楽園の守護者シリーズ 番外
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2002/12/11 14:45)
神崎 真


 けたたましい音とともに、陶器の破片があたりへ飛び散った。
 水しぶきが壁を、床を濡らし、黒ずんだ色を広げる。
 すんでの所で壁に叩きつけられた水差しをかわし、ロッドは手の甲で頬へ受けた冷たい雫を拭った。
「はっ、勿体ない真似しやが……」
 嘲るように言いかけたその懐へと、疾風のように飛び込む影。
 反応して動くより早く、鳩尾に拳が食い込む。
 苦鳴まじりの息を吐き、ロッドは前屈みになった。
 だが、一方的にやられるばかりではない。接近した相手の背へと腕をまわし、上着をつかむ。そのまま容赦のない膝蹴りを腹に送り込んだ。
 たまらず丸められた背を離し、とどめとばかりに肘を打ち下ろす。
 必殺を期した一撃はあえなく空を切った。崩れるまま自ら床に転がることで反撃をかわした相手は、数歩の距離をおいて上体を起こす。
 乱れて降りかかる前髪の間から、隻眼が暗い光を放っていた。
 いつもは穏やかに凪いでいるその瞳は、底光りのするすさんだ色を宿してロッドを見据える。
「…………」
 こちらから目を離さぬままあたりをまさぐった手が、床に散乱した木刀を掴んだ。訓練用のそれを握りしめ、じりじりと身体を持ち上げてゆく。
 鋭い呼気が耳を打った。
 風を切り打ち込まれる斬撃。瞬時に身を沈めたロッドは、素早く脇をすり抜け、二歩目でたいを返した。間髪入れず突き込まれた切っ先を、拾い上げた木刀で受け止める。がきりという鈍い音が生じた。
 方向の違う力が拮抗し、一瞬の均衡を生み出す。
 絡み合った木刀ごしに、二対の ―― 否、蒼い一対と焦茶のひとつだけの目が、間近で互いを映し出す。
「……たかがガキひとり目の前で死んだぐらいで、脳味噌ワかせてんじゃねえよ、ぁあ?」
 噛みしめた歯の間から、押し出すように唸る。
「それともなにか? けっこう小綺麗なツラしてたが、あのガキ、そんなに具合でも良かったのかよ」
 鼻を鳴らしてあざ笑うと、アーティルトの喉が低く鳴った。声にならない、くぐもった呻きが洩れる。
 木刀に力がこもり、勢いよく突き放された。続いて嵐を思わせる激しい切り込みがロッドを襲う。
 目で捕らえるには早すぎる動き。木刀同士の噛み合う音が、連続してあたりに鳴り響く。
 まっすぐ顔面を狙ってきた切っ先を、跳ね上げた木刀で脇へと流した。その勢いを利用して、ロッドは大きく一歩踏み込む。
「う……っらぁッ!」
 固い乗馬靴のつま先が、アーティルトの軸足を払った。体重の掛かっていた所をすくわれて、アーティルトはまともに転倒する。にやりと笑いかけたロッドだったが、伸ばされた腕がその下履きを掴み、諸共に引きずり倒された。
 気がつけば木刀はどこかへ飛んでいる。闇雲に突き出した手が互いを掴み、相手を組み伏せようとやっきに動いた。ぶつかった物をひっくり返しながら、上となり下となり、床を転げまわる。
 幾度目かの攻防で、ロッドが馬乗りになった。既に留め具の弾けた襟首を掴み、床へと後頭部を叩きつける。
 さすがにこれは、効いたらしい。
 手首に食い込んでいた指から力が抜ける。
 荒く息をつきながら、ロッドは背中を曲げてかがみ込んだ。頭を押さえていた手のひらをどけ、アーティルトの顔をのぞき込む。
 瞬間、ぎらぎらと光る目がロッドを射抜いた。避ける間もなく伸びた腕が頭を掴み、真っ向から頭突きをくらわせられる。
 一瞬で上下が入れ替わった。
 今度はアーティルトがロッドの頭を打ちつける。二度、三度。繰り返される動きに額が割れ、ぬるりとした血液が床と指を汚した。
 何度目のことか。さすがに息が続かなかったのだろう。一呼吸の間があいた。
 ぜぇと息を吐いて手を止める。
 その瞬間、ロッドの脚が動いた。がら空きになった脇腹を、膝頭がえぐる。
 無理矢理引き剥がされた身体は、そのまま床に転がった。打たれた肝臓を押さえ、ひきつったように痙攣する。
「……ッ……ハァッ」
 ロッドもまた、蹴り出した脚をそのままに、突っ伏していた。
 数度指が床を掻いたが、もはや起きあがる力は残っていないらしい。
 しばらく周囲には、二人の荒い呼吸だけが響いていた。丸められた背が、肩が大きく上下している。


 ―― やがて、


 ようやく動けるようになったのか。
 ロッドがのろりと仰向けになった。大の字に伸ばされた腕が、力無く床に落ちる。
 濁った蒼い目で、天井を眺めた。
「……ったく」
 掠れた声が絞り出される。
 いまだひきつる喉から、ひゅうひゅうと喘鳴が洩れた。
「てめえって、奴は……ここまでやらなきゃ、泣けねえのかよ……」
 ため息まじりに呟いて、咳き込んだ。


 わずかに離れた場所。
 うずくまるアーティルトの背が、細かく震えていた。
 荒いその息の合間から、苦痛をこらえるそれではない、低い嗚咽がこぼれ始める ――


(2002/12/14 14:09)


前々から書いてみたかったけれど、本編には入れられなかったやりとり。


モノカキさんに30のお題

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