砂糖菓子  楽園の守護者シリーズ 番外
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/04/15 17:56)
神崎 真


 夏に咲く薄紅の花からとった顔料を、そっと細い筆先へ含ませた。
 そうして艶が出るほどに磨き上げた爪を、丁寧に染めてゆく。
 鮮やかな赤い染料は、生き生きとした桜色の爪に、さらに透明感のある彩りをもたらす。はみ出したりむらの生じることがないよう、細心の注意で筆を運び、色を重ねた。
 塗り終えた指を丁寧に揃え、爪が乾くまでのひととき。柔らかな眼差しを指先へと落とす。
 淡い肌色の少女には、明るい色の染料がよく似合った。
 南国の生まれにもかかわらず、彼女の肌はなめらかな象牙色をしている。濃い色の肌を持つ者ばかりが多いこの屋敷で、いつも彼女の姿は別世界の存在のように浮かびあがっていた。
 流れるような、黒い絹糸の髪。長い睫毛に縁取られた薄墨色の瞳。
 爪と同じ薄紅に染められた唇がほころび、穏やかな微笑みを形作る。


「 ―― このクソ忙しいときに、なにやってやがる」
 傍らからかけられた言葉に、彼女はゆっくりとひとつ瞬きした。それから優雅な仕草で隣をふり仰ぐ。
「爪を、染めておるのだが」
 見て判らぬのか? と。
 鈴を転がすかのような高く澄んだ声が、しかしどこか辛辣に問いを返した。
 余人のいない執務室。少女が座る黒檀の机に片膝ごとのりあげた青年は、読みさしの書類を片手に、見下ろしてくる。
 片方の眉を上げ、すがめた瞳で鼻を鳴らし、
「ンなこと訊いてんじゃねえよ」
 小さく吐き捨てる。
 少女はたおやかに首を傾げ、先を促した。
「ずいぶん余裕だなって言ってんだ。その ―― 」
 と彼は顎をしゃくり、机に積まれた書類を示す。
「山も目に入ってないようだし?」
 唇の端を吊り上げて、意地の悪い笑みを浮かべた。
 未処理の職務が溜まっていく中、いったいなにを悠長に遊んでいるのか、と。
「根を詰めるばかりが能でもなかろう。気分転換というのも、時には必要だぞ」
 そう言って、少女は美しく染まった爪を掲げてみせた。
「なかなか綺麗だろう?」
 ほっそりとした指を、優雅にひらめかせる。
 しみひとつない見事な繊手の指先に、そこだけほんのりと色づく薄紅。
 青年はちらりとそれを流し見て、肩をすくめた。
「手間暇かけて、ご苦労なこった」
 彼の目には、そんな行為など無駄だとしか映らないらしい。実にもって張り合いがない。
「己を飾るのはそれなりに楽しいし、こういう細かい作業は気持ちを落ち着かせるのだがの」
 理解できぬとは残念だ。
 指を引こうとした少女だったが、鼻先をかすめたその指に、ふと青年は興味を惹かれたようだった。表情を変えた青年に、少女も戻しかけた手を止める。
「どうした?」
「……甘い匂いがするな」
 いぶかしげな呟き。
 少女はああとうなずいた。この染料は花弁を原料にしているせいか、ほのかな芳香が残っていた。それに色を溶かす揮発油の匂いが合わさって、乾くまでの間、どこか菓子を思わせる甘い香りを放つ。
 しげしげと指先を眺める青年に、少女はからかうような眼差しを向けた。
「試してみるか?」
 ひらりと指を振ってみせる。
 真実甘いのかどうか、気になるのなら、確かめてみれば良い。
 誘うように揺れる指は、文字通りの砂糖菓子にも似て。たとえるならば神に愛された天賦の才持つ匠が、極上の大理石を刻んだものか。あるいは熟練した職人の手になる飴細工か。
 たおやかな繊指を、青年の無骨な指がつと捕らえ、引き寄せる。
 伏せられた睫毛が、存外長い影を頬に落とした。


「 ―――― 」


 指先へと触れた唇を離し、青年はふぃとあさってのほうを向く。
「……まっず」
 盛大に顔をしかめ、唾を吐いた。
 そうしてすくうように支えていた少女の手を、ぽいと乱暴に放り出す。
「本気で舐めるかそなた……」
 少女はため息をついて手を引き寄せた。
 目を落とせば、せっかく綺麗に塗っていた染料が、にじんでむらになっている。
 どうやらこの青年の、顔に似合わぬ甘い物好きを見くびっていたようだ。


 再び紅筆を取り上げる少女の横で、青年は未だ眉をひそめたまま、舌に残る苦味を何とかしようと水差しへ手を伸ばし。
 少女はそんな青年を笑いながら、改めて爪を染める。
 開け放たれた窓から風が入り、薄い紗幕と机上の書類をそよがせていった。
 それは、忙しい執務の合間の、ちょっとした息抜きの時間 ――


(2003/04/15 22:06)


ネットサーフィンをしていて、某サイトさんでマニキュアネタを読んだら、一気に妄想が暴走したというか(苦笑)
誰と誰かはお察しの通りでございますが、時系列となると……さて……?


モノカキさんに30のお題

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