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 プシ・キャット  キラー・ビィシリーズ 第四話
 第一章

 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2001/05/24 18:33)
神崎 真


「ジーン! こっちよ」
 エイダ国際宇宙港の入国ゲートをくぐった途端、にぎやかな声が彼女のことを出迎えていた。
「早く早くっ。待ってたんだからぁ」
 語尾を軽く伸ばすようにしたその口調は、相手がこちらに抱く親愛の情のほどを伝えてくるそれだ。わずかに鼻にかかった発音も、甘えられていると思えば微笑ましい。
 ただひとつ難をいえば、それが地を這う野太い低音で発せられていることで。
「よ」
 歩み寄ってくる相手に手を挙げるジーンも、さすがにいささか口元をひきつらせていた。
「久しぶりだな、ハロルド」
「いやっ、そんな呼び方しちゃ」
 ジーンの目の前までやってきたなじみの解析屋 ―― ちなみにれっきとした成人男子である ―― は、その大柄な身体を精一杯縮め、ふるふると首を振ってみせた。
「わかったわかった……ハル」
「うふ」
 ため息混じりに愛称を口にすると、今度は実に嬉しそうに笑う。
 ジーンと並ぶその姿は、はたから見ると『美女と野獣』という表現がぴったりくるものだった。ジーンを美女と評するには、いささか年齢が足らなかったが、それでも彼女は誰もが数年後を楽しみにするだろう、美貌の片鱗をかいま見せている。いっぽうハロルド ―― ハルの方はといえば、野性味あふれるとでも表現するべきだろうか。カインと並ぶ長身にがっしりと筋肉がついた偉丈夫だ。袖なしの船員服から伸びたむき出しの上腕など、ジーンの太股ほどもあろうか。
 顔立ちも全体に大造りでいかめしかった。年頃は標準的に見て三十前というところか。獣人型ビーストに部類される人種の出なのだろう。耳が長くとがっており、口元から八重歯のような牙がのぞいている。金が混じる翠緑の虹彩は、瞳孔が縦に長い。そうとう硬い髪質をしているらしく、灰と褐色がまだらになった髪が奔放に広がり、襟足のあたりにまで届いていた。片耳には小さなリングピアス。
 ジーンは彼に会うたび、故郷の惑星にいる狼という生き物を思い浮かべる。瞳の形などからいえば、むしろ猫科の動物の方が近いのだが、まとうその雰囲気が、もっとあたたかく情の深い存在を連想させるのだ。
「こっちよ、行きましょ」
「ああ」
 先に立って歩き出す身のこなしは、実になめらかで……かつしとやかだ。
 同じ定期便シャトルで到着したばかりの行く手にいた人間達が、泡を食ったように道をあける。それもそうだろう。大概の人間を軽く凌駕する筋肉質な肉体の男が、あたりをはばかることなく女言葉でしゃべり、騒いでいるのだ。下手に注意をひいたりしたら、何をされるか知れないではないか。
「歩きやすいわねえ、ジーン?」
「……そうだな」
 そんなまわりの反応に気付いていながらも、なお悪びれることのないその言動に、ジーンは苦笑しながらうなずいた。
 なんだかんだ言って、彼女もこの獣人のこういうところが気に入っているのである。
 宙港のロビーを堂々と横断し、肩を並べて建物を出る。そうしてハルが向かったのはまばらにエアカーの停まる駐車場だった。レンタルとおぼしきシンプルな車体に乗り込み、助手席のロックを解除する。ドアを開けて収まったジーンともども、シートベルトをしっかりと装着してからエンジンをかけた。
 安全性の確保や外観上の問題から、この惑星の宙港は市街地からだいぶ離れた、郊外に位置している。周囲は植物すらほとんど見られぬ、岩がむき出しになった荒れ地が延々と広がる地域だ。そんな中を、最寄りの街へと向かう道路だけが、どこまでも続く。たいていの乗客は地下に設置されたモノレールを使用するため、走っている車輌はごくまれだ。
 ふとアクセルを戻し路肩に寄ったハルの車を、コンテナを積んだトレーラーがすさまじい勢いで追い抜いていった。これだけすいている道路では、法定速度などあってなきがごとし。再び元の位置に車を戻したハルは、そのまま自動操縦オートナビゲーションに切り替え、座席にもたれ掛かった。
