37.5
 モノカキさんに30のお題より】
 ― CYBORG 009 FanFiction ―
(2003/3/2 14:52)
神崎 真


「そんなふうにやってるのって、なんだか格好いいよね」
 唐突にそう言ったジョーに、ハインリヒはふと、グラスを揺らしていた手を止めた。
 うつむいていた顔を上げ、ソファに座る少年を見返す。
「ジョー?」
 不思議そうに問い返した彼へと、ジョーは照れたように笑った。
「大人っぽいっていうのかな。そんな感じがする」
 もたれかかるように壁際の棚へと片肘を預け、残る右手にブランデーグラスを持ったハインリヒは、ゆっくりとした動きでグラスを回転させていた。手のひらに乗せるようにして包み込まれたグラスの中、濃い褐色の液体がとろりとした光を放ち、揺れている。
 夕食後、リビングに場を移して始まった酒盛りも、既に終わりが近づいていた。ギルモア博士やフランソワーズ、朝の早い張々湖などはとうに寝室へと向かい、ピュンマやジェロニモ達も席を立った。残っているのは元来酒好きのグレートと元気な若手二人、そしてハインリヒの四人だけだ。
 グレート秘蔵の上質なブランデーも、既に残り少ない。上等な酒をゆっくり味わう大人二人と、質より量とばかりにビールや水割りを飲んでいる少年達と。それなりにバランスは取れているようだ。
 いかにサイボーグの身体とはいえ、空腹を感じもすれば、酔いもする。有事となれば、即座に体内の酒精アルコールを分解することもできたが、いまはそんな無粋な真似をする必要もなかった。ふわりと浮き立つような心地良い酔いに身を任せ、ジョーはハインリヒへと笑いかける。
 すらりと背が高く、体格も良い銀髪の青年が、ゆったりとくつろいだ風情でブランデーを揺らしている。銀の髪に白い肌、色の薄い瞳に黒いタートルネックのセーター。無彩色に見えがちなその姿に、光量を落とした照明の柔らかな光が、温かな色合いを添えている。軽く足を組み、棚に体重をかける崩れた姿勢が、まるで映画のワンシーンであるかのようにも思えた。
 どこか賛嘆するようなジョーの視線に、ハインリヒは苦笑いを洩らした。
「……格好だけなんだがな」
 そう言って、足の短いワイングラスのような形をしたそれを、ジョーに向けて掲げてみせる。言葉の意味がとらえられず、ジョーは二三度まばたきした。
「え? どういうこと」
「ブランデーをこうやって飲むのはな、手の体温で香りを立たせるためなのさ」
 水やソーダで割ったりせず、のままのブランデーを飲む場合、グラスを手のひらに包むように持つことで体温が伝わり、より芳香を楽しむことができる。映画などでよく見る回転させるようにグラスを揺らす仕草も、それを助けるためのもので、無意味にやっているわけではないのである。
 だが ――
「俺のこの手じゃ、な」
 自嘲するように呟いて、ハインリヒは一口液体を含んだ。確かに香り高い逸品ではあったが、その温度も香りも、注いだ時とほとんど変わっていなかった。それもそうだ。彼の右手に体温など存在するはずもない。手袋の下にあるのは、鋼で出来た無骨な機械なのだから。
「あ……」
 思わず言葉を失ってしまったジョーの横で、それまで黙っていたジェットが呆れたように息をついた。
「ったく、あんたって奴はすぐそれだ」
 舌打ちをして、銀髪の死神を睨みつける。
「酒ってのは楽しく飲むもんだぜ? あんたがなんだかんだと落ち込むのは勝手だけどな、人の気分まで盛り下げてんじゃねえよ」
 ビールの缶を持ったまま、人差し指で相手を指差す。
「まったくだ」
 こちらは窓際で夜景を楽しんでいたグレート。
 既に彼のグラスは空になっていた。いい加減かなり酔っているらしく、禿頭がつやつやと輝いている。だがその口調はいまだいつもと変わらず、軽妙で人を食ったものだ。
 いまも例のごとく、突拍子もないことを言い出してハインリヒを唖然とさせる。
「お前さん、もしかしてマゾかい?」
「……なんだって」
「だからMasochism【マゾヒズム】、いわゆる被虐趣味ってやつだな。最初にこれを言い出したのは ―― 」
「誰が意味を説明しろと言った」
 得々と語りそうになるのを遮って、ハインリヒが唸る。と、グレートは悪びれた様子もなく言葉を切り、肩をすくめてみせた。
「おや、違ったのかな? あまりいつもうっとおしいことばかり言っているから、てっきりそうかと思ってね。これは失礼」
 胸に手を当てて一礼する。もちろん、形ばかりの謝罪である。
「違いねえや!」
 ジェットが爆笑した。両手で腹を抱え、ソファから落ちそうな勢いで笑っている。隣に座っているジョーが、いささか迷惑そうに眉をひそめた。
「ちょっと、ジェット」
 じたばたと暴れる足を押しやり、卓上の空き缶やつまみを避難させる。
 と ――
「……手が温かくなれば、こいつももっと旨くなるんだよな」
 ぽつりと、ハインリヒが呟いた。
 そうしてことりとグラスを置き、棚から離れる。胸の前に持ち上げた鋼の右手から、白い手袋をゆっくりとはずしていった。
「え……おい、ハインリヒ?」
 不穏な気配に気がついたのか、ジェットが笑いをおさめた。歩み寄ってくる男をいぶかしげに見上げる。しかし既にそれは遅かった。
「ちょっと手伝ってもらおうか」
 ちゃきりと突きつけられた五つの銃口。その向こうで、死神が楽しげに笑っている。
「って、あんたもしかして、めちゃめちゃ酔ってるだろーーーッ!?」
 絶叫と同時に響きわたる、マシンガン掃射。
 とっさに加速装置のスイッチを入れたジェットを追い、銃弾は室内を駆けめぐった。当然窓際にいたグレートも標的のひとつだ。
 ―― 確かに、連続してマシンガンを発射すれば、それだけ右手は温かくなるかもしれない。
 しかしそれは普通、温かくなるというのではなく、熱を持つと表現されるのではなかろうか。


 破壊音と悲鳴が響きわたるリビングを背後に、テラスへと避難したジョーは、ほぅとひとつため息を落とした。しっかり持ち出した缶ビールを飲みながら、リビングの方を振りかえる。
「手を温めるのはいいんだけど」
 呟く目の前で、室内が暗くなった。どうやら照明が壊れたらしい。
「グラスも割れちゃってるんだけどな」
 まあ割ったのは本人なんだし、文句はないだろうけれど。
 ひとりごちる。
「それより ―― 」
 ふと見上げた視線の先で、二階の窓に明かりの灯るのが見えた。やはり一番最初に目覚めるのは、耳の良い彼女らしい。まあこれだけ騒いでいれば、耳が良いもへったくれもないだろうが。
 まもなく落ちるであろう特大の雷を想像して、ジョーは小さく肩をすくめたのだった。


(2003/3/2 16:28)


……ギャグ落ちって難しいですね(汗)
っていうか、どこが「37.5」なんでしょう、このお話のヽ(´〜`)/
えっと、いちおう「熱」ってことで、ね。


モノカキさんに30のお題

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