++拍手お礼SS キラー・ビィ


 油染みた臭いのする雨が降り注ぎ、あたり一帯を陰鬱に閉ざしていた。
 アスファルトを覆う水の幕は、降りしきる雨の粒を受け止めて、暗く、黒く、波紋を描く。視界を遮る、雨の紗幕。透かし見えるのは、ただぼんやりとした陰影としか映らぬ建物と、その手前を足早に行き過ぎる、小さな影ばかり。みな背を丸めて俯きがちに歩むためだろう、どれも同じ黒っぽい塊に見える。
 ざあざあという雨の音は既に聞き慣れ、かすかな雑音ノイズとしか認識されなかった。
 足元に視線を落とせば、濡れたアスファルトに転がる幾つもの肉体。
 雨の音に入り混じり、低い苦痛の声が耳に届く。
 自分が生産したばかりの怪我人を、冷たい目で一瞥したのみで、彼はきびすを返して歩き始めた。
 今回の仕事も、ろくでもない結果に終わった。
 裏社会において己の見た目が、ひどく侮られやすいものだというのはとうに理解している。身長こそ人並み以上にあったが、細いばかりの手足などが、力ずくでどうにでもできるだろうと、そんな印象を与えるらしかった。
 仕事をさせるだけさせて、報酬の支払いを渋る輩は実に多い。もちろんのこと、そんな勝手を許すつもりはさらさらなかったが。
 足を踏み出すたびに響く、水を跳ね飛ばす音が耳につく。
 宙港の片隅に止めた持ち船が、雨の紗幕ごしにその姿を現していた。リストバンドに指を這わせ、昇降口の梯子タラップを操作する。固く冷たい金属製のそれを握り、足音を響かせて昇った。
 人間が戻ったのを感知して、船内に次々と明かりが灯ってゆく。
 彼は無言のまま私室へと足を向けた。


 濡れた服を着替え、ソファへと腰を下ろす。
 タオルで適当に頭髪を拭っていると、無機質な合成音が室内に響いた。前髪の間からそちらを見れば、通信機のランプが点滅している。
 しばらくそれを眺めていた彼だったが、やがて大儀そうに腕を伸ばし、パネルに指を触れた。
 ヴン、という微かなうなりと共に、画面ディスプレイに光が生じる。

『ごめんなさい、もしかしてシャワー浴びてた?』

 涼やかな声が室内に響いた。
 画面からこちらを見返してきているのは、ベビーピンクの長い髪を下ろした、まだ幼い少女だった。

『きちんと拭かないと風邪引くわよ』

 あとでかけ直そうか、と問うてくる少女を、彼はしばし無言で眺め続ける。
 反応がないことに気づいたのか、少女はぱちりと瞬きし、ほっそりとした首をわずかに傾げてみせた。

『なにか、あったの?』

「 ―― いいや」

 かぶりを振ってタオルを投げ出した彼は、姿勢をずらし、通信機へと向き直った。
 その顔は、変わらぬ無表情のままだったが。

 室内の空気がいつしか柔らかなものへと肌触りを変えていた。








本を閉じる

Copyright (C) 2006 Makoto.Kanzaki, All rights reserved.