楽園の守護者シリーズ9.5話 番外
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2002/12/14 14:40)
神崎 真


「王都のセフィアールと言えば、数ある騎士達の中でも選び抜かれた高潔の士。貴き血筋と知性教養を兼ね備えた、気高き御方々おんかたがたと、もっぱらの評判だが ―― 」
 フェシリアはため息をつくと、ほっそりとした肘を卓についた。そうしておいて、白く繊細な指で顎を支える。
 それは公爵家の姫君として、いささかどころではなく不調法な振る舞いであった。
 ……が、室内にはそれを上まわる無礼者がいるためか、誰も彼女をたしなめようとはしない。
 その無礼者は、壁際に置かれた長持ちにどっかりと腰を下ろし、乗馬靴をはいたままの片足を無造作に抱え込んでいた。年頃二十代半ば程度と思しき青年。せせら笑うかのように鼻が鳴らされる。
「親の七光りと金に物を言わせた、馬鹿貴族共のステイタス、だろ」
 口の端を上げ、意地の悪い表情を形作った。
「そなたがそれを言うのか?」
「あいにく俺は、金に縁がなくてね」
 その範疇には入らねえんだ。
 うそぶく青年に、フェシリアもまた冷たい笑いを浴びせかけた。
「確かに、財を持っておるようにはまるで見えぬな」
 身を包む青藍の衣装こそ上質なものだが、破邪騎士セフィアールの制服であるそれを除けば、装飾ひとつ帯びるわけでなく。短く刈られた褐色の頭髪も指先の爪も、ほとんど手入れされない荒れたものだ。
 フェシリアは刺繍した上衣の肩につややかな黒髪を流し、淡い桜色に染めた爪を持つ指で茶器をとり上げた。まるで人形のように、手をかけ美しく整えられた姿。同じ部屋にいながらも、彼らはまったく別世界の住人のようにさえ見える。
 しかし……
「てめえで稼いだ訳でもねえ金を、さもてめえの物みたいに使ってる人間に、言われたかねえな」
 茶を口に運ぶ動きが、ぴたりと止まった。
 煙るような薄墨色の目がゆっくり瞬き、見上げてくる青年を映す。
「それは、私のことか」
 低く抑えられた声が、穏やかに問いかけた。
 けして激しい口調でこそなかったが、そこには給仕していた侍女と護衛の騎士が思わず息を呑む、そんな響きが秘められていた。彼らは身動きを止め、様子を伺うように主人と客とを見比べる。
 だが青年は応えた様子もなく、薄ら笑いを浮かべたままだった。
「てめえがそう思うんなら、そうなんだろうよ」
「……なるほど」
 うなずいて、公女は茶を含んだ。香り高い液体を存分に味わい、受け皿へと戻す。
「それだけかよ?」
「少なくとも、私は与えられた富と権利に相応しい仕事はしているし、また今後もしてゆくつもりだ。仮に未だそれが足りておらぬとしても、出世払いと評して文句は出るまい?」
 公爵家の次期継承者として、叶う限りのことはしている。けして父から与えられた仕事を言われた通りにこなしているだけではなく、むしろもっと多くのことをと言う野心すら持って。ならば自分は、いったい誰にはばかることがあろうか、と。
 ためらいもせず断言する彼女に、青年はくくっと喉の奥を鳴らした。
「たいした自信家だぜ」
「そなたにだけは言われとうないな」
 間髪入れずに返る。
 青年は後ろの壁に背中を預け、喉を反らして笑った。実に楽しげなそれに、他の二人がぎょっとする。
 目の前で笑いものにされた公女が、立腹するのではないか、と。しかしそんな気遣いをよそに、公女もまた ―― こちらは上品に口元を隠してだったが ―― くすくすと笑い声を漏らしていた。
「……まったく、この私にここまで傍若無人な口を利くなど、そなたが初めてだわ」
 そう口にするその声音は、青年に負けず劣らず楽しそうだ。
「不服かよ」
「いや?」
 まっすぐに交わされる、強い光を放つ瞳。
 互いに向けられる言の葉も視線も、優しさの欠片すらない、鋭く尖ったそれ。
 だが ――
 傷つけ合うかのようにしか見えぬそんなやり取りが、なぜか楽しくてならなかった。
 遠慮会釈なく、譲ることすらせず、思うことを思うままにぶつけ合う会話。そんなふうに言葉を交わせる相手は、確かに今までにもいたけれど。
 それでも、ここまで歯に衣着せずにいられた相手は存在しなかった。
 公爵家の姫君や騎士団員の一人として……いやそもそも人間として、他者と交わろうとする時に、そこまで礼を失することそれ自体、けして褒められた態度ではなかったが。
「茶の代わりはいるか」
「ああ」
 ようやく笑いを収めて問い掛けた公女に、青年は尊大な態度で応じた。
 公女の合図を受けて、立ち尽くしていた侍女がようやく動き始める。
 刺激的な会話は、まだもうしばらく楽しめるようだった。


(2003/1/10 13:48)


長編オリジナル『楽園の守護者シリーズ』の9話と10話の間にあたるシーンです。正確には、9話目の四章目と終章の間。
ロッドとフェシリアの会話、ほぼ初書きです。実際に9話目を書いていたときには、この二人の会話が想像つかなくて逃げてしまったのですが、よくよく想像してみた結果、こんな感じに。


モノカキさんに30のお題

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