「まったく、たまんないわ。ああいう乱暴な運転するのがいるから、おちおち自動にしておけないのよ」
 自動操縦装置オートナビゲーションシステムは、路肩に一定間隔で設置された送信装置からの信号を受け取り、目的地まで安全かつ的確に案内してくれる機能だ。当然そこには、すべての車輌が交通法を順守しているという認識が、大前提としてある。もちろん最優先されるのは人命であり、有事にはそれなりの対応もしてくれるが、しょせんは大量生産の機械。腕利きの解析屋兼ジャンク屋であるハルも、トラブルコンダクターという荒事をなりわいとするジーンも、信頼して命を預ける気などさらさらない。
 いまもハルは、即座に手動操縦へと切り替えられるよう、ハンドルに手を置いたままだ。
「この星じゃ公共交通機関が発達してるらしいな。わざわざ車を、それも自分で運転するような人間は、訳有りか荒っぽいやつがほとんどってことだろうよ」
 定期便の中で目を通していた、惑星案内を思い出す。
 エイダは基本的に商業惑星である。幾つかの航路が集中する位置に存在することで、この星系には人間も物資も、ほど良く集まってきていた。銀河連邦の中では辺境に位置するおかげで、さほど著名ではなかったが、それでも船乗り達の間では重宝されている。
 もっとも取引の主な場は、衛星軌道を周回する人工天体ステーション群にあった。せっかく他星から持ち込んだ荷を、いちいち惑星上に降ろしなどしていては、時間も手間もエネルギーも無駄が過ぎる。故にこの星で取引をしたいと望む者は、隣接した幾つもの人工天体を行き来し、求める物を探し歩くのである。
 では惑星上にあるのはどういったものかというと、そうして手に入れた資材を元に新たな製品を作り出す工房や、あるいは買い物を終えてほっと一息つく人間のための遊興施設が主だった。エイダには小ぶりな大陸がひとつしか存在しなかったが、自転周期や大気成分、海水濃度といった居住惑星としての質はそう悪くない。永住には向かずとも、ひととき羽根を伸ばすには充分な環境が整っている。
 ―― もっとも、逆に言えばそれらを乱す存在は、つとめて排斥される訳で。
 丸ごとひとつのレジャーランドにも等しい都市中央部では、開発段階から外観も交通網も計算し尽くされ、訪れる人間はみな用意された施設の中で、ルールに従って動くことを要求されている。
「まぁ確かにね。車ぐらい自由に走らせたいとは思うわ」
 肩をすくめる。
 ジーンと同じように、ハルもまた一種裏街道を行く人間のひとりだった。解析やジャンク屋の仕事はかろうじて合法のラインを越えてはいなかったが、それはあくまで仕事の上でのこと。ハロルド=ヴィドゥーシャ個人を見た場合、彼がお仕着せのレール上を素直に歩んでゆける人間でないことは、火を見るよりも明らかだ。
 せいぜい三日。もって一週間。彼がこの惑星でおとなしくしていられるのはその程度だろう。そもそもその言動を見ただけで、当たり前の感性とは無縁な人間だと如実に判るではないか。
「ここにはどうせ、部品の買い付けにでも来たんだろう? なんだってまた地表に降りたりしたんだ」
 リゾートで息抜きなど、ハルに必要だとは思えないのだが。それよりも手に入れたあれこれとともにさっさと自分の店へ帰り、心ゆくまで組んだりばらしたり分析したりしている方が、よっぽど気分がいいだろうに。
 ジーンの問いに、ハルはひとつため息をつく。
「仕方なかったのよ。ここの工房に腕のいい爺さんがいて、その人じゃなきゃ調整できない品があったものだから」
 しかも職人のご多分に漏れず、気むずかしいその相手は、直接出向いて交渉しなければ、絶対に仕事を引き受けてくれないのだ。
「なるほど」
 類は友を呼ぶと言うべきか、ジーンにも似たような知り合いは ―― ハルを含めて ―― 多数存在している。思わずしみじみと納得した。そして、
「で? その爺さんに何かあったとか」
 もってまわった言い方はせず、ずばりと本題に切り込んだ。
