++お礼SS キラー・ビィ


 あたりには、濃い酒の匂いと、幾種類もの煙草や合法麻薬ドラッグの煙が漂っていた。
 足元近くに設置された照明は、隣の人間と話すのには支障ないが、数席離れた位置の人物を特定するのは難しい、そんなほの暗さをもたらしている。
 どこの宙港ポートでも当たり前に見られる、大通りから数本入ったあたりにある酒場だった。寂れているわけではけしてなく、そこそこのにぎわいを見せる店だが、その客層はほとんどが脛に傷を持っているか、訳ありのやからばかりだ。少なくとも善良なサラリーマンだの、観光客だのは一人としていない、そんな店だ。
 だが ――
 一人ぽつんと喧噪から離れ、カウンタに座っている客は、かなりの異彩を放っていた。
 体格の良い、どこかすさんだ雰囲気を持つ男達が多くを占める中で、彼女は悠然とグラスを傾けている。身体にぴったりと密着するタイプのスーツが、肉体のラインをあらわに見せていた。その ―― いまだ幼さしか感じさせることのない、丸くふくよかなそれを。
 頭の両脇で丸く結い上げられたベビーピンクの髪といい、グラスを持つ小さな手といい、どう見ても年端もゆかぬ子供。既に深夜と言っていい時間帯、こんな酒場で目にするには、あまりにも相応しくない存在だ。
 あるいは、誰か親にでも連れて来られたのか。そういった状況も考えられたが、それにしては連れらしき人物も見当たらず、なのに彼女はあまりにも落ち着いていた。物珍しげにあたりを見まわすような素振りも見せず、ゆっくりと杯を干し、ことりと音を立ててカウンタに置く。
「……お代わり」
 高く澄んだ子供の声には似合わぬ、静かな口調でそう告げる。バーテンもまた、いぶかしむ様子も見せず、無言でグラスを引き取った。
 少女の周囲には、わずかばかりの空間ができている。両脇のスツールは二つずつ空いているし、フロア円卓テーブルにも、近くのものには誰も座っていない。店内の客は誰もが少女の存在を認識し、しかしこれといった奇異の目を向けることもなく、ただ遠巻きにしているのだった。
 と、
 客達の中から、数人が唐突にひらけた空間へと歩み出てきた。その足取りはかなり怪しいもので、どうやらずいぶんと酔っ払っているらしい。
「ようよう、嬢ちゃん!」
 男達は少女へと歩み寄り、馴れ馴れしく話しかける。
 一瞬、店内の喧騒が乱れを見せた。ある者は驚いたようにそちらを注視し、また他のある者は慌てたように視線をそらせている。だが当の酔っ払い達はそんなあたりの様子になどまるで気づいていないようだ。
「こんな所で何してんだい」
「酒場なんざ、子供の来る場所じゃないぜ?」
 裏返った声でゲラゲラと笑いながら、少女の肩を叩こうとする。
「…………」
 少女は冷たい目で男達を一瞥すると、伸びてきた手を無造作に叩き払った。そうして男達には何の関心も抱いていないように、視線を前へと戻す。
「代わりはまだか」
 催促する声に応じて、バーテンが濃い緑色の液体が入ったグラスを置いた。甘い芳香を放つそれを、少女は美味そうに一口飲む。
「……ッだ、このガキャ!」
「大人を舐めてんじゃねえぞッ!」
 いっそ滑稽なほどあっさりと逆上した男は、少女へと大人げなく掴みかかった。細い腕を掴まれて、手にしていたグラスが揺れる。縁を越えた液体が少女の手とカウンタを濡らした。
 少女の目が再び男達を映す。そこには恐怖も狼狽の色もなかった。あるのはただ、どこまでも静かな ―― 侮蔑の光だ。
 少女の掴まれているのと逆の手が、自らの首へと伸びる。細い指が触れる先には、金属質メタリックな輝きを放つ首飾りチョーカーがあった。小指の先ほどの金属球が連ねられたそれが、一瞬でばらりとほどける。繋がりを断たれた金属球が、少女の身体に跳ね返り、床へと落ちて散らばった。
「離せ」
 いぶかしげに下を見る男達に、少女が静かな声で告げる。
 途端に男達は首飾りのことなど忘れて顔を跳ね上げた。
「ぁあッ?」
「離せだ!?」
 恫喝するように怒鳴る男達へと、少女は最後通牒とばかりにうなずく。そんな彼らの足元で散らばった金属球が低い唸りを上げていることなど、男達はまったく気づいていなかった。酒場の喧噪に紛れがちなその響きは、微細な振動をまとい、どこか虫の羽音を思わせる
 ゆっくりと、無数の金属球が床から浮かび上がってゆく。
 そして……
 男達が少女めがけて拳を振り上げたのと、少女がぱきりと指を弾いたのと、浮かび上がった金属球が男達めがけて襲いかかったのは、ほぼ同時の出来事であった。


