シンドローム
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/3/8 0:18)
神崎 真


 日本人は、どうしてそうも桜に心を惹かれるのか。
 降りしきる花びらの中、満開の花を咲かせる大木の根元に立った和馬は、ふとそんなことを思い、梢を見上げた。
 この国には、古来より桜に関する物語や伝承が、数多く存在している。花と表現すれば、すなわちそれは桜であると、そう断言できる時代さえあった。
 それほどに、日本人にとって桜とは、深い意味を持っている花だ。


 ―― 確かに、美しいことは美しいんだがな。


 ひとりごちる。
 ひらひらと舞う薄紅の花弁が、たたずむ和馬の肩に、髪に触れていった。
 ゆるやかな、あるかなしかの微風に乗り、散りゆくその様。
 無意識の動きで右手を挙げ、花びらを受け止めるように差し伸べる。しかしうわむけた手のひらに花びらは乗ろうとせず、すり抜けるかのように身をかわしては、どことも知れぬ場所へと流れてゆく。
 まるで、無骨なその指に触れることを、いとうかのように。
 逃れる小片の行方を追って、和馬は視線を流した。その先で、風に吹かれた花びらが渦を巻いて踊る。
 まるで風そのものが色づいたかのような、薄紅色の旋風。
 ふと気が付けば、立ち尽くす彼を中心にして、全ての花びらが宙を舞っていた。
 耳を打つのは、風に揺れる枝々の、潮騒にも似たざわめき。
 そして視界を埋める桜の花びら。


 頭上を見上げれば、晴れわたった青空の中、天頂を中心に花びらが幾重もの同心円を描いている。
 見つめていると、くらりとめまいを覚えた。


 回転する花びら。回転する青空。
 回っているのは花びらなのか、空なのか。それともそれを見上げる己自身なのか。


 普段であれば、考える必要すらない、判りきった事実。
 それなのに、この花の中ではそんな当たり前のことすら、判らなくなってしまいそうで。


 けれど、
 視線を下ろしてしまえばすぐに解放されるのだろう、そんな錯覚に、それでももうしばらくは、と。
 そんなふうに思ってしまう自分が不思議だ。


 なぜなのか。それを誰かに訊いてみたならば、それこそが桜のもたらす魔力にも似た美しさ故なのだと、そんなふうに答えるのかもしれない。


 ―― 確かに、美しいことだけは事実だ。


 先ほどとはわずかにニュアンスの違う言葉で考えて、小さく笑った。
 実際の所、他の人間がどう思っていようと、関係などないのかもしれない。
 日本人が桜に思い入れを持つ人種であろうとも、そして彼が日本人に属する存在であろうとも、そんなのは些細なことで。
 いまこの時、桜を見上げた和馬自身。
 その彼自身がこの花を美しいと思い、その様に魅せられるのであれば、それこそが全てではないのか?
 どうして心惹かれるのかなんて、そんな理由など求める必要は最初からなく。
 人は、桜が美しい存在だから心を惹かれるのではない。
 人の心を惹きつける存在だからこそ、桜は美しいのだと。


 そんな当たり前のことを失念していたのが、なんだか可笑しい。


 原因は、それを忘れさせてしまう、桜の美しさにあるのか。
 それとも、己の行動に逐一理由をつけ、そして他人と同じ感性を持つことに安堵感を覚えようとする、そんな人間の ―― 日本人の民族性とでもいうべき部分にあるのか。
 どちらにせよ……


「 ―― きれいだな」


 目を細め、舞う花吹雪を見上げる。
 彼にとって、それだけは確固たる事実だった。


(2003/3/8 16:34)


とにかく桜を題材にしたものを書きたくて。
でもって、このところ夜桜ばかり書いていたので、たまには真昼の桜でいってみました。


モノカキさんに30のお題

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