記憶
 モノカキさんに30のお題より】
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2002/6/25 16:32)
神崎 真


 そんな悲しい美しさは、記憶の中にだけあれば、それで充分なのだから ――


*  *  *


「大丈夫かい、003。少し休んだ方が良いんじゃないか」
 海底に身をひそめたドルフィン号のコックピットで、008が003へと声をかけていた。
 彼女はいつものとおり通信装置の前に座っている。だが、その目は計器類の数値をチェックしているのではなかった。
 顔を上向け、天井近いあたりへと視線をさまよわせている。合わせられた焦点は、遠い ――
 耳元に手を当て、わずかな音さえも聞き逃すまいとするその仕草は、仲間達にとって至極見慣れたそれだった。
 その超視覚で、聴力で、求めるものを探し出そうとするときの、姿。
 だが既に彼女は、何時間もその姿勢をとり続けていた。
 彼女に与えられた能力は、ほかのメンバー達に比して、ひどく地味ともいえるそれだった。しかし作戦行動中において、彼女が果たす役割は非常に大きい。
 索敵、目標物の走査、爆発物の確認に脱出経路の確保 ―― その肉体の強化度合いが少ない彼女にとって、仲間達と共に戦場をゆくことはどれほどの負担になることだろう。まして彼女は、神経を一点に集中することで、自らの肉体をよりいっそう無防備にしてしまうというのに。
 仲間達の誰もが彼女をいたわり、可能な限り守ろうとしていた。それでも003は、仲間達の足手まといになることを、ひどく気に病んでいる。そうして自分ができる唯一のことを、無理を押してでもやり遂げようとするのだ。
「002のことなら、みなが手分けして探してる。心配しているのはきみだけじゃないんだ」
「判ってるわ、008」
 答えながらも、彼女はその目を閉じようとはしなかった。
 遙か彼方、ドルフィン号の装甲と、何十メートルもの海水と、岩と木々とを挟んだ戦場の光景を、ひたすらに見つめ続けて。
 脱出途中、敵の飛行機械に撃墜された002は、密林のただ中へと墜落し、行方が判らなくなっていた。
 呼びかける脳波通信機にも反応はなく、意識を失っているのか、あるいは敵の手に落ち妨害電波の中にその身を囚われているのか、それすらも定かではなく。
 別行動を取っていた003や008らのチームは、既にドルフィン号へと帰投していたが、状況を知って、ただちに救出へと向かった。しかし003の存在は、002の負傷が予測される状態では、足手まといを増やしてしまう結果になりかねなかった。故に彼女は005と交代した008と共にドルフィン号へと残り、離れた場所からその能力で捜索に協力することとなったのだ。
 そして、数時間が経過した現在。
 未だ、002の無事は確認されていない。