 我々、トラブルコンダクター殺人蜂キラー・ビィに、いったい何を依頼しようというのかと。
 そう、こうして共に車へ同乗し、席を並べていてもまだ、彼女は自分達が呼びつけられたその理由を聞かされていなかった。
 いつもであれば、理由も告げぬ呼び出しなどきっぱりと無視してしまう。が、なにかと懇意にしている相手からの、しかもどこか切実なものを含んだ通信であったが故に、わざわざ出向いてきたのである。
 ちなみに何故ひとりなのかというと、ジーンの乗る船ハニカムは、現在衛星軌道上でドック入りしていた。前回の仕事で少々荒っぽいことになったため、修理をかねて一斉点検しているのである。
 小型とは言え、改造を重ねたあの船は、そんじょそこらの整備ドックでは手に負えない代物だった。まともに修理できないだけならともかく、下手な部品パーツを勝手に使用したあげく、調整を狂わされでもされてはたまらない。その点ここならたいていの物はそろったし、整備士の腕もそこそこだ。しかし、いかに行き届いた施設であれ、自らの船を預けっぱなしになどできるはずもなく。カインなどはほとんどつきっきりで整備の現場に立ち会っていた。
 ハルからの通信コールが入ったのはそんな時だった。この広い宇宙で同時期に同じ惑星を訪れていたことも意外なら、彼らがそこにいるのを知っていたあたりも驚きである。もっとも相手は趣味で情報屋までやっているような人物なのだから、目をむくと言うほどでもなかったが。
 ともあれ。そう言った具合で、船のそばを離れられないカインはドックへと残り、ひとまずジーンが詳しい話を聞くべく、コロニーと地上をつなぐ定期便シャトルへ乗り込んだというわけである。
「ううん。そっちの方は特に問題もなく、無事に終わったわ。ほんとならアタシも昨日にはこの星を発ってたはずなんだけど……」
 答えるハルの口調は、どこか歯切れの悪いものだった。
「なにか厄介ごとに引っかかったんだな」
「厄介っていうか、なんていうか。つまり拾いもの……しちゃったりして、ね」
 こういう口調で語られる場合の拾い物といえば、たいてい人間と相場が決まっている。しかもなにかしら訳ありの。
 思わずため息をついた。見た目のいかつさとは裏腹に、情が深く面倒見の良いところがあるこの男だ。はたしてどんな状況でそんなことになったのか、目に浮かぶ心地がした。
「お前も、相手を見て世話焼けよなあ」
 額に手をあててうつむくジーンは、しかし己もまたりっぱにお人好しの部類に入ると、自覚していない。
「で?」
「追われているから、他惑星に脱出したいんですって。どこでもいいから、とにかくエイダからは出たいそうよ」
「まぁ、この惑星上じゃ、逃げ場なんて知れてるからな。おまけに宙港がひとつしかないんじゃ、そこを押さえられりゃ万事休すか」
「そういうこと」
 話の早いジーンに、ぱちりと片目を閉じてみせる。
「ってことは、変装させて定期便シャトルに乗せるか、ハニカムを降ろすかだが……うちの船が動かせるようになるのは、三日後だぞ」
 水平翼と尾翼を備えたハニカムは、外洋宇宙船でありながら大気圏内での活動も可能とする、珍しい型式タイプの船だった。もっとも宇宙空間での操船と、大気や重力を備えた惑星上でのそれはまったく異なるので、乗りこなすには相当な技術テクニック熟練キャリアを必要とする。しかも基本的に一人で操作するよう調整セッティングされているというのだから厄介だ。こんな船を扱おうなどと考えるのは、腕に自信があって命知らずな、トラブルコンダクターぐらいのものである。
「ええ、だからそれまでのボディーガードも込み。どう? 引き受けてくれるかしら」
 ジーンはひとつ肩をすくめて首を振った。
「直接依頼人に会ってみないことには、なんとも言えないな。いくらお前の頼みでも」
 貨物船以外の宇宙船ふねが宙港の着陸床を使用するには、それ相応の理由が必要である。貨物を運ぶのでもない限り、衛星軌道上の停泊標ブイに船を係留し、定期的に出ているものか、それが嫌なら個人所有の小型艇シャトル ―― そんなものを備えているのは、一部の金持ちの船ぐらいだったが ―― で地上と行き来した方が、手間も効率もはるかに良いからである。かといって定められた宙港以外に船を降下させるなど、この行政がやかましい惑星でなくとも、そうそう許可が下りるはずもなく。
 そもそも逃亡者を拾うのに律儀に許可申請などしていては、追っ手に気付いてくれと知らせているようなものだ。となると当然、法を犯して強行することになる。そんな危ない真似をするだけの価値が、はたしてその依頼人にあるのか。いや合法、非合法という問題だけではない。そもそもこの自分達が、報酬と引き替えという形であれ、力を貸してやるに足る相手かどうか。それを見極めるべきなのは、やはり自身の目以外になかった。
 極端な話、好みの問題である。依頼人が気に入れば、少々やばい仕事だろうが、面倒であろうが引き受ける。逆にろくでもない相手だった場合は、どんな簡単な仕事でも高額な報酬を提示されても、断固として断る。
 そういったえり好みが許される程度には、彼らは優秀であり著名なコンビだった。そしてその信念は同時に、彼らもまた紛れもなく、ハルやその気むずかしい知り合い達の同類なのだと、如実に語っている。
「依頼人のいるホテルまで、まだ当分かかるわ。とりあえず、私に判る事情だけ説明するわね」
「ああ、頼む」
 情報を入力するべく、左手首にはめたリストバンドのディスプレイを起こした。見た目は小さいが、これでもハニカムのメインコンピューターと直結する端末である。


*  *  *


 ホテルで二人を待っていたのは、三十前とおぼしき男だった。
 典型的な標準型人種スタンダードだ。おそらく地球テラ系だろう。ジーンにとっては至極なじみやすい種族である。
 ハルより二つ三つ若いぐらいのその青年は、アレフ=ヤンと名乗った。痩せ形の体格やメガネをかけた理知的な面立ちから、頭脳労働に従事していることがうかがえる。アッシュグレイの髪を綺麗になでつけた髪型も、几帳面そうな性格を感じさせた。
「あなたが、我々を逃がしてくれるのか」
 まっすぐに見つめてくる眼差しは、怜悧な光を放っている。抑揚の少ない発音といい、感情の色の見て取れない表情といい、初対面で好感をいだくには不向きな、ひどくとっつきにくい相手である。はっきり言って、ジーンの嫌いなタイプだ。
「まだ依頼を受けるとは言ってねえよ」
 対応する言葉も、自然つっけんどんな響きになる。
 ひとまず向かい合ってソファに腰を下ろした。ハルはジーンの後ろに立つ。
「まず依頼内容を訊かせてもらおうか」
「……既にそこの彼に話したはずだが」
「ああ、だいたいのことは聞いたさ。だが、当事者の口から、もう一度しっかり説明してもらいたい」
 ハルはあくまで仲介者に過ぎない。情報の行き違いや聞き落としを防ぐためにも、ジーンは必ず依頼者当人と直接交渉することにしている。
 もっとも、ジーンの外見はそういった駆け引きにきわめて不利なそれだった。見た目と中身は必ずしも一致しない、とはよく言われるが、それはあくまで建前上だ。寿命も成長速度も様々な人種が混在するこの時代にあっても、しょせん人は己を基準としてしかものを考えられない。いかにジーンが言葉を尽くして己の経験と技術を語ったところで、たいていの人間は彼女を未熟で話をするにあたいしない個体だとみなす。
 当初はいらだち反発もしたが、あまりにたび重なる反応に、ジーンも最近はそれを利用することを覚えていた。あなどるならあなどればいい。しょせん依頼を受けるかどうか、決定権はこちらにあるのだ。吐かれた暴言を我慢してやるほど、自分達は寛大でも仕事に困っている訳でもない。せいぜい安易に情報を垂れ流した後で、依頼を断られるか、無様にはいつくばって許しを請うが良い。
 そんな意地の悪いことを考えていると知ってか知らずか。男は案外素直に話し始めた。
「頼みたいのは、護衛と惑星外への脱出だ。我々は追われている。このままこの惑星に居続ければ、遠からず連れ戻されるだろう」
「『我々』ということは、あんただけじゃないんだな」
 青年に連れがいることは既に聞いていたが、確認のためあえて問いかけた。
「ああ。子供がひとりいる」
