携帯電話  骨董品店 日月堂 番外
 モノカキさんに30のお題より】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2002/12/19 11:11)
神崎 真


 かろやかな電子音が、あたりに鳴り響いた。
「はい、こちら安倍と申します」
 コール数回で携帯電話を取り出した青年は、朗らかな口調で応対した。
「ああ、友弘? なに……忘れ物?」
 相手の言葉にひとつひとつ頷き、首を傾げて記憶をたどる。
「う〜ん、ごめん。ちょっとはっきりしないな。いま出先にいるから確認もできなくて……うん。家に帰ったら探してみる。うん、ごめんね」
 見えるはずもない相手に頭を下げて、通話を切り内ポケットへとしまい込む。
 そうしておいて、彼は傍らに立つ男を振り返った。
「 ―― 和馬さん?」
 どうかなさったんですか、と気遣わしげな声をかける。
「お前な……」
 風使い秋月和馬は、恨めしげな声をあげて青年を見返した。胸元を押さえて前屈みになっているため、その視線は普段より低く、上目遣いで見上げる形となっている。
「この状況で、それを言うか!?」
 寄り添うように立つ二人の周囲は、真昼間なのにも関わらず、漆黒の闇に覆われていた。
 手を伸ばした先すらも見通せぬような、射干玉ぬばたまの黒。ただひとつ、青年の腕飾りの勾玉だけが、ぼんやりと光を放ち、かろうじて手元とその近辺を浮かび上がらせている。
 明らかに常ならぬ、異質なる空間。
 闇の向こうからは、ざわざわと異様な ―― 彼らに対する敵意をはらんだ気配が漂ってきている。
「だいたい……!」
 言いかけた言葉を突然切って、和馬はぶんと片手を振り払った。
 その軌跡を追うように、彼らの足元から突風が噴き上がる。
 鋭い音を立てて、なにかが弾けた。勢い良く風壁に突っ込んだモノが、一瞬にして引きちぎられ、消滅する。
 さらに二度三度と風が生じ、同じ数の『なにか』を防いだ。その度に大気が唸り、闇の向こうの気配が敵意を増してゆく。
 和馬は見透かせぬ闇へと視線を投げながら、言葉は隣の青年へとぶつけた。
「携帯の電源ぐらい切っとけ!!」
 手刀を今度は振り上げる。その指先から生じたカマイタチが、いまだこちらへ届かぬモノを、中空でとらえた。
「でも、せっかくかけていらっしゃるのに……」
「他人様に迷惑かけないのが、携帯のマナーってもんだろうがっ!」
 わめきざまかざした手のひらが、青年の顔前すれすれで破裂音をたてた。
「ったく……」
 舌打ちすると、和馬はひと振りして戻した手で、再び胸のあたりを押さえた。
 その手の下で、いまだ心臓がばくばくと脈打っている。


 ―― めちゃめちゃびっくりしたじゃねえか。


 頼むから、命がけのこの状況で、いきなり耳元で着メロ鳴らすのだけは勘弁してくれ、と。
 実にまっとうかつ切実な願いをいだく彼であった……が、それ以前にこの状況で、のどかに受け答えしていたことについては、突っ込まなくても良いのだろうか。


 もう一度携帯を取りだした青年は、素直にマナーモードへと設定変更していた。


(2002/12/19 16:31)


……ええと、『骨董品店 日月堂』より和馬さんと晴明くんのコンビです。
とりあえず携帯を使用する際は、それなりのマナーを守りましょうということで(笑)


モノカキさんに30のお題

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