2.君影草。 思い出すのは君の面影。
【花から連想5のお題より】
― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
エドウィネルが花壇に植えられたその花を見て思い出したのは、現在、遠き南国にあるはずの、一人の姫君の面影だった。
漆黒の髪に象牙色の肌、薄墨色の瞳を持つかの姫君とその花とは、色彩的にはなんら共通点などないのだけれど。
けれど、なんというのだろうか。
清楚で可憐で小さなその花の、全体から感じられる印象が、どこかひどく似通ったものに思われたのだ。
未だ年若きその身に、コーナ家次期継承者という重責を背負わされた、可憐な少女。
……いや、そんなふうに表現しては、かの姫君に失礼にあたるだろうか。
実際、自分が王太子として立ったのはかの姫君よりずっと年若い頃であったのだし、それ以前にはアルス公爵家の継承者としてそれなりの勤めを果たしていた。ならば男女の差などという愚かな理由であの姫君を哀れむようなことは、ひどく無礼なものの見方であるのかもしれない。
―― そう、実際の所、彼女はそんなにもか弱い存在ではなかったはずだ。
それはわずかな時間、言葉を交わしただけでもすぐに感じられたことであった。
銀鈴にも似た白く繊細なこの花の印象とは裏腹に、彼女はその芯に、とても強く通ったものを備えていた。
自らの領地を愛し、住まう民達をその手で守るのだと決意した、その瞳の輝き。
ただ親兄弟の言うがままに、唯々諾々と婚姻相手に嫁すような深窓の令嬢達とはまた異なった、思わず目を引き寄せられずにはいられない、強烈な吸引力。
それはけして、恋情に繋がるようなものではなかったけれど。
事実、王太子妃たることを望んでいない彼女に、そんな感情を向けるつもりなど欠片も起きはしなかったけれど。
それでもそこに、抗しがたいまでに惹きつけられたのは確かだった。
ただ清楚で可憐なだけの、小さな花にはけして身にまとえぬ、それは妖しいまでの美しさ。
周囲の誰から望まれずとも、自分が望む限り、己はエル・ディ=コーナの地位にあり続けるのだと、きっぱり言い切ったその覚悟の鮮烈さは。
野望、と評されるのかもしれないそんな表明は、本来であれば見過ごしてはならないものだったかもしれない。
彼女の意志よりも、当代公爵たるセクヴァールの意向をこそ尊重し、いずれは彼女の異母弟を次期継承者に据えることを、自分は考えるべきだったのかもしれない。
それでも、選んでしまったのは彼女の言葉の方だったのだ。
そこに宿る、強き意志の ―― けして正しくはないかもしれない、その覚悟の鮮烈さに心を打たれて。
あるいはそれは、毒物にも似ていたかもしれない。
過ちだと判っていながらもじわじわと浸食し、身も心も侵してゆく、艶やかなまでの毒の言葉。
ああ、だからだろうか。
この花に、彼女の姿を重ね見てしまったのは。
そうだ。やはりこの花は彼女にとても良く似ている。
清楚で白く可憐な、銀鈴のような外見を持ちながら、その身に致死量の猛毒をも備えているという、この花は ――
君影草 ―― 鈴蘭の別名。花言葉は「意識しない美しさ」。
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