++お礼SS 楽園の守護者


 ぶんと風を切る音と共に、段平が勢いよく振りまわされる。
 肉の厚い鋼製の刃は、固い皮膚に覆われた妖獣の身体をも易々と切り裂いてゆく。いやむしろ豪快なその太刀筋は、叩き割ると表現した方が正しいかもしれない。
 繊細で優美な印象を持つ銀の細剣をたずさえたセフィアール達の中で、ただひとり無骨な鋼の刃をふるう男。
 破邪の閃光と共に妖獣を滅ぼし、その肉の一片さえをも焼き尽くそうとする仲間達をよそに、彼はときに生臭い異臭を放つ体液を浴び、得体の知れぬ肉片を踵で踏みにじり、そうして累々と横たわる屍を前に傲然と笑ってみせるのだ。


「 ―― ただ力任せに振りまわせば良いってもんじゃないだろうに」
 あるときそう言って呆れたカルセストに対し、彼はこたえた様子もなくただ鼻を鳴らしてみせた。
「そんな細っこくて軽い剣なんざ、すっぽ抜けそうで頼りねえっての」
 だいたいてめえらなんぞよりよっぽど数をこなしてるんだ。文句はあるまい?
 重い段平をこれ見よがしに担ぎ、見下すように笑みを刻む。
 実際、その日彼が倒した妖獣の数は、他の騎士達の倍を優に超えていて。
 口でも破邪の技でも、自分は奴に勝つことができないのかと、カルセストはしばらく気落ちしていたものだったが。


◆  ◇  ◆


 激しい唸り声と共に、狼に似た妖獣が次々と飛びかかってきた。
 低い位置からの攻撃に、みな対処に苦心しているようだ。数人ずつ背中合わせになって固まり、できるだけ一人が一度に相手する数を減らすよう務めている。
「だぁッ、うっとおしい!」
 ロッドがわめきざま蹴りつけた。破邪騎士の標準装備である乗馬靴は、爪先を金属で補強してある。まともに蹴られればただではすまないはずだったが、妖獣は数歩後退しただけで、また何事もなかったかのように牙をむいてくる。
 なぜならその身体は頭頂部から尻にかけて、蛇腹上の外骨格によって守られていた。戦いの折り、軍馬につける鎧を思わせるそれは、実際かなりの硬度を持っているようで。もともと小柄な相手だけに、どうしても攻撃は上方からすることとなる。となると継ぎ目を狙うか、あとはどうにか隙を見て腹部を狙うかしかないが、この相手はなかなかに動きが素早い。
 ロッドが振りまわす大剣は、その重量と勢いを利用する武器だけに、小回りのきく相手には厳しい部分があった。大きく振り抜いた一瞬、わずかな隙がそこに生まれる。案の定飛びかかってきた一匹を、柄を放した左手が迎えうった。むき出しになったその鼻面を、握った拳の甲でしたたかに殴りつける。悲鳴のような鳴き声があがり、妖獣は転げるようにして飛びずさった。さらにもう一匹続いたのへは、力任せに引き戻した大剣を叩きこむ。鈍い音とともに妖獣は地面へと叩きつけられた。頑丈な甲殻は刃を防いでいたが、その下で首の骨がへし折られている。
 短く息を吐いて身を起こしたロッドに、今度は三匹が同時におどりかかった。
 未だ体勢が整わないでいるところへ、まるで示し合わせたかのように、剣を持つ右腕に狙いを集中している。
 一頭が前腕に牙を立て、あとの二頭は刀身へとのしかかるような姿勢になった。もともと切れ味そのものは低い剣だ。そうしてしがみつかれては役になど立たない。
 舌打ちしたロッドは迷わず武器を手放した。
 そうして籠手にかじりついたままの妖獣を強引にかつぎ上げ、他の二頭へと叩きつける。幸い籠手は充分に防具の役を果たしてくれたらしく、無傷とまではいかずとも、深手は負わずにすんだようだった。ちらりと傷口を見ただけでそれを確認し、ロッドはおり重なる三頭にとどめを刺すべく、武器を求めて視線を巡らせる。幸いにもそれはすぐに見つかった。
「借りるぞ」
 かたわらで戦っていたカルセストの腰から、予備の小剣を引き抜く。そのまま答えも待たずに振り下ろした。

 キィン

 戦闘の場にはふさわしくない、やけに澄んだ透明な音があたりに響く。

「……あ……」

 間の抜けた声と共に、ロッドが一瞬動きを止めた。
 ようやくふり返ったカルセストが、その手元を見て大きく目を見開く。


◆  ◇  ◆


「 ―― だから力任せに振りまわすものじゃないと、あの時言っただろうが! この馬鹿力!!」
 滅多にないカルセストの怒声に、妖獣の死骸を片付けていた騎士団員達は、何事かと顔を上げた。が、その対象となっているのが誰なのかを確認すると、誰もそれ以上気に掛けようとはせず、それぞれの作業へと戻ってゆく。
 ロッドは小剣を所在なげにぶら下げながら、視線をあさっての方へと飛ばしていた。
「聞いてるのか!」
 耳元で怒鳴りつけられて、ようやく渋々といった様子でふり返る。
「……こんなもろい剣、使ってるのが悪いんだろうが」
 そう言って持ち上げたカルセストの小剣は、見事に半ばから折れていた。
 ロッドが何気なく振り下ろした結果である。
 ちなみにそれはけして安物のなまくらなどではなく、それなりに名のある鍛冶師が鍛えたそこそこの質のものであった。つまりまっとうな使い方をしていれば、滅多なことで折れるものではないし、そして当然、値が張る。
「そんな訳があるか! もともとお前が剣落としたのが悪いに決まってるだろうッ」
 戦闘中にむざむざ武器を失い、しかも許可も得ず人の物に手を出して、壊したあげくにケチをつけるなど勝手にもほどがある。
 自分の未熟を棚に上げてなにをほざくか、と。
 にらみつけるカルセストに、ロッドはやがて深々と息を吐いた。
「…………悪かったよ」
 ぼそりと呟く。
 この男の謝罪など滅多に聞けるものではなかったが、しかしカルセストはなおも引かなかった。
「弁償しろよ」
「………………判った」
 安物なんかじゃ承知しないからな。同じ鍛冶場で作られた同等の剣にしろよな。
 そう続けるのに、ロッドは判った判ったといなすように返答している。


 ―― 今日はカルセストの勝ち、かな。


 ただ一人その一部始終を眺めていた隻眼の破邪騎士は、内心でそんなふうに思っていたりしたのだが。
 しかしそれを察することのできる人間は、その時誰も周囲にいなかったのだった。


―― たまには逆転。



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