<<Back  List  Next>>
 十 分裂 4
 特殊次元・特殊生物対策処理委員会特殊処理実働課
 創作小説を書く人に十のテーマより】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
 
神崎 真


『 特殊次元・特殊生物対策処理委員会特殊処理実働課第一課。

 設立は六年前に遡る。前身はさらにその一年前に設立されていた一係。
 当時、特殊処理実働課に所属した遠野美紗子(主任)の発案により、特殊能力を備えた者達を配備して試験的に儲けられた部署であったが、その有用性を認められ一年後に独立。
 一係と呼称されていた際の所属人員は以下の通り。

 係長
 堀江憲章ほりえのりあき 32歳/男/念動能力者

 水垣辰之介みながきたつのすけ 51歳/男/霊能力者
 瀬木潤二せきじゅんじ 44歳/男/肉体強化
 柏崎 香かしわざきかおる 28歳/男/霊能力者
 藤原理恵ふじはらりえ 26歳/女/ダウンジング能力者
 真藤陽一まどうよういち 21歳/男/遠隔透視
 尾崎正治おざきまさはる 21歳/男/オサキ使い

 なお一係が一課へと再編成されるにあたり、遠野美紗子が課長となり、水垣辰之介、尾崎正治、真藤陽一が継続して配属。さらに以下の人員を嘱託採用した。

 片桐らい 76歳/女/霊視能力者
 佐伯和雄さえきかずお 37歳/男/発火能力者
 明石 充あかいしみつる 50歳/男/結界保持 』


 特殊処理実働課オフィスにある自分の机で、拓也は棚から出してきた資料をぱらぱらとめくっていた。
 先日志保の話を聞いて実働課設立当時のことについて興味を覚えたのだが、こうして改めて紙に書いてあることを読んでみても、これといって面白いものは見えてこない。
「『オサキ使い』に『遠隔透視』かあ……」
 尾崎と真藤がそれぞれそう言った区分けをされていた、と。それぐらいが収穫だろうか。
 あとは真藤が最初は大学在学中にバイトとして雇われ、卒業後に正式採用となったことや、志保が水垣に誘われ入ったのがそれと同じ年だったとか、フォンとマオが真藤に見出されたのが今から二年前だったとか、そんなところである。
「遠隔透視……それでこないだは無線越しに指示ができたのか。あれ? でもだったらなんで尾崎さんが間に入ってたんだろ」
 ぶつぶつと呟いている拓也に、その時オフィスの向こうから声がかかった。どうやらさっき出した報告書に不備があったらしい。
「あ、はーい!」
 慌てて返事をして席を立つ。
 放り出されたファイルは机の上で跳ね返り、斜めにばさりと広がった。
 と ――
 たまたま机の横を通りがかった人物が、そっとその紙面に指を伸ばした。
「六年前、か」
 ため息混じりに字面をなぞり、そうしてファイルをとりあげる。
「もうそんなになるのね……」
 呟きは小さなもので、あたりを行き交う誰の耳にも届くことはない。


『じょ……ッうだんでしょう!?』
『なんで俺がそんなのと一緒にやらなきゃなんないんですか』
『俺はゴメンですからね! 絶対にッ』
『まあ、そういきり立たなくても』
『組んでみればうまくやっていけるかもしれないだろう?』
『そうよそうよ』
『試す前から文句言うのはかっこわるいぞー』


『……あの二人を組ますのは、ちょっと無理がないですかね』
『確かに、しばらくはうるさいかもしれないけど……』
『でもこの組み合わせは、どっちにとってもきっと、いい結果をもたらすと思うわ。二人とも、同年代の異能力者とつきあうのは初めてなんだもの』


 耳の奥に蘇るやりとりが、どこか懐かしくも切ないものを感じさせる。
 あの頃は、今のような未来が訪れるとは想像すらしていなかった。
 顔を上げれば、真藤のデスクの前で拓也がなにやらわめいているのが目に入る。そんな彼の子供っぽいさまが、かつての『彼』とそっくりだと言ったなら、拓也はどんな反応を見せることだろう。
 美紗子はもう一度ため息をつくと、小さく音を立ててファイルを閉じる。
 そうすることで、己の追憶をも断ち切ろうとするように ――