◆  ◇  ◆


 男達が汚い床へと這いつくばるのには、一分とかからなかった。苦痛の唸りの間から、痛えだの医者を呼んでくれだのと言った呻きが漏れ聞こえてくる。
「騒がせたな」
 それらを一顧だにせず、座ったままだったスツールから声をかけた少女に、バーテンがゆっくりとかぶりを振った。
「見る目のない者には、良い薬です」
 片付けておきましょうか、との問いにうなずきを返して、彼女は再びグラスを持ち上げた。それはいつの間にか、新しいものに交換されている。バーテンの目配せを受けた店員が、起きあがる力もない男達を黙々と引きずっていった。
 店内には再び元通りの喧噪が戻る。まるで今の一幕などただの幻でしかなかったかのように。
 しかし、男達の中にあきらめの悪い者がいた。子供にあしらわれたという屈辱が苦痛を凌駕したのだろう。大声を上げて店員を振り払うと、懐へと手を伸ばす。取り出されたのは大振りな光線銃レーザーだった。
「この、クソガキがぁッ!」
 ろくに狙いすら定めずトリガーボタンを押そうとする。
「ガキはお前だろう」
 あっさりとした声と同時に、男の手から銃が消えた。そして無造作に下ろされた靴底が男の頭部を下敷きにする。
「まったく、無粋なやからだ。一人前を気取るなら、他人に迷惑をかけない程度の礼儀ぐらいわきまえろと言いたいな」
 ごついブーツの踵でごりごりと踏みにじりつつ、新たに現れた男がそう口にする。その視線はあくまで少女のほうを向いており、足元の男には一瞥すらむけようとしない。
「なあ、クイーン?」
 楽しげなその呼びかけに、少女が嫌そうに顔をしかめた。
「その呼び方やめろ」
「働き蜂を従えるのは女王様クイーンと相場が決まってる」
 そこらの女性であればそれだけでうっとりとするだろう、魅力的な微笑みを浮かべて、男はいっそう足へと力をこめた。
 ごきりという鈍い音と悲鳴がそのあたりから聞こえてきたが、気にとめるものは誰もいなかった。


