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 十 分裂 1
 特殊次元・特殊生物対策処理委員会特殊処理実働課
 創作小説を書く人に十のテーマより】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2005/09/21 08:34)
神崎 真


「じょ……ッうだんでしょう!?」
 まだ少年の響きを残す、若々しい声が室内に響きわたった。
「なんで俺がそんなのと一緒にやらなきゃなんないんですか」
 勢いよく上げられた手の指先が、正面に立つ人物をまっこうから指差す。
「俺はゴメンですからね! 絶対にッ」
「まあ、そういきり立たなくても」
 そんな彼を、穏やかな笑みを浮かべた上司が穏やかにさとしている。
「組んでみればうまくやっていけるかもしれないだろう?」
「そうよそうよ」
「試す前から文句言うのはかっこわるいぞー」
 周囲を取り囲む形になっている同僚達が、半ばはやし立てるかのような声をかけている。
 からかい混じりとしか聞こえないそれに、輪の中心にいる一人は顔を真っ赤にし、もういっぽうは対照的に、静かな面もちでただあたりへと視線を投げていた。


「……あの二人を組ますのは、ちょっと無理がないですかね」
 離れた場所からそんな様子を眺めていた辰之介が、問いかけるように傍らの美紗子を見やった。視線を向けられた管理職たる彼女は、わずかに口元を緩め、微笑んでみせる。
「確かに、しばらくはうるさいかもしれないけど……」
 一度言葉を切って、彼女はなおも続く騒ぎを眺める。
「でもこの組み合わせは、どっちにとってもきっと、いい結果をもたらすと思うわ。二人とも、同年代の異能力者とつきあうのは初めてなんだもの」
 ぶつかり合って当たり前。
 けれどそうして衝突することさえも、彼らにとっては成長の糧となるだろう。
 そう呟く美紗子の口調には、しかしどこか祈りにも似たものが滲んでいた。
 そうあるはずだと確信するのと同じだけの、願う想いがそこにはある。


 ―― その選択を、のちに心底から悔やむことを、当時の彼女は知る由もなく。
 それでもどこか、予感めいたものはあったのだろうか。
 過ぎてしまった先では、何も言えることなどなかったのだけれど。


◆  ◇  ◆


「たーくーやっ」
 呼びかけと同時に背中からのしかかられて、拓也はこらえきれずに机へと突っ伏していた。
「ちょ……だーッ! 重いっ、離せっ」
 じたばたと暴れながら肩越しに背後をかえりみる。
 すがめた目でにらみ上げられて、体重をかけてきていたクラスメートは拓也を解放した。両手を上げてひらひらと振ってみせる。
「なんだよ、何か用か?」
 机の中身を鞄に詰める作業を再開しつつ、拓也はそう問いかけた。その声にはまだ不機嫌な響きが色濃く残っていたが、中学の頃からつきあいのある友人は、特に気に止める様子もない。
「いやさ、お前最近つきあい悪いし。久しぶりにゲーセンでも行かね?」
 いろいろアレなのは判るけどよ、と後ろに付け足してくる。
 半年ほど前に祖母を亡くしてから、拓也の生活は一変していた。高二で一人暮らし、というだけならば、さほど珍しいことでもないかもしれない。だが家族を含めた身寄りが誰ひとりとしておらず、身のまわりの世話や日常生じてくるもろもろの雑事手続きすべてを自分で行わなければならない。ましてや仕送りなど一銭も存在していないとなると ―― これはかなりの大事である。場合によっては生活のため、退学してもおかしくはない状況だ。
 そのあたりは友人達もそれなりに感じているのだろう。早退や欠席が増え、誘いも断ってばかりの拓也に対し、どうこう言ってくる人間はほとんどいなかった。
 それでももう半年。
 最初の頃は腫れ物にでも触るかのように、どう接すればいいか戸惑っていたらしい彼らも、近頃ではまたかつてのように気安げな声をかけてくるようになってきていた。もちろんそれは、拓也にとってもありがたいことで。
「んーどうしよっかな……」
 思案する拓也に、横から別の友人が口を挟んでくる。
「1ゲームぐらいならおごるぜ」
「あ、俺も」
 数人が我も我もと手を上げた。ひとり1回でも重なればけっこうな回数分だ。
「いやそれは良いんだけどさ。バイト代入ったばっかだし」
 ぱたