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 Think of you  キラー・ビィシリーズ 第五話 外伝
 〜 Roes 〜

 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 惑星ミレーナとそこに住まう人々について、世間に知られていることは、存外に少ない。
 ミレーナ星人という人種自体は、有翅人種フィーリーア ―― 翅脈しみゃくを持ったフィルム状の羽根を有する人間型生命体ヒューマノイド ―― の代名詞になってさえいるほど、著名ではある。
 ときに妖精と称されることもある、華奢な肉体と繊細な美貌を特徴とする種族。穏和な性格を持ち、芸術と平穏を愛する彼らは、総じて線が細い儚げな美形の集まりで、長命だと認識されていた。
 だが、個体数が少なくまた閉鎖的な人々は、めったに住まいとする星を出ることもなく、幾つかの同盟惑星に駐在する大使達をのぞいては、外宇宙でその姿を見せることはほとんどなかった。
 ミレーナ星自体もまた、他星からの客に対して門扉を開こうとはせず、公的なごく一部の来訪者のみが、その土を踏むことを許されるだけである。
 故に人々は、かの星とそこに住まう人々を、一種幻想的なイメージをもってとらえていた。
 美しく長命な種族の集う、幻の園ミレーナ、と。
 だが……


*  *  *


 穏やかな風が吹く丘で、ひとりの少女が膝を抱え込むようにして腰を下ろしていた。
 なだらかに、広く続く丘陵の上からは、その麓に固まっている建物の群を一望することができる。柔らかい曲線と淡い、目に優しい色合いの素材で構成された街が、草原と彼方に広がる森の深緑、良く晴れた薄桃色の空に溶け込むかのように、しっくりと風景の中になじんでいた。
 それらを見下ろす少女の年頃は、十歳前後と見える。小さく丸められた背中を、波打つ豊かなベビーピンクの髪が覆っていた。まつげの長い目は髪と同じ色で、顔の半分を占めているのではないかと思うほど大きく、ぱっちりとしたそれだ。
 やがて、少女は膝を引き寄せていた腕をほどき、その場に立ち上がる。細かい刺繍を施された裾の長い衣服が、風にあおられてゆっくりとはためいた。
「…………」
 しゃらりと、澄んだ音がかすかに響く。
 少女の背に、美しいはねが現れていた。
 硬質な輝きを放つ、透明な双翅。昆虫のそれにも似た三対六片のそれは、小さな身体を覆い隠さんばかりの広がりをみせる。だが光を通過させる薄い翅は、ステンドグラスのように少女の姿を透かして見せた。
 数度翅が震えると、鈴を鳴らしたかのごとく涼やかな音がこぼれ落ちる。
 降り注ぐ陽の光が七色に分解され、あたりに振りまかれた。
 妖精の呼び名にふさわしい、儚くも幻想的な立ち姿 ――
 しかし、それらの美しさも、少女自身にはなんの感銘ももたらさないようだった。
 飛びたつでもなく、幾度か翅を動かした少女は、やがてため息をついて己の小さな肩に手を置く。瞳を伏せ、そのまましばし立ち尽くした。
 と……
「ローズ」
 ふいに呼びかける声が、少女の耳へと届いた。
 振り向いた彼女の目に、丘を登ってくる少年の姿が映る。
「カイン……?」
 驚いたように目を見張る少女 ―― ローズのもとへと、カインと呼ばれた少年は近づいてくる。やがて、間近で足を止めた彼を、ローズは目を細めて見上げた。
「ひさしぶり。……背、ずいぶん伸びたのね」
「二年、経った」
「そっか、もうそんなになるわね……」
 うつむいて呟くローズの肩へ、カインはそっと手を伸ばす。そうして少女を草の上に座らせると、自分もその横へと並んで足を投げ出した。
「 ―――― 」
 カインは、ローズよりも幾つか年長と見える年頃だった。だいたい十三、四と言うところか。ミレーナでは、亜成体と呼ばれる時期である。
 ミレーナの社会形態は、ある種の昆虫を思わせる生活共同体によって形作られていた。
 世間一般に認識されていることとは異なり、一般的なミレーナ人の寿命は、きわめて短い。二十年ほどで成人し、2〜4個の卵を産んだのち、親はその孵化を待たずに死亡した。残された卵は地域ごとに集められ、共同で育てられる。
 それらの子育てや社会の構築を担うのが、成人前の、亜成体の仕事だった。
 孵化して間もない子供達 ―― 幼体は、全身をうっすらと灰色の柔毛にこげに覆われており、個体差もほとんどない。身体つきはころころと丸く、みなまとめて一緒くたに扱われている状態だ。だが、十年ほどたつとさなぎ化し、そして脱皮すると彼らの姿は一変する。
 体格、瞳、肌、声 ―― それぞれの持つ個性が明らかとなり、なによりも男女の区別が生じる。そこで初めて彼らは個々の名を与えられ、年齢と適性に応じた仕事へと振り分けられるのだ。
 やがて十八、九になると、彼らは再びさなぎとなり、半年後、いっせいに羽化をする。
 背に四枚の翅を生じた成体達は、次世代を残すことを仕事とし、残された一年間を恋愛に生きた。そうして再び、命は巡る ――
 無言で翅を見つめているカインに、ローズはたまりかねたように目をそらした。地についた手の中で、握りしめた草がぶちぶちと切れる。
「そんなにこの翅が珍しいの」
 低い声で呟いた。
 まだ幼い、亜成体にもなったばかりだろう未成熟な肉体に、成体のみが持ちうる虹色の双翅。
 彼らにとって翅があるということは、その個体が子を為す能力を備えた一人のおとこもしくはおんなであることを示す。そして互いにその中から好ましい相手を選び出し、次世代を残すべく恋を語らうのだ。
 だが、ローズは生殖能力を持つには、未だ幼すぎた。思春期に現れる線の固さすら、いまだ見られぬその身体。丸く、柔らかく、小動物を思わせる未熟な肉体 ――
 そのアンバランスさを、彼女はなによりも恥じていた。実際、ローズの年齢はカインと変わらない。同じ生息地コロニーで、同じ年に産まれた同世代である。本来であれば、彼女は未だ翅など生えることもなく、カイン達と共に幼い子供達の面倒を見ていたはずだった。
 だが……