 そう言って、ちらりと寝室に続く扉の方を見た。閉まっているその向こうに、当の子供がいるのだろう。
「で、その追っ手とやらは、いったいどんな相手なんだ。それから追われている理由は」
「それは……」
 とたんに青年は口をつぐんだ。ソファに腰掛けた太腿に両肘を置き、膝の間で指を組み合わせる。
 視線を落として考え込んだのち、アレフは顔を上げまっすぐジーンを見返した。
「どうしても話さねばならないだろうか」
 レンズ越しに向けられた、そらされることのない瞳。
「…………」
 ジーンもまた、まっこうからその視線を受け止める。しばし二対の目がにらみ合うような強さで交わった。
 正直言って、依頼を引き受けるのにその情報は必須に近い。チンピラに毛が生えたようなならず者も多いこの業界、なにも自分達を信用しろとまでは言わないが、それでも取引をする上での礼儀というものが存在する。相手の正体も、狙われる理由すらも教えられないというのでは、対処の方法がどうのという以前に、まず気分が悪いではないか。
 譲る気のない双方の間に、しかしそのとき割って入るものがあった。
 寝室の鍵が解除される音。そうして重い扉を押し開けるようにして、その隙間から小さな顔がのぞく。
 慌てたように青年が立ち上がった。
「ヴィイっ」
 とがめるようなその声に、呼ばれたと勘違いしたのか。
 その人物は扉を全開にして、こちらの部屋へと飛び込んできた。
 予想外なその姿に、ジーンはいささか意表をつかれた。いや、なにも闖入者の存在そのものに驚いた訳ではない。寝室に子供がいることは聞いていたのだし、子供の行動とはえてして予測がつかないものだ。意外に感じたのは、その年頃であり外見だった。
 アレフが子供と表現したのだから、せいぜい十かそこら。あるいは幼児ぐらいかと思っていたのだ。が、その少女 ―― そう、女の子なのだ ―― はジーンの基準からして十三、四というところだった。大人ではないにせよ、さりとて子供と表現するにはいささか成長しているのではないだろうか。裾の広がった簡素な服を身につけているが、その衣装越しにうかがえる身体の線も、ほのかに丸みを帯び始めている。
 まだらに黒い筋の混じった金茶の髪が、ふわふわとふくらんで肩から背中を覆っていた。大きな琥珀色の瞳は、ハルのそれとよく似た縦に長い構造だ。やはり獣人型人種ビースト系だろう。はっきりとした種族までは判らなかったが、あらゆる星系から派生した数多くの種族の中には、異種間交雑が可能な者達も少ないなりにいたし、さらに二世を生み出すことが可能な混血ハイブリッドもまた存在する。同じ人種でも居住環境によって適応変異することもあり、見た目だけで種族を計るのは困難なのが実状だ。
 ハルは狼を思わせるたくましく野性的な姿をしていたが、その少女はむしろ猫科の生き物に似たしなやかさと無邪気さ、そして幾ばくかの気品をそなえている。
 突如現れた少女は、ジーンもハルも無視し、まっすぐにアレフの元へと駆け寄っていった。そして中腰になったその腕の中に飛び込む。
「 ―――― 」
 すりすりと、甘えるように胸元へ頬を埋める。あまりにてらいのないその仕草に、ジーンはしばし呆気にとられていた。
 それから、ハルの方をじろりと振り返る。
「おい……」
 すがめた目に見上げられて、ハルはそっぽを向いた。口元に手を当て、ほほほと笑う。
 いささかおかしいとは思っていたのだ。いくらハルがお人好しとはいえ ―― しかもその発揮される対象が、実はかなり限定されていると知っているだけに ―― こんな愛想もかわいげもないような青年などのために、わざわざ出発の予定を延ばしてまで力を貸してやるなどとは。
「むちゃくちゃ好みだろ、アレ」
 まだアレフに抱きついたままの少女を指さす。
「……バレちゃった?」
「わからいでか」
 苦笑いする。その表情で怒ってはいないと判断したハルは、そらしていた視線を戻し、しみじみと少女を鑑賞した。
「可愛いわよねえ」
 うっとりとした声で呟く。
 彼女の容姿は、ハルの理想にぴったりと合致していた。ちなみにこの場合の理想とは、恋人にしたいという意味ではなく、ああいった存在になりたいといった自己願望の方である。
