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 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/1/3 13:04)
神崎 真


 冷たい雨が降りそそぎ、あたり一帯を重暗く閉ざしていた。
 流れ落ちる雨水は、地面のそこここで濁った水溜まりを為し、土と埃と灰とでぬかるんでいる。
 底の厚い軍靴が、泥濘でいねいに深い足跡を刻んだ。
 つま先から、じわじわと冷気が這い上がってくる。武器を握る指先も、前髪からしたたり落ちる雫が伝う鼻先も、かじかんでほとんど感覚がない。
 吐くたびに白く煙る息。身を寄せ合い、手分けして周囲をうかがう仲間達の姿も、ただ黒い影としか認識できず。
 ごとり、と。
 瓦礫の向こうから、雨音とは異なるものが聞こえた。
 全員が瞬時に息を呑み、そちらの方へと身構える。
「…………」
 呼吸を数回する間の静寂。
 警戒があたりの空気を緊張させた。暗がりに光る目がせわしなく動き、雨の紗幕の向こうを見すかそうとする。
 高まる鼓動に耐えきれなくなった、その時 ――
 喚声が響きわたった。
 山をなした瓦礫の堆積を乗り越えて、銃器を持った男達が襲いかかってくる。
「待ちぶ ―― ッ!」
 そちら側に立っていた男が、叫びの途中で突き飛ばされたように転倒した。重い音を立てる金属製の鞭が、降りしきる雨粒をはじきながら戻ってゆく。
 金属鞭メタル・ロッドを操る男の横からは、小銃を手にした男が駆け出し、一同のただ中へと飛び込んできた。その男は引き金を引こうとはせず、その先端から伸びた銃剣をひらめかせ、あるいは台尻を叩き込むようにして標的を倒してゆく。
 迎え撃つ方からも、銃声は一発も上がらなかった。己を鼓舞するわめき声と共に、あるいはナイフで、またあるいはただの鉄パイプで、目についた相手へと切りつけ、つき刺し、殴り倒す。
 水しぶきが飛び散り、踏みにじられるぬかるみには、じょじょに金臭いものが混じっていった。敵も味方も混在し、どちらが優勢でどちらが劣勢なのかも判然とはしない。
 激しい水音を立てて、一人が泥の中へと突き倒された。すかさず馬乗りになった男が、両手を首にまわし絞め上げる。下になった男はそれを引き剥がそうとするが、体格が違いすぎた。もがく動きがじょじょに弱いものになってゆく。首を絞めている男が、歯をむき出しにして嗤った。
 と、その表情が急速に凍りつく。
 のろのろとした仕草で背後を振りかえった。その背中に、コンバットナイフが突き立っている。柄まで通れと言わんばかりに深々と刺されたそれに、男は愕然と目を見開いた。
 柄を握る黒髪の青年が、えぐるようにナイフを引き抜く。暗がりの中、墨のように見える液体が勢いよく噴出した。
「 ―― ッ」
 悲鳴を上げてもがく男に容赦なく止めをさし、青年は倒れている男へと手を差し伸べる。
「大丈夫か」
「あ、ああ……助かった……」
 喘ぎながら起きあがった男は、油断無くあたりを見わたした。
 動く影は、既にごくわずかしかいない。
 注意深く顔ぶれを眺め、味方だけが残っているのを確認した。生き残ったのはわずかに5人だけだ。
「クソッ、下衆共が!」
 泥混じりの唾を吐き、足元に転がる死体を蹴りつける。
 相手は、長く続く戦争に飽き、追い剥ぎと化した脱走兵達だった。既に持ち出した弾薬も食料も底を尽き、通りかかる者を襲っては、それを奪おうとする獣以下のやからだ。
 たとえ相手が元いた同じ軍の者であっても、あるいは本来守るべき民間人であったとしても、変わることなく略奪しようとする彼らに、男達 ―― いまだ苦しい戦いを続ける残存兵士 ―― は、蔑みと嫌悪の目を向けた。
 もはや戦況は、文字通りの泥沼と化している。
 もともと内戦に等しかった戦局に、利権を求めて介入してきた周辺国家群。だが戦闘が長引くにつれ、彼らは次々と見切りをつけてゆき、残されたのは国力を失い疲弊した民と、補給を断たれ孤立した派遣兵ばかり。
 もはや奪い合う物資すらも乏しく、先の見えぬ未来に、ただ絶望だけがのしかかる ――
 彼らは重いため息を洩らすと、示し合わせたように空を見上げた。
 降り続ける冷たい雨が、あたりを濡らしていた。
 それは傷ついた身体にも容赦なく降りそそぎ、こびりついた泥と血を、ほんのわずかに洗い流してくれる。
「……行こう」
 やがて、誰ともなく、そう促しあった。
「ああ」
 そうして、あたりを埋める死体を探り、使える物を取り上げてゆく。
 そんな自分達の姿こそ、戦争を食い物にする卑しい追い剥ぎにしか見えないと、判ってはいたけれど。
 ずしりと重い金属鞭を持ち上げた黒髪の青年が、興味深げにそれを眺め、ぐるぐると巻いていった。


 彼らの戦いが実を結ぶまでには、まだ長い年月と多くの犠牲が必要であった ――


(2003/1/3 14:30)


ひそかに持ちシリーズの番外編です。
キーワードは、『金属鞭メタル・ロッド』と『黒髪』。判る方はニヤリとしていただければ……


モノカキさんに30のお題

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