。
 今日は風も冷たいし、河川敷はやめて公園に行こうかと足を運んでみた先では、やはり気候の悪さのせいかあまり大人数の姿に行き合うこともなく、直人は心なしかほっとしていた。
 そして自動販売機が設置されているのを目にして、ふと喉の渇きと身体の冷えとを自覚する。
 並んでいる商品を眺めてみれば、冬季限定コーンスープあたりが、五穀豊穣のお稲荷様にはふさわしそうに思われた。
「飲む?」
 指差して問いかけてみると、二匹とも頭を上下させて応える。
 ならばとしゃがみ込んで、首輪に結んである紐を解き、自販機の陰を指し示した。
 少ないとはいえ、まだ多少はある人目を避けて人型になってもらうためそうしておいて、自分の方は財布から小銭を取り出す。
 ちゃりんちゃりんと硬貨を投入して、コーンスープを三つ購入した。
 腰をかがめて商品を取り出していたその背後に、二つの気配が立つ。どうやら二人とも人型になったらしい。
「ああ、じゃあこ……」
 笑顔と共に缶を渡そうとした直人は、次の瞬間、思いっ切り吹き出していた。
 なぜならば。
 ようやく季節的にもおかしくなくなってきた、次郎丸の黒コートの首元。
 やはり黒い丸首Tシャツからあらわになった、浅黒い肌色のその首筋に。
 黒革の首輪がそのまんま、鎮座ましていたのである。
 漆黒のロングコートに、黒いTシャツとスラックス。浅黒い肌に膝まで届きそうな、非常識なまでの長い黒髪。
 そんな、ただでさえくそ怪しい黒ずくめな風体の、その首にさらに黒革の首輪。
 ぶっちゃけた話、かえってバランスが取れすぎていて、まったく洒落になっていない。

 いったいどういうプレイだよ、これ……

 なんだか泣きそうになった直人は、それでもかろうじて口を動かすことは忘れなかった。

「人の姿の時にまでつけてなくて良いから……っていうか、頼むから外してクダサイ」

 と ――
 語尾の発音が妙な感じに歪んでしまったが、それはなんというかもう、無理のないところだろう。
 ちなみに次郎丸曰く、化け方のバリエーションとして条件付けしてしまったから、いちいちつけたり外したりするのは面倒らしい。
 勘弁してくれ……と、内心でがっくりへこみきっている直人であったのだが。
 実はその傍らに無言で立っている太郎丸もまた、タートルネックになっている襟のおかげで見えないだけで、しっかり首輪をつけたままだったということに、彼はついぞ気付かずにいたのだったりする ――



―― いっそ子犬並みの大きさになって、下宿で飼ってもらえ!!
とはオフ友の言だったり……(笑)。



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