 宙を見つめる003が、はっと息を呑んだ。
『004、十時の方向、20m先にロボット兵が二体潜んでる。まだあなたのことには気がついていないようだけれど』 
『判った』
『007も、崖の上に警戒装置が設置されてるから気を付けて。もっと岩壁に近寄れば死角に入れるわ』
『了解、マドモワゼル』
 002の姿を探しながら、同時に仲間達の周囲にも気を配り、敵に遭遇しないよう注意を喚起する。幾つもの場所を同時に見つめ、あらゆる音に耳を傾け。それに必要とされる集中力と、流れ込んでくる膨大な量の情報を処理し続けることは、003にひどい負担を強いた。なめらかな頬から血の気が引き、普段から白い肌が、透き通るような色に変じている。
 しかし彼女は青ざめた唇を噛みしめ、なおも目を凝らし続ける。
「もうそれぐらいに……」
 008が肩に手を置いた。無理にでも休ませた方が良いと判断したのだろう。そっと力をこめて、視線をそらさせようとする。
 しかし003は肩を動かし、その手を振り払った。
「003!」
「黙ってて」
 非難の声を上げる青年に、静かな口調で言いわたす。
 うっすら冷や汗を浮かべながら、それでも彼女は席を立とうとしなかった。
 と、自動扉のすべる音がして、コックピット内にギルモア博士が入ってきた。腕に眠ったままの001を抱きかかえている。振り返った008の視線の先で、博士は驚いたように目を見開いた。
「まだ休んでおらんかったのかね!?」
「そうなんですよ。博士からも止めて下さい。これじゃ、彼女の方が参ってしまう」
「まったくじゃぞ、003。無理はいかん!」
 コントロールパネルの間を大股に歩み寄ってくる。
「いいから休みなさい。そんなことでは……」
 口々に促す彼らの前で、003がいきなり立ち上がった。
 説得が効いたのかと安堵しかけた二人だったが、続く003の言葉に思わず息を詰める。
「いたわ! みんな早く行ってあげて!」
 とっさに脳波通信機を使うことすら忘れたのか。
 せっぱ詰まった高い声が、ドルフィン号のコックピットに響きわたった。
「見つかったのか」
「彼は無事かい?」
 問いかけてくる二人をよそに、003はコンソールに片手をつき、身を乗り出すようにして彼方の光景を見つめる。こめかみに指を当て、仲間達へと情報を伝えていった。
「……ええ、そうその先……大丈夫。負傷はほとんどないみたい。でも動けな……ッ」
 言葉の最後が悲鳴のように途切れた
「駄目! 戦車が集まってきてる。ロボット兵も……急いで、早く!」
『急げって言われても……』
「006は右手の岩に隠れて、次に来る一体が通り過ぎたらすぐに飛び込んで。004はそのまま。先が沼地になってるから、動けなくなる恐れがあるわ。009、加速装置は使える? まっすぐ右手……いまよ!」
 叫びを最後に、一瞬コックピットを静寂が満たす。
 008とギルモア博士が緊迫した表情で003の様子を伺った。彼女はパネルについた手を握りしめ、固い顔で宙をにらんでいる。
 やがて ――
 小さなため息がその唇から洩れた。
「……003?」
 ためらいがちに問いかけたギルモア博士を、ようやく彼女は振り返る。
 青ざめた顔に、うっすらと微笑みが浮かんでいた。
「大丈夫です。009がちゃんと助けました」
「そ、そうか。それは良かった」
 ギルモア博士がほっとしたように幾度もうなずく。008も口元を緩めた。
 立ち上がったままだった003が、ふらりと椅子へと腰を落とす。
 そうして彼女は再び目を宙へと向けた。
「003? もう大丈夫なんじゃろう」
「ええ、でも脱出できるようみんなを誘導しないと」
「それはもう彼らに任せて、きみは」
 008が言いかける端から通信が入る。
『003、すまないが……』
『敵の手薄なところね。今から十秒後に、三時方向の一隊が ―― 』
 即座に反応を返す003は、もはやそれ以上の言葉に耳を貸そうとはしなかった。


*  *  *


 メディカルルームから現れたギルモア博士を、待ち受けていたメンバー達は心配げに見返した。その視線を受けた博士は、彼らを安心させるようにうなずいてみせる。
「大丈夫じゃよ。002も003も、疲労は激しいが負傷はない。しばらく休めば元気になるじゃろう」
「そうですか……」
 一同を代表して、009が安堵の息をつく。
 他の面々もそれぞれに顔を見合わせ、緊張を解いていた。
「やれやれ、大事に至らなくて良かった」
 007が呟けば、その横で006がぴょこんと椅子から飛び降りる。
「安心できたらお腹が空いたネ。あんさん手伝いなはれ。ご飯の支度するヨ」
「へいへいっと」
 じじむさい仕草で腰など叩きながら、007がその後を追う。
 扉の向こうへと消えた二人を見送って、他の面々もそれぞれの仕事へと散っていった。いくら戦闘が一段落ついたとはいえ、まだ気を抜いてしまう訳にはいかない。改めて周囲の警戒に向かう者、搭載機器の点検に向かう者、今のうちに休息をとる者と、手分けしてことにあたる。メディカルルームの前に残されたのは009ただ一人だけであった。
「どうしたんじゃ、009。お前さんもだいぶ無理をしたんじゃ。少し休まないと」
「え、ええ……」
「もしかして、どこか調子が悪いのかね。そりゃいかん、すぐに ―― 」
「あ、いえ。大丈夫です。そうじゃなくて」
「ん? ふむ……ああ!」
 口ごもる009をいぶかしげに眺めていたギルモア博士は、しかし突然何かを思いついたかのように、小さく声を上げた。それからうんうんとうなずいて、嬉しげに両目を細める。
「すまんが009、儂も少し休もうと思うでな、これを中の引き出しへ戻しておいてくれんかの」
 手に持っていたカルテを止めたボードを、強引に009へと押しつける。
「え、はぁ」
「じゃ、よろしく頼むぞ」
 困惑したように受け取った009の背を叩き、ギルモア博士も廊下の向こうへと歩いていく。
 取り残された形になった009は、しばし呆然と立ちつくした。
 が、やがて少し頬を赤くして、メディカルルームの扉へと手を伸ばす。


