++拍手お礼SS きつね


 長い黒髪と季節はずれの黒コートをなびかせた青年が、引き裂いたばかりの化け物の死骸を、実に無造作に投げ捨てた。やはり化け物を日本刀で切り裂いていた、こちらはひとつに束ねた金髪に純白のコートをまとった青年が、優雅な仕草で血のりを払い、刃を収める。
 銀縁の眼鏡をかけた若者と、それより幾分か年かさだろう、がっちりとした体格の大男は、そんなふたりを半ばあ然とした表情で眺めていた。
 金髪の青年が、きびすを返すと二人の方へと歩み寄ってくる。その視線は眼鏡の若者の方に向けられていた。
「……まったく」
 ため息混じりの声がその唇から洩らされる。
「なにかあったらすぐに呼べと、そう言ってあったでしょう?」
「え……あ、うん、そうなんだけど」
 頭ひとつ上から見下ろされて、若者は気圧されたように口ごもった。
 黒衣の青年もまた、遅ればせながら近づいてきて、肩を並べる。彼らの双眸は夜目にも鮮やかな黄金色の輝きを放っていた。明るい色の虹彩の中で、金茶の瞳が獣のように、縦に長い。
「そなたが呼んでさえくれれば、それがどこであろうと、いつであろうと、こうして我らは駆けつけることができる」
 だが逆に言えば、呼んでくれなければそちらの状況もわからないし、駆けつけることもできないのだ、と。
「なのにどうして、こんなになるまで呼ばないんです」
 言いつのる二人に、若者は言葉を探すように視線をあちこちへさまよわせた。
「いや、その、だからさ」
「だから?」
「たいしたことないのに呼び出したりしたら……迷惑かな、って」
「……いや、充分たいしたことあるだろ」
 つっこみは、それまで沈黙していた大男から発せられた。
 立ったままで話している一同の周囲には、化け物の死骸が大量に散乱していた。うち幾つかは男が操る風の刃で両断されたもので、残りの半分はすさまじい力で引きちぎられ、さらにもう半分は日本刀で切り捨てられたものだ。流れ出た体液に触れた草が茶色く立ち枯れ、あたりの空気には異臭が混じり始めている。
 いったいこれの、どこをどう見てとったら『たいしたことない状況』だなどと言えるのか。
「そのとおり」
「まったくです」
 異形の目を持つ青年達が、口々に言ってうなずいた。
 そうして彼らは深々とため息を落とす。
「とにかく」
 ややあってから口を開いたのは、金髪の青年の方だった。
「今度からは、何かあったらちゃんと呼んで下さい」
「よいな? 直人」
 後を続けた黒衣の青年は、いつのまにか腕を伸ばし、がっちりと若者の身体をかかえ込んでいる。
「…………」
 頭ひとつ以上背の高い同性に抱きしめられて、若者の方は複雑そうな表情でうめいた。そして返答しなければ離してもらえないと判断したのだろう。渋々といった風情でうなずく。と、青年は笑顔と共にいっそうの力を腕に込め、しばし彼は悲鳴を上げてもがく羽目となった。
 ややあってから解放され、ぜいぜいと息をつく若者に、青年二人はいとまを告げる。
「名残惜しいが、仕方ない」
 そう言って爪先で軽く地面を蹴る。するとその身体がふわりと浮かび上がった。風もないというのに、長い髪やコートの裾がはためくように揺れている。全身にほのかな光すら帯びたそのさまは、文字通り神々しいほどに美しかった。
 と ―― じょじょに強まる光の中で、金髪の青年が思いだしたように見下ろしてきた。
「ああ、それから」
「なに」
「今後は何もなくても呼んで下さいね」
「だから判ったって……え?」
 言われるままにうなずいて、はたと聞き返したときには、既に二人の姿は消え去っていた。後に残されたのは満面の笑顔の残像と、光の靄のようなものがわずかばかり。それもみるみるうちに薄れてゆく。
「あ、ちょっと ―― ぇえッ?」
 目を白黒させてうろたえている若者の横で、男がぼそりと呟いた。
「……要するにあれだな」
「はい?」
「『寂しいからもっと呼んで♪』ってことだろ」
「………………なんなんですか、その『るん』って」
「いやうちの実家で飼ってる犬がな、そんな感じで」
 里帰りするたびにかまってかまって遊んで遊んでって、全身から発散してくるんだが。なんかすごくそんな感じが。


「しかしお前、いつの間にこっちの世界に入ったんだ」
「……入りたくて入った訳じゃないです……」


 肩を落として呻く若者の胸ポケットで、携帯ストラップにつけられた金と黒の守り鈴が、ちりちりと微かな音を奏でていた。



―― 夏休みにつき直人里帰り中。



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