 可愛いものや小さいものが大好きで、本当はもっと着飾ったり装飾品を身につけたりしたいハルだったが、いかんせんその見た目が大きく邪魔をしていた。なまじそういったものが好きであるだけ相応に美意識も発達している彼は、己が趣味に忠実になった場合、公害としか呼べぬ存在になることを自覚していた。故に泣く泣く飾り気のない男物の服を身につけ、紅ひとつ引かずに日々を過ごしているのだが。
 ああ、かなうものなら一度レースやフリルのついたドレスを着てみたい。
 夢は可愛いお嫁さん。料理の腕も、裁縫の技術も掃除洗濯、誰にもひけは取らないというのに……
「 ―― ハル、ハル」
 思わず空想の世界にイってしまっていた彼は、ジーンの呼びかけではっと我に返った。
 気づいてみれば、既にアレフはソファに座り直し、その横で少女も膝をそろえて腰かけている。三者の視線が己に集中していた。
「あ、あら?」
 うろたえた声を上げる彼に、ジーンが顔をおおって嘆息する。


 気を取り直すまでに両者ともしばらくの時間を必要としたが、それでもなんとか交渉は再開された。幾度かやりとりを重ね、かろうじて狙われているのはアレフよりも少女、ヴィイの方であるということを聞き出す。
「ふ、ん。ってことは、いざという時にはあんたよりその子を守れってことか」
「そうだ」
 アレフはちゅうちょなくうなずく。
「確かに私も標的にはなっているだろうが……奴らの目的はあくまでこの子を連れ戻すことだから……」
「判った。あんたの負傷より、その子が拉致されないことを優先する。それで良いんだな」
「ああ」
 その表情に迷いはない。あいかわらずほとんど無表情のままだったが、しかし手はしっかりとヴィイの肩を抱いている。彼女もまたアレフに心を許しきっているらしく、服の裾をつかむようにして、青年の身体にぴったり寄り添っていた。
 間違っても子供好きには見えない無愛想な青年と、彼に好意を抱いていることを隠そうともしない、愛らしい少女。
 そのアンバランスさがジーンは気に入った。そもそも子供 ―― というにはいささか育っていたが ―― が懐いているという点で、ジーンが青年に抱く印象はかなり好転している。
「いいだろう。引き受けた」
 言い切った。
 報酬として提示された額はけして充分とはいえなかったが、それでもそう悪い仕事ではない。
 ……ちなみにカインには相談しなくて良いのかというと、これが実は良かったりする。仕事の選択や交渉などは、現在ジーンが一手に引き受けていた。計画の立案などもそうである。ジーンが受けると決めた仕事であれば、よほどのことがない限り、カインから異論が出ることはなかった。
 もっとも彼女自身、少々疑問に思わないではない。ここまで実務外を自分に任せてしまうカインが、はたしてジーンを拾う前、どうやって単独トラブルコンダクターの仕事をこなしていたのか、と。
 まあ、それはともかく。
「では」
「ああ。あんたら二人の身柄はキラー・ビィの名にかけて、俺達が預かった」
 にやりと笑ってみせる。
 年端もゆかぬ少女の顔にはいささか不釣り合いなそれは、己の伎倆ぎりょうをしっかりと把握し、けして過信ではない自信をいだく『男』の笑みだ。
 ゆっくりとソファから立ち上がる。
「そうと決まればさっそく動くぞ。お前にも手伝ってもらうからな、ハル」
 船の整備中に仕事を持ち込んでくれたぶん、それだけの責任はとってもらおう。否やはあるまいな?
 半分近く低い位置から見上げてくるジーンに、ハルもまた物騒な笑みを刻んだ。
「任せてちょうだい。この星で私にそろえられないものなんて、なにひとつなくってよ」
 たとえそれが物資であれ、情報であれ。そこに存在している限り、彼の手に入らないものはない。そしてこの惑星には、たいていの物がそろっているのだ。
 ジーンの優秀な頭脳は、彼らがこれからとるべき行動を、既に幾通りも考え始めていた。


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