 002と003は、寝台の上に横たわり眠っていた。
 ギルモア博士の配慮なのだろう。幾つも並ぶベッドの内、二人の使うものは間に何台かを挟み、カーテンで互いを隔ててある。
 頼まれた通り、まずは机に向かいカルテをしまった009は、静かに足音を忍ばせて003の枕元へと立った。
 無機質な白色灯に照らされる寝顔は、透き通るかのように、白い。
 まるで人形のようだと思いかけて、その持つ残酷な意味に気がつき、かぶりを振って思考をふり払う。
 そうして近くの椅子を引き寄せ、ベッドに寄り添うように腰掛けた。
「 ―― きみは、いつも一生懸命だね」
 小さく、けしてその眠りを妨げぬように、ささやく。
「本当は、きみに無理なんかさせたくないのに、ぼく達はいつもきみに頼ってばかりだ」
 003を見下ろすその瞳は、どこまでも優しく、そして苦いものをたたえていた。
 そっと手を伸ばし、額に落ちた前髪を指の背で払う。
「でもきっと、こんなことを言えばきみは怒るんだろうね。自分も00ナンバーの一員なのだからって」
 けして、一人守られる立場になどいたくはない。
 みなが自分を守ってくれるのならば、自分もまたみなを守るのだ、と。
 強い光を瞳にたたえ、彼女はそう宣言する。その細い身体で、涙を忘れない優しい心のままで、それでも彼女は凛と立ち仲間達と共に戦う。
 その強さこそが、自分を惹きつけてやまないのだけれど。
 はじめて彼女と出会ったあの時。改造され、突然放り込まれた戦場で、何も判らないでいる自分へと、まっすぐに向けられたその瞳。爆炎と砲撃のさなか、怯えることなく自分を呼んだその声こそが、あの時なによりも救いとなってくれたのだけれど。
 けれど ――
「……ジョー?」
 ささやくような問いかけに、彼ははっと003を見なおした
 いつの間にか彼女は目を開き、枕元の009を見上げている。
「どうかしたの、なにか……」
 もしやまた戦闘が始まったのか、と。
 起きあがろうとする003を、009はあわてて押しとどめた。
「いや、大丈夫だよ。みんなちゃんと船にいるし、敵の姿も今のところどこにもない」
「……本当?」
「ああ、本当だ」
 疑うようにのぞき込んでくる瞳を、まっすぐ見つめてうなずく。
「起こしちゃったね。ごめん」
「ううん、自然に目が開いただけだから」
 再び横になり直した003へと、009は毛布をかけ直した。そうして椅子から立ち上がる。
「もう行くよ。きみはゆっくり休むと良い」
「ジョー」
 話でもあったのではないかと見上げてくるのに、柔らかい微笑みだけを見せて、009はカーテンをめくりその場から離れた。


*  *  *


 戦場にたたずみ、強い瞳で前を見つめるきみ。
 優しい心を失わぬまま、それでも仲間達のために戦おうとするきみ。
 その強さが、まぶしくて。
 凛と立つその姿が、どこまでも美しくて。
 最初に目を奪われたのは、確かにそんなきみにだったけれど。
 けれど、


 そんな美しさは、幻で良いはずだから。
 二度と見ることの叶わない、ただ思い出の中にありさえすれば、それで充分なはずだから。


 だから、きっと。


 いつかそれを幻にしてしまえるように。
 それをこそ目指して、ぼくは戦おう。


 こんな悲しい美しさは、記憶の中にだけあれば、それで充分なのだから ――


(2003/3/23 11:20)


目指せ新ゼロだったんですが……私の新ゼロのイメージって……
とりあえずジョー、女の子の寝顔無断で眺めたあげく、許可も得ず触れてはいけません(笑)


モノカキさんに30のお題

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