『第三孵化棟で崩落事故が発生しました!』
『卵は無事でしたが、世話をしていた者が数名……』
『被害状況は』
『二名は即死でした。ですが、一名ほどさなぎ化した者が』
『仮死状態になることで、傷の回復をしているようで ―― 』
『前例がないわけではありません。このままうまく脱皮できれば、あるいは……』


 亜成体になって間もなく遭遇した事故で、彼女は瀕死の重傷を負った。だが傷ついた身体が本能的にさなぎ化したことで、かろうじて命をとりとめることができたのだ。新陳代謝を極力抑え、仮死に近い休眠状態で、深すぎるその損傷を癒してゆく。
 そして半年後、彼女は羽化した。
 亜成体として脱皮するのではなく、成体としての、羽化 ――
 しかも彼女が得た翅は、四枚ではなく、六枚だった。
 二対と三対。その違いはミレーナにおいて非常に大きいそれである。
 わずか二十年でその命を終えるこの星の人類が、何ゆえに長命な種族として世間に認知されているのか。それは、社会の上層部に位置し、対外交渉をになう一握りの者達が、『そう』であるからに他ならない。
 数千、数万人に一人の割合で産まれる、六枚翅の個体。
 彼らは他の者達の短い命を埋め合わせるかのように、長い生を与えられていた。
 一説によれば、かつてミレーナ人の内で生殖能力を持ち合わせていたのは、この六枚翅の個体だけだったという。遙か遠く、文明黎明期の頃には、ひとつの生息地コロニーを男女二人の六枚翅が治め、彼らの産む卵から産まれた四枚翅達を労働階級として、ごく小規模な『巣』を作り出していたと。
 ―― それはさながら、女王と働き蜂のごとく。
 だが、文化が発達し栄養状態が向上する中で、四枚翅の者達もいつしか子を為すことを可能としていった。人口は爆発的に増加、生息地の規模も巨大化してゆき ―― しかしそれでもなお、六枚翅の特権は変わらずに続いていた。
 否、はたしてそれを特権と呼ぶべきであろうか。
 他惑星の種族に比すれば、ひどく短い命しか持たぬ四枚翅のミレーナ。だが彼らにとってのその時間は、産まれながらに持った、ごく当たり前の天命で。その時間を精一杯に生き、恋をし、次世代を残してゆく。そこに不満など存在するはずもなく。
 だが、六枚翅の者達は、彼らの十倍以上の時間ときを生きる。共に産まれ、育った者達が次々と死に、その子供達さえもが天寿をまっとうしてゆく中で、彼らは老いることすらなく生き続ける。
 めまぐるしい世代交代が繰り返されるこの星で、長い時間を有する者が統治者として責任を負わされるのは、逃れようのない宿命だった。いかに記録を、知識を、思想を伝えたところで、どうしようもないことがある。上に立つ人間が常に入れ替わり、定まらねば、高度な文化生活を安定させることなど、できるはずもない。
 ―― 故に、六枚の翅を有する者は、羽化したその瞬間より、統治者の一員たることを義務づけられる。
 四枚翅が、すべての職務から開放され、ただ恋愛のみに生きることを許されるのとは、対照的に……


「 ―― アンタもいずれ、大人になってあたしを置いていくのよね」
 ぽつりと、ローズが言葉を落とした。
「誰かと恋をして、子供を作って……」
 語尾がわずかに震えを帯びて、ローズは言葉を切る。
「俺は、恋はしない」
 対するカインの口調は、ぶつりとちぎるような、抑揚のないそれだった。
 ローズは顔をしかめて彼のほうを見返す。それはミレーナ人にとって、理解できない感覚だったからだ。
「なに言ってんのよ」
「ローズの翅は、とてもきれいだと思う。ローズよりきれいな女は、いない」
「でも、あたしにアンタの卵は産めないわ」
 かつてはいざ知らず、現在において六枚翅の者が子を為すことはほとんどなかった。それもそうであろう。伴侶が、子が、そして孫が、己より先に年老い、死んでいくことが判りきっていて、それでもなお子孫を残そうと考えられる者など滅多にいない。
 まして彼女には、子を為す能力がない。たとえこのさき何年が過ぎようとも、既に羽化してしまった彼女が、これ以上成長することはありえないのだから。
 唇を噛み、瞳を伏せて、ローズは肩を震わせた。
「……くやしい」
 恋をして子孫を残すことこそ、ミレーナ人のすべてだ。
 短い命の最後の一年。彼らはそのひとときに人生を賭ける。生涯ただ一人の伴侶を見つけだし、愛し合うために。高度に洗練されたミレーナ独自の芸術文化も、ただその思いのたけを相手に伝える手段として、発達した結果に過ぎない。
 すべては、ただ愛しい者を見つける、そのためだけに ――
「アンタはアンタの血を残さなきゃ」
 それが、四枚翅のミレーナにとっての、当たり前の生き方だ。
「…………」
 カインは、ただ無言で首を振る。
 ローズもそれ以上は何も言わなかった。
 互いに口を開くことなく肩を並べる二人を、吹きわたる風が平等に撫でてゆく ――


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