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 Think of you  キラー・ビィシリーズ 第五話 外伝
 〜 Jean 〜

 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2002/1/4 11:48)
神崎 真


 空を切って飛んできたかかとが、垂直に立てた前腕へとたたき込まれた。
 しっかりと体重の乗せられた蹴りを受けて、一歩退いたカインの膝が、深く沈み込む。衝撃を吸収し、押し返そうとするよりも一瞬早く足は引かれ、くるりと身をひるがえした相手から、逆方向の蹴りが飛んできた。
 もろに腹へと食らったカインは、小さく息を吐いて背中を丸める。
 が、次の瞬間、彼は弾かれたようにその場を離れた。間をおかず振り下ろされた肘が、先刻までカインがいた空間を、風切り音を立てて通過してゆく。
「 ―― 」
 カインは腰の後ろに回した手で金属鞭メタル・ロッドをひっつかみ、一連の動作で振り払った。
 鈍い音ともに伸びた鞭が、長身の影へとまっすぐに伸びる。しかしその相手は、怖れるふうもなく、逆に向かってくる様子を見せた。顔面めがけて襲い来る鞭を紙一重でかわし、カインへと肉薄する。ニヤリとむき出された白い歯が、残像をともなってひらめいた。
 やられる ―― ッ
 息を詰めて拳を握った目の前で、カインは鞭を手放し、床へと転がった。水平に伸ばされた右足が、相手の膝を横から払う。勢いのついていた相手は、たまらず床へと転倒した。
「ちッ」
 舌打ちして立ち上がった時には、カインは既に武器を拾い、距離をとり直している。
「……ふぅ、助かった」
 ため息をついて力を抜いたジーンの様子に、傍らにいる生き物が苦笑いを漏らした。
“何もそんなにのめり込まなくても”
「あ、いや、その」
 からかうような口調の思念テレパシーに、ジーンはつい顔を赤くした。ちらりと上目遣いで相手を見上げる。
“でもまあ、判らなくもないけどね。ぼくもリュイリカが一対一でこんなに苦戦するとこって、滅多に見ないし”
「そりゃまあ、カストル人じゃぁそうだろうよ」
 憮然としたように言って、ジーンはぺたりと床へ腰を落とした。立てた片膝を抱えこむようにして、戦闘を続ける両者の姿を眺める。
 トレーニングルームで真剣勝負さながらの模擬白兵戦を行っているのは、カインと、彼らの同業者である女戦士だった。女とは言っても、身長はカインとほとんど変わらず、体格に至ってはひとまわりほど上回るのではないかという、堂々とした巨躯の持ち主である。
 もっとも筋骨隆々の男勝りというわけではない。胸と腰まわりが豊かに発達し、逆に胴のあたりは形良くくびれた、実に目に楽しい肉体派美人である。
 全身に密着する型のスーツを身につけており、しなやかかつ強靱な身体のラインが、くっきりとあらわになっていた。身動きするたびに、波打つ長い金髪が照明を受けて輝く。濃い褐色の肌にうっすらと汗が浮いていた。
 まるで肉食の獣を思わせる、猛々しくも美しい姿。
「やっるじゃないのさァ! あはははは、すごいすごい!」
 ほがらかに笑って、重い鞭の一撃を腕で受け止める。鈍い音がしてスーツの袖が裂けたが、リュイリカは気にせず鞭を握りしめた。反対側を持つ相手を見る目は、実に楽しそうなそれだ。
「…………」
 カインは無言でその視線を受け止めた。とうにバイザーを失い両目があらわになっていたが、相変わらず感情の色はほとんどうかがえない。
“君らって確かミレーナ人だったよね。ミレーナってのは穏和で、芸術とかに秀でた、あんまり争いごととかしない種族だって聞いてたんだけど”
「ああ……俺達は、ちっとばかし特殊だから……」
“ふぅん。ま、いいけどさ”
 言いながら、リュイリカとコンビを組むエンジニアは、ジーンと並んで腰を下ろした。
 四足の爬虫類を思わせる体型フォルムを持つその生き物は、外見に似合わぬ理知的な瞳で彼女を見下ろしてくる。先端に棘のついた細い尾をゆらゆらと振ってみせる様は、どこかひどく子供っぽい。
“でもさ、彼 ―― ”
 ひょいと尾でカインを指す。
“確かに瞬発力とか、とっさの判断には優れているみたいだけど、やっぱり根本的な腕力や持久力なんかは、あんまりないんじゃないの?”