◆  ◇  ◆


 遠隔透視。
 そう一言でくくってしまうには、彼の能力はあまりに多岐に渡っていた。
 遠く離れた場所も、障害物を隔てた向こうも、彼にとっては容易く当たり前に見通すことができた。
 常人の目に映るはずのない【歪み】も、周囲に擬態し息をひそめた【妖物】も、彼は簡単に見つけてみせた。
 それどころか、意識を向けたものが経てきた過去も、時として未来も、彼のその黄金きんの目には映り続けていたのだ。
 そんな彼が、人間不信に陥っていたのは、ある意味当然といえただろう。
 誰しも人には言えない秘密の一つや二つ、持っているものだ。そうして『それ』に踏み込まず、互いのプライベートを尊重することは、人間同士がつきあっていく上で大切となる、基本的な礼儀だと言える。
 それなのに彼は、幼い頃から望むと望まぬとに関わらず、すべてを目にし続けてきていた。大人達が隠そうとする汚さも、友人達が持っているずるさも、そして誰もが見ることも知ることもないまま過ごしてゆく、過去に起きてきた様々な惨劇をも。
 そして彼の最大の不幸は、彼が先祖帰りであったことだったかもしれない。
 真藤まどう真透まどう
 いにしえより代々と続く、真実を見透かす物視ものみの一族。
 しかし長き年月で血は薄まり、その能力もまた弱まりつつあった。薄い壁を見通すのがやっとの者、気が遠くなるほど集中してやっと対象物の過去をかいま見る者、そんな者達ですら、数代おきにしか現れなくなった現代に、伝説として伝えられる始祖のそれをもしのぐ能力ちからをもって生まれた子供は ――
 その能力の存在を信じ、その性質を理解する一族に囲まれていたがこそいっそうに、彼は怖れられ、ねたまれ、そして疎んじられたのではなかったか。


 そして、いま一人はオサキ使い。
 同じように、血筋によって受け継がれる憑き物筋の、最後の継承者。
 本来は血族の中でも女性にしか取り憑かぬはずのオサキ狐。だが純粋な血を引く血族は、既に彼しか残っていなかったのだ。故にこそ、オサキは彼を飼い主として選んだ。たとえ成人した彼が子を為したとしても、既にその子が一族以外の腹から生まれざるをえない以上、彼の後にかの獣を継ぐ者は存在しない。文字通り、最後のオサキ持ち。
 未だ物心つくより早くかの獣を継いだ彼は、故にこそ注意深く育てられた。
 飼い主の望みを読みとる獣。それは理性の制約を受けることなく、無意識のうちに抱いた暗い欲望でさえ、ためらうことなく叶えようとする。
 だからこそ、少年はなにも望むことを許されなかった。
 ほんのわずかな願いすら、オサキの暴走を引き起こすきっかけになるからと。
 彼を育てた大人達は、オサキを利用しようとはしなかった。頑是無い子供を手なずけ、己らの欲望のために行使しようとはしなかった。そのことは評価できるかもしれない。
 それでも ――
 なにひとつ望むことなく、己の命すら存続を願わず、ただ硝子玉のような目を周囲に向けるだけだった彼は、もはや息をするだけの生人形としか呼べなかったのだ。


 そんな、二人を出会わせたのは【特処】と美紗子。
 過去も隠された欲望も、すべてが見えてしまう青年に、過去も欲望も持たないオサキ持ちを。
 なにひとつ望もうとしないオサキ持ちに、他人を疎み排斥しようとしながらも、心の底では誰かを信じたいと、そんな願いを捨てられずにいた青年を。
 彼ら二人は、きっと互いに互いの欠けたところを埋めていけるだろうと、そう信じて。
 そしてそれはある意味、間違ってはいなかったのだけれど。
 若く未熟な二人を暖かく見まもっていた一係の仲間達と共に、彼らは無器用に、そして少しずつ、友情を育みつつあったのだけれど ――


「美紗子さん?」
 唐突に掛けられた言葉に、美紗子ははたと現在に立ち戻った。
 息を呑んでふり返れば、辰之介が傍らに立ち、美紗子が手にしていたファイルを見下ろしている。
「懐かしいものを見てらっしゃいますな」
「……ええ」
「あの事件からもう六年になるんですか」
 美紗子と同じ事を呟いて、辰之介も嘆息する。
「思えば、この間の件は、良く似てましたな……」
「そういえば、そうですね」
 美紗子はうなずいた。
 人気のない、広い倉庫街で行われた探索。幾つとも知れぬ【歪み】が大量に発生し、それに付随する【妖物】も数多く存在していた。動かせるだけの異能力者を投入した、特殊処理実働課一係が設立されてから最大の事件。
 そして ―― 最後の事件。
 その件での働きを認められ、一係は正式な課へと昇格する事が決定された。
 しかしそれはけして、喜ぶべき出来事ではなく。
「認めてくれるなら、どうしてもっと早く……そうすれば、彼らは……」
「…………」
 呻くような呟きに、辰之助は答えることなく、無言でかぶりを振るに留まった。
 今さら言ったところで、どうにもなりはしないのだと告げるように。
 そうして彼らは示し合わせたような動きで、オフィスの向こう側へと目をやった。そこには拓也を相手ににこやかに笑う真藤と、同じようにそれを見まもる尾崎の姿がある。
 それは一見すれば穏やかな、心温まる光景に他ならなくて ――


<<Back  List  Next>>



本を閉じる

Copyright (C) 2007 Makoto.Kanzaki, All rights reserved.