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 プシ・キャット  キラー・ビィシリーズ 第四話
 終 章

 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


 狭い寝台で眠る少女の寝顔を、アレフは静かに眺めていた。
 枕元の椅子に座る彼の傍らには、ジーンが並んで、同じようにヴィイを見下ろしている。
 地表に降りてすぐにシャワーを使い衣服を改めた少女は、既に髪の染め粉も落とし、生来の姿に戻っていた。無心に眠るあどけないその様子からは、とてもではないが、あの血塗れの姿など想像もできない。
 地上でアレフの傷の手当てと少女の身支度を終えた彼らは、慌ただしく定期便シャトルへと乗り込んでいた。そうしてジーンの待つハニカムへと無事にたどり着き、こうして休息しているのである。
 いまのところ、研究所からの追っ手も、偽情報に気付いた管制からの問い合わせも、現れるきざしはなかった。ハニカムの整備も少し前に終了し、あとは出港の許可が下りるのを待つばかりだ。
 宇宙船は、その機構上無駄な空間を極力はぶく造りになっている。それでもハニカムには客室となる空き部屋が存在していたが、それはジーンが乗り組むようになってから、彼女の私室として使われるようになっていた。故に、いまこの船に誰かを乗せようとするなら、カインかジーンが部屋を譲るしかない。
 しばらくはカインの部屋に間借りするつもりで、ジーンは必要な私物をまとめていた。だいたいの荷造りができたところで、改めて彼らへと歩み寄る。
 アレフが座る椅子の背もたれに片手をかけ、少女を見守るその横顔をのぞき込んだ。
「惚れたな?」
 問いかけは、どこかからかうような響きを持っていた。
 口の端に笑みを浮かべ、上目遣いで見上げてくるジーンに、アレフは視線を動かさぬまま答える。
「……そうかもしれない」
 それは抑揚のない小さな呟きだったが、よく見れば耳たぶがうっすらと赤く染まっていた。
 ジーンが喉の奥でくすくすと笑う。
 カインのバイザーからの映像や、研究所の通路に設けられた監視装置の情報を収集していた彼女は、あの瞬間の様子をあらゆる方向から見つめていた。
 目の前で男を喰い殺した少女に対し、アレフが浮かべた表情。血塗れの少女を凝視する、その瞳の、色 ――
 見知っていたはずの少女が、まったく別の存在に変わったその瞬間。
 鮮やかな血潮に半身を染め、微笑んだその姿がどれほどあでやかだったことか。
 きらめく琥珀色の瞳に己の姿を映し、血を含んでつややかに紅い唇に笑みを刻み。見上げてくるその姿のなまめかしさは。
 そう、
 あの瞬間、アレフはヴィイに対して欲情していた。
 背筋を走ったざわめきは、けして彼女に恐怖をいだいたが故のそれではなく。早くなる鼓動に胸が熱くなり。その、扇情的とすら言える姿から、目をそらすことさえできず。
 少女を一人の『女』として意識し、その優美さにただ魅了されて ――
「良いんじゃねえの?」
 ジーンはけしかけるように言った。
「あと二三年もすりゃ、見た目の釣り合いもとれるようになるだろうし。遺伝子的に子供が作れるかどうかまでは判らんが、まあ昨今、異種族間婚姻なんざ珍しくもない」
 なんなら養子を取るなり、卵子提供を受けて人工授精するなり、いくらでも方法はある。
「け、結婚だなんて、そんな……ッ」
 途端にアレフは真っ赤になった。椅子を蹴って立ち上がり、うろたえたようにジーンを見返す。
「別に照れなくても良いだろ」
 ジーンはにやにやと笑いながら、アレフを見上げた。はっきり言って、人が悪い。
 アレフはあちこちせわしなく視線をさまよわせながら、つっかえつっかえしゃべった。
「照れて、など……だっ、だいいち、ヴィイには戸籍もないのに……!」
「あ、それな」
 思い出したというように、ぽんと手を打った。
「心配するな。手配してある。ルートは不正だが、できあがりは本物だ」
「……は?」
 あっさりと告げたジーンに、アレフは絶句した。
「ちょっとばかりコネがあって、な」
 驚きに目を見張る彼に、にやりと凄味のある笑みを見せて片目を閉じる。


