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 迷子  おまけ
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/05/04 18:18)
神崎 真


「で? 幾らだったんだ」
 背後から殴り倒した男を無造作にどかし、ディーは寝台上の相棒へと問いかけた。
「……金貨三枚」
 むっつりと答えたライアファラスが、憂さ晴らしとばかりにその身体を床へ蹴り落とす。
 強引に脱がされた上衣の間から、なまめかしく覗くその白い肌。所々に薄赤い痣の散っているのが、怪しいほどに扇情的で。
 乱れた長い髪をかき上げて、深くため息をつく。
「そりゃまた豪勢だ。ほっといた方が良かったかな」
 小さく口笛を吹くディーを、ぎろりと睨みつけた。
 極上の緑柱石を思わせる瞳が底光りしている。相当に怒っているようだ。
「私は男娼じゃない」
 唸るように言う声は、深みのある男性声テノール。あらわになった胸も、ふくらみなど全くない、男のそれである。
 それでも、洋燈ランプの淡い光の中、寝台上で乱れた衣服をまとうその姿は、最上級の娼婦にも劣らぬ蠱惑的な色香を立ちのぼらせていて。
「そりゃ知ってるけどよ……いい加減、お前も飽きねえか」
 こうして連れ込まれたあげくに押し倒されるの、いったい何度目だ?
 呆れたように呟くディーは、慣れているのか全く動じていない。が、それがごく珍しい反応であることは、いま床の上で気絶している男が証明していた。
「 ―― それ以上言うなら、二度と貴様の前では歌わないからな」
「そいつぁ勘弁」
 一歩身を退き、寝台からのろりと降りるライアファラスに道をあけた。
 吟遊詩人を生業とする彼は、その女性とも見まごう容貌のおかげで、やたらと客に言い寄られることがあった。だが見た目はともかく中身は健全な成人男子である以上、そういったお誘いには、鳥肌と悪寒しか感じるはずもなく。
 客商売であるからと言葉を濁しているうちに、実力行使に及ぶようなろくでなしは、実に数多く存在した。
 そのたびにこうして手を貸してくれる、相棒には非常に感謝していたけれど。
「くそ、また夜逃げか」
 衣服を整えながら、口汚く吐き捨てる。
 ろくでなしとはいえ、相手は町の有力者の息子だ。幾ら非はむこうにあるといえ、たかが一介の吟遊詩人の言葉など、まともに取りあわれるはずもない。むしろそれがお前の商売だろうと、聞き捨てならないことをほざく人種もいた。
 ―― 実際の所、芸人によっては身につけた技だけでなく、肉体自体をも売り物としている者もいる。それはそう珍しいことでもないけれど。
 しかし己の楽と喉に誇りを抱き、事実それにふさわしいだけの伎倆を備えている彼は、芸一本で充分に身を立てることができた。
「せめてもう少し目立たない顔に生んでくれれば良かったのに」
 そんな贅沢なことをひとりごちる。
 無論、それなりに整った容貌は、詩を語るうえでも非常に助けとなる。が、それも過ぎれば邪魔にしかならない。うっとり顔に見ほれるあまり、先刻なにを歌ったかすら覚えていないような聴衆など、芝居の書き割りと変わりがない。
「おら、ぶつぶつ言ってねえで、さっさと用意しろよ」
 気絶した男の懐を探っていたディーが、目的を達したのか立ち上がった。
 上向けた手のひらに光る、金貨三枚。
「おい」
 美人局つつもたせでもあるまいに、盗人の真似事などしてどうする、と。眉をひそめたライアファラスに、青年は悪びれもせず肩をすくめた。
「金貨三枚、払うって言ったんだろ。こちとらおかげで逃げる羽目になるんだ。正当な報酬ぐらいもらってってもいいだろうよ」
 実際この街には着いたばかりで、路銀の残りは果てしなく乏しい。しばらく腰を据えて稼ぐつもりであったというのに、この男のせいで早々に発たねばならないのだ。これぐらいしなければ、無事逃げられたとしても、どのみち路頭に迷うこととなる。
「で、今度はどっちに向かう?」
 一度手の上で弾ませた金貨を隠しへしまい込んだディーは、続けてそう尋ねた。
 地図の読めないこの男は、同行するようになってからこちら、完全に行き先を相棒へと任せきっていた。
「…………」
 ライアファラスは大きくため息をつくと、ばさりと髪をかき上げた。
 成り行きまかせの旅暮らし、どうせあてなどありもせず。
「とりあえず、街を出てからだ」
 行き先を決めるのはそれからで良い。
「了解了解っと」
 うなずき部屋を出る青年のあとを、彼も追って扉をくぐった。


(2003/06/19 11:37)
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おまけ。
とりあえず、日常はこんな感じで。


モノカキさんに30のお題

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