Cry for the moon.
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2002/12/7 10:54)
神崎 真


 見上げた満月は、とても見事なものだった。
 夜景を ―― それも月光下の風景を撮影することが生業となっている私だが、それでもこれほど見事な月に巡り会えるのは、年にそう何度もないことだった。
 思わず右手を掲げ、降りそそぐ光へと手のひらをかざす。
 月光を水のようだと表現したのは、はたして誰の詩だっただろう。
 指の合間から青白くこぼれ落ちてくる様が、まさに澄んだ清水を思わせる。
 視線を夜空から地上へと戻せば、視界に広がるのは広大な砂丘。
 蒼い夜の、静謐な大気。
 細かい砂が風に吹かれて美しい紋を描き出し、降りそそぐ月光を浴びてほのかに浮かび上がっている。
 ―― 月の砂漠というのは、このような光景を指すのだろうか。
 ふと、そんなことを思って、笑った。
 月にある砂漠は、こんなふうな場所だというのか。それとも、月に照らされている砂漠という意味なのか。どちらでも当てはまっていると、そう思う。


 三脚を設置して、カメラを固定する。
 シャッターを上げて、あとはもう、しばらく放っておくだけだった。
 淡く儚いその光が、長い時をかけフィルムに降り積もるまで。


 さくりさくりと、砂の崩れる音がかすかに聞こえる。
 後ろを振り返れば、三脚を立てた場所から今いる所まで、足跡が長く伸びている。
 さざ波のように刻まれた風紋の中で、その部分だけが、調和を乱していた。
 なんだかひどくいたたまれないものを感じて、進む足を止めてしまう。
 自分という存在がこの場にあることで、なにか大切なものを、壊しているような気がして。


 それ以上、足跡を残すのはやめて、そっとその場に腰を下ろした。
 手を伸ばし、指先を砂へともぐらせる。
 昼の熱を放出しきった砂は、ひやりと冷たい感触がした。
 指の間を砂が流れる。その砂も、私の指も、等しく月光を浴びて白い。


 もしも、
 このままここに座っていれば。


 吹く風がやがて砂を崩し、足跡を埋め。
 自分もこの、水底みなそこのような情景の一部に、なれるだろうか。


 ―― らちもない考えが、ふと脳裏をよぎる。


 見上げれば、変わらぬ月が、皓々と輝いている。


 数時間もすれば、この月も沈み、砂丘はそのおもむきを百八十度変える。
 まばゆく照りつける太陽の下では、この静けさも全て消え去り、ただ灼けつくような熱があたりを支配するのだろう。


 もしもこの月を手に入れることができたなら。
 永遠にこの夜空へと、とどめ置くのに。
 そうして、降り続ける月光を浴びながら、いつまでも座り続けて。
 一枚の絵のように、静けさに満ちたこの光景の一部になれたなら、どれほど穏やかにあれるだろう。


 けれどそれは、叶わぬ夢。
 あの月が欲しいのだと、どれほど泣いても手を伸ばしても、その指先はけして届くことなく。
 夢の住人になれる者は、誰ひとりとしていない。


 やがて私は立ち上がり、遺してきた足跡を逆へとたどる。
 そうして戻った先で得られるのは、幻のように消えてゆくこの空気を、ほんのわずかに切り取った欠片。
 手に入ることない永遠を、しのぶわずかな手がかりひとつ ――


(2002/12/7 14:43)


これも自作の番外編。本編は「オリジナル小説」の「夏の夜の夢」以下数編をどうぞ。


モノカキさんに30のお題

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