*  *  *


 一度カインの部屋へ寄って私物を置いたジーンは、コックピットへと向かった。
 彼女の接近を感知した自動扉が、足を止める必要のないタイミングで道を開く。
 ドアの開閉音に、操縦席に着いていたカインがちらりと振り返った。
「出港許可は下りたか」
「いや、まだだ」
「そっか」
 衛星軌道上は、出入りする船で常にそこそこの混雑を見せている。それを考えれば当然の待ち時間だったが、それでも早く出発したい気持ちは抑えられない。
 ため息をついてコンソールへと歩み寄ったジーンは、カインの手元を見てふと表情を動かした。画面のひとつに表示されているのは、ジーンの部屋の光景だ。ベッドで眠るヴィイと、窮屈そうにソファに身を横たえているアレフ。
 どうやら室内の様子を、ずっとモニタしていたらしい。
 ジーンはばつの悪そうな顔になった。頬を掻きながら相棒から視線を逸らす。
「……わ、悪かったな。勝手に市民権なんか、手配しちまって」
 身体の脇に垂らした手が、もじもじと所在なげに動く。
 特に行き先は決めていないと言うアレフ達に、とりあえずの目的地を決めてやったのはジーンだった。とにかく、彼らをどこまで送っていくかを具体的にしなければ、依頼の受けようがなかったからだ。それはごく当たり前の行為で、なにも問題などない。
 ―― だが、
 行き先に、とあるなじみの惑星を設定した彼女は、その地の有力者に連絡を取り、二人分の市民権を発行させていた。アレフに告げた通り、以前依頼を受けたことのあるその相手は、快く頼みを訊いてくれた。その惑星は比較的治安も良く、のどかな土地柄をしている。正式な住人として登録された彼らは、地に足をつけたまっとうな暮らしを続けていくことができるだろう。
 だが、いかに相手がその権利を持ち合わせた人間だからとは言え、正規の手段を使っていては、そうそうできることではなかった。出来上がりは本物だが、ルートが不正というのは、そう言う意味である。
 中途でばらまく賄賂など、実費だけでもかなりの物入りだった。はっきり言って、今回の依頼料だけではとても足りない。
 要するに、完全な赤字である。
「…………」
 黙って見つめてくる相棒の目を、ジーンは見返すことができない。
 彼らから受けた依頼は、あくまでその身柄を他星系へと脱出させることだった。行った先でどうするかは、彼ら自身で裁量するしかない。事実アレフ達はそのつもりでいたし、助言を求めてくることもなかった。これは完全にジーンの独断である。
 けれど……放っては、おけなかったのだ。
「すまん」
 己の感傷であれだけの仕事をただ働きにさせてしまったことは、笑ってすまされることではない。そうでなくとも、今回は小型艇の借り賃やなんやで、必要経費もかさんでいるのだ。
 目を伏せて、小さく呟くジーンを、カインはしばらく黙って眺めていた。
 やがてその手がコンソールへと伸び、画面の表示を切り替える。
 カインが動いたことで目を上げたジーンは、画面を見て目を見開いた。
「なんだ、この振込額はッ!?」
 思わず身を乗り出して叫んだ。
「ハロルドからだ」
 依頼料とは桁が二つばかり違う金額に愕然とする。そんなジーンに、カインが言葉少なに説明した。
 それによると彼らは、脱出途中に手近な部屋から、めぼしいディスクを幾つかかっぱらってきたらしい。ハルなどは行きがけの駄賃などと評したそうだ。
 そして内容を吟味する余裕の無かったそれらは、ほとんどがたいした価値もないデーターだったが、中に一枚、値打ちものが混じっていたそうで。
 地表に残ったハルがそれをどう処分したか、詳しいことは訊いていない。が、結果として得られたものの何割かが、手数料としてこちらにまわってきたわけだ。
「お前ら、いつの間に……」
 転んでもただでは起きないと言うか、報復は徹底的にと言うべきか。
 彼らの行動をずっとモニタしていたはずの自分さえ、まったく気がつかなかったあたり、実に抜け目がない。
 しばらく気が抜けたように画面に目を落としていたジーンだったが、やがてくすくすと笑い始めた。最初は喉の奥を小さく鳴らすだけだったが、やがて腹を抱えてコンソールを叩く。
 実験体だけではなく機密データまで奪われたJAQSは、立ち直るまでに相当の時間を必要とするだろう。あるいはこのまま潰れてしまうかもしれない。
 ―― 彼らにしてみれば踏んだり蹴ったりの災難だったろうが、ジーン達の知ったことではなかった。
 止まらぬ笑いに震える手のひらの下で、電子音が鳴り響いた。
 待ちかねていた呼び出しに、ジーンはどうにか平静を取り戻して応答する。
「こちらハニカム」
『こちらΧ−2号人工天体、三番管制。K2停泊漂ブイ使用の船籍C0327889ハニカムの出港を許可する。300プラスマイナス10秒後にイエローゲートより出港せよ』
「了解。C0327889ハニカムは、これより300プラスマイナス10秒後に、イエローゲートより出港する」
『貴船の航海の無事を祈る』
 復唱するジーンに、管制は決まりきった答えを返して通信を切る。
 ジーンは素早く身をひるがえして自分のシートへと収まった。慣れた手つきで次々とスイッチを入れてゆく。既にスタンバイしていた機体は、すぐに重力エンジンの低い唸りを響かせ始めた。
「さてと、それじゃあ行きますか」
「 ―――― 」
 上機嫌で促すジーンに、カインも無言で操縦桿へと腕を伸ばした。
「出港まで残り100秒。エンジン出力良し。燃料補充率120パーセント。目的地までの航路インプット済み。予定航行時間、132時間と27分」
「 ―――― 」
「出航後は、航路Ω7を80パーセントの定加速。十二時間後に一回目の跳躍に入る。出港十秒前より、秒読み開始」
 ジーンの手指が軽やかに舞い、表示された数値が一定間隔で減っていった。
 エンジンの駆動音が、じょじょに高さを増してゆく。
「……八、七、六」
 操縦桿を握るカインの腕に、力がこもった。
 ちらりと近くの画面に目をやれば、客室で眠る二人は起きる気配もなく熟睡している。
 ジーンの口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。
「三、二、一」
 最後のキーが、人差し指で押される。
「 ―― 出港!」


― 了 ―

(2001/09/24 19:52)
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