 気絶した男を店員が運び去ると、男は少女 ―― ジーンの隣へと気軽に腰を下ろした。
「待たせてしまったかな?」
 低い唸りを上げて飛びまわる働き蜂ビートルを眺め、そう問いかける。
「いや、さほどでもないさ」
 単に馬鹿が短時間で食いついてきただけで。
「そうか。とはいえ、護衛がいないのは不用心だな。カインはどうした」
「買い物中だ」
 そもそも俺に護衛なんぞ必要ない。
 そううそぶくジーンに、男は失笑した。確かに、この界隈では有名な殺人蜂キラー・ビィに、好んで手を出す馬鹿など滅多にいるものではなかった。
 男と並んで座っていれば、いっそうその幼さ愛らしさが際立つ少女ジーンだったが、それでも彼女が外見通りの存在ではないことなど、見る者が見れば火を見るより明らかだというのに。
「で、なにを飲んでるんだい?」
「……メロンソーダだ」
 文句あるか、とばかりににらみつけてくるジーンをよそに、男はバーテンへと合図する。
「同じものを」
 そう注文して片目を閉じる男に、ジーンは小さく鼻を鳴らした。
「それで話ってのは」
 そもそも彼女が一人でこんな店にいたのは、目の前の男との待ち合わせに指定されたからである。彼女とてこの店で自分が場違いなのは百も承知していたし、今の身体になってからはめっきりアルコールに弱くなっている。酒場の雰囲気自体は好きだから来るのに否やはないが、それでもかなりの確立で面倒くさい目にあうと判っていて、なお好んで足を踏み入れるほど酔狂でもなかった。
「もちろん、仕事の依頼さ」
「どういう風の吹きまわしだ。お前んとこには優秀な人材がいるだろう」
 男の返答にジーンはさらに問いを重ねる。
 この男は、傭兵団の頭を務めていた。白き悪魔、デューク=アルシャインといえば、それこそ業界では名を知られた猛者である。
 雪と見まごう純白の髪に白皙の肌。涼しげに整った切れ長の瞳は、鮮やかな空色スカイブルー。一見すれば細身の優男とも思われかねない容貌だが、実際には鍛えぬかれたしなやかな肉体と強靭な意志を持つ、歴戦の士ベテランだ。その実力とそしてそれを上回る統率力カリスマとで取りまとめる三十名余の傭兵達は、すべてが平均以上の能力を備えた一級ぞろい。
 部外者であるジーン達に、わざわざ声をかける必要などあるとも思えなかった。
 しかしデュークは小さくかぶりを振って、ため息をついてみせる。そんな、どうということのない仕草が妙に絵になる男だった。
「セムトなら引退した」
「引退、というと」
 鸚鵡返しに問うたジーンに、デュークは淡々と説明する。
「ここ一年ほど、長期契約で惑星開発団の護衛をやってたんだが、その間に調査員の娘と良い仲になってな。契約が切れた後も、そのまま居残るって言い出したんだ」
「へえ、そりゃあ ―― 良かったじゃないか」
「ああ」
 揶揄するふうもなく答えたジーンに、デュークも大きくうなずく。
 彼らのような荒事を生業なりわいとする存在にとって、引退という言葉は二通りの意味を持っていた。
 ひとつは文字通りの引退。自らの意志によってこの世界から身を退き、もっと別の、平穏な職種へと転職すること。
 そしてもうひとつは、生命を ―― あるいはそこまでは行かずとも、肉体の一部や精神を ―― 損なうことにより、否応なく身を引かざるを得なくなる場合ケース
 割合から言えば圧倒的に後者が多い彼らの世界で、五体満足のまま平穏に足を洗ったという話を聞けば、それは素直に祝福の対象と感じられるものだった。たとえそれが、任務の合間に素人娘とよろしくやっていた結果にせよ。
 ―― 自分達は、死ぬまでこの世界から離れることはないと、そう確信している彼らであればこそ、いっそうに。
「そんなわけで、いまうちには腕のいいコンピューター技師がいなくてね。アイクやパッドも良くやってはくれるが、しょせん専門外だからな」
「なるほど。つまり必要なのはカインじゃなく俺か」
「そういうことだ」
 肉体労働担当ではなく、コンピューター担当。平たくいえばハッカーが。
「オーケイ。詳しい話を聞こうじゃねえか」
 不敵な笑みを浮かべ、ジーンはグラスを持ち上げた。デュークもまた、ソフトドリンクの満たされたグラスを掲げる。
 きらめくガラスの縁が触れあい、キンと澄んだ音を立てた。


―― 実は女王様クイーンと呼ばせたかっただけだったり。



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