冷たい手  キラー・ビィシリーズ 番外
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2002/12/8 10:57)
神崎 真


「手が冷たい人間は、心が温かいって言うんだよな」
 唐突に呟かれた言葉に、紅茶のカップを傾けていた獣人が、ぱちぱちとその目をしばたたいた。
「ジーン?」
 きょとんとしたように発言者の少女を呼び、首を傾げてみせる。
「俺の故郷では、そんなふうに言うんだ」
 高く澄んだ声に似合わぬ男言葉でそう言って、少女は湯気の立ち上るカップを両手で包み込んだ。ほっそりとしたその指先を温めるようにしながら、紅い液体を少しずつ啜る。
「寒いのなら、もう少し温度上げようか」
 空調の設定を変えようとするのを、少女はかぶりを振ってとどめた。
「いや、充分だ」
「そう? なら良いんだけど……」
 座り直した獣人は、気遣うように彼女を見て、焼き菓子の籠を前へおしやった。できたてのまだほかほかと温かいそれに、少女の頬がわずかに緩む。
 さっそく指を伸ばすのを見て、獣人は縦に長い瞳孔をさらに細めて微笑んだ。
「 ―― で?」
 さくさくと菓子を咀嚼する少女に問いかける。
「それはつまり、手の温かい人間は、心が冷たいっていう意味なのかしら」
「あ、いや別に……そんなふうに考えたことは、なかったけど……」
 つまむ手を止めて考え込む。
 なんとなく、ふと思い出したから口にしただけだったのだが。でもそんなふうに問われると、改めて意味を考えてしまう。
 手の冷たい人間は、心が温かいという。
 ならば、手の温かい人間の心は ―― ?
 黙り込んでしまった少女へと、獣人が手を伸ばした。円卓に載せられた左手へと、そっと手のひらを重ねる。
「ジーンの手は、冷たいわね」
 嬉しそうに呟く。
 大柄で筋肉質な肉体を誇る獣人は、ほっそりとした少女よりもはるかに高い体温を持っていた。そもそも、人種として備わった体質からして、彼らの間には大きな隔たりがある。
 端から見れば、屈強な大男が年端もゆかぬ少女に不埒な振る舞いなど仕掛けていると、そう誤解されかねない光景ではあった。それほどに、少女はあどけなく見えたし、獣人はむさ苦しく見えた。
 だが ―― この二人の内面は、あまりにもその外見からかけ離れたものだった。
「まあ、貴女が温かい心の持ち主だってことは、今さら言うまでもないことだものね」
 にこにこと、上機嫌に弾む声音の女言葉が、獣人の牙を生やしたいかつい口元から発せられる。穏やかではあるが重低音で紡がれるそれは、慣れぬ者にぞわりと背筋を粟立てさせる代物だ。
 一方少女の方はと言うと、至極あっさりと肩をすくめて受け流す。
「そういうお前こそ、たいしたお人好しじゃねえか」
 乱雑な男言葉が愛らしい唇から洩れた。
「そうかしら」
「お前の手は温かいしな」
「 ―― ?」
 今の話の流れであれば、それはおかしくないだろうか。
 疑問をあらわにする獣人へと、少女は根拠を説明する。
「手の温かい人間が温かい心を持ってるってのは、あえて言うまでもない、当たり前のことだろ」
 それは意外でも何でもない、ごくごく自然なことで。
「……でもそうすると、手の冷たい人も温かい人も、みんな同じってことになっちゃうわよ?」
 世の人間、全てが心温かく優しい人達なのだ、と。そんな夢物語のようなことを口にするのには、自分達はいささか世間を見すぎているのではないか?
 もちろん、そんな優しい視点を、見失いたくはないのだけれど。
「確かに、ろくでもない野郎共が、世の中には多すぎるよな」
 少女もしみじみと同意する。
 彼も彼女も、そう断言してしまう程度には、世間ずれというものをしていた。
 だが、と。
 ひとつ息を吐いて、彼女は獣人へと笑いかけた。
「他人の手を取ることを知ってる人間に、悪い奴はいねえよ」
 なぁ?
 手首を返し、重ねられた手のひらをぽんぽんともてあそぶ。
 互いの体温の差を知ること。相手の手が温かいか冷たいかを判断すること。それは実際に触れあってみなければ、絶対にできないことだ。
 互いに手を伸ばし、そうして触れあい、相手を知る。まずそうしなければ、けして言うことのできない言葉だから。
 だから、多分。
「冷たい手でも、温かい手でも、ほんとはどっちだって良いのさ」
 ―― そう。
 重なる手の温度差は、きっとどちらにとっても、心地が良いものだろうから。


(2002/12/11 11:06)


本編は「オリジナル小説」の「キラー・ビィシリーズ」。未来SFものです。
……最初に考えていた落ちを、キャラクター自身に突っ込まれてしまいました(苦笑)


モノカキさんに30のお題

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