「……判るか」
“うん。リュイリカと比べちゃあ、酷かもしれないけどね”
 こくりとうなずいて、生き物 ―― クーラルオン星のバール ―― は、鱗の生えた長い首をぐるりと仰向けにねじった。どうやらそれは疑問を表現する仕草らしい。鋭い鉤爪の生えた後ろ足で、鱗が密生する横腹をかきむしる。ばりばりとものすごい音がしたが、バールもジーンも気にはしなかった。
“体術で補ってるようだけど、やっぱりどうしても限界があるだろう? 体重ウェイトの問題もあるし、彼なら肉弾戦よりも、もっと飛び道具を利用した方が良いんじゃないかな”
 鞭などよりも、間合いが広く反動の少ないレーザーや短針銃ニードル・ガンといった武器を使えば、体力のなさを補った上で、俊敏さや判断力を役立てることができるのではないか、と。
「俺もそう言って、何度かすすめたんだけどよ」
 深々とため息をついて、ジーンは頭をかいた。綺麗に結い上げたベビーピンクの髪が、乱暴な手つきにほつれ毛を出す。
 指摘されたとおり、カインの肉体的な運動能力は、けしてとび抜けて高いそれではなかった。
 もともと外見からしても、彼が戦闘に向いているなどとは、誰も思わないだろう。長く細い手足など、どこにあれほどの膂力りょりょくを備えているのかと、不思議なほどである。実際、数値的な面であらわせば、彼の肉体的能力は平均的な地球人テラノーツの成人男児とほとんど同じ程度だった。もちろん、正式な訓練を受けていない者を含めた平均値で、である。
 彼が優れた白兵戦成績を誇るのは、ひとえにその卓越した体術からだった。
 いかに相手の隙をつくか、急所を正確に捉えるか。また相手の向かってくる力を利用し、己の体力消費を最低限に押さえること。それらを徹底して行えるだけの冷静さと判断力。ひとたび敵を敵だと認識したならば、ためらうことなく手に掛ける、それができるだけの ―― 非情さ。
 彼が殺人蜂キラー・ビィと呼ばれるようになった理由が、そこのあたりにあるわけなのだが……
「こんなふうに、肉体派から真っ向勝負挑まれると、やばいんだよなぁ」
“判ってるなら、なんで対処しないんだい? 銃が扱えないって訳でもないんだろう”
 なおも首を傾げるバールに、ジーンは膝に乗せた手で頬杖をついた。
「……もったいないそうだ」
“は?”
 バールがきょとんとしたテレパシーを出す。
 どうやら意味が判らなかったらしい。それもそうだろうと、ジーンはまたひとつため息を落とした。自分とて、最初に聞いたときは耳を疑ったものである。
「だから、エネルギーパックとか弾丸とか。いわゆる消耗品が、もったいないんだとさ」
“それ……本気で言ってるのかい? 口実とかじゃなくって”
「大マジ」
“へぇぇえ?”
 四つある真円の目を順番に見開いて、驚いた表情をみせる。
 いささか大仰なそれも、あながち場違いなものではなかった。
「仕事にあぶれた三流でもあるまいし、その程度の稼ぎは充分あるんだがな」
“だよねえ、いくら何でも”
 バールがうんうんと頭を上下させる。
 特注の重火器ならばともかく、携帯用の小型光線銃ハンドレーザーや規格品のエネルギーカートリッジなど、行くところに行けば子供の小遣いで買えるような御時世である。確かにそのていどの武器では大した威力もないかもしれないが、それでも当たり所によっては、充分人を殺せるだけの性能を備えている。実際、ジーンなど肉体的にまったく戦闘に向いていないので、いざというときの護身用として常に一丁は身につけるようにしていた。もっとも彼女の場合、手が小さすぎるのであまり役には立たなかったが。
 ともあれ、
「まあ、いちおう持ち歩きはしてるし、本当にヤバイ時にはちゃんと使うから好きにさせてる」
 人間誰しも、自分にあったやり方というものがある。他人の目から見た場合どれほど効率の悪いそれであったとしても、本人がそれで良いと言い、充分なだけの功績を上げているのであれば、なにも横からとやかく口を出すことではないのだろう。

 ……たとえそれが、命を預けあえる相棒であったにせよ、だ。

 小さく肩をすくめたジーンの前で、一本背負いを仕掛けられたリュイリカの身体が、きれいに宙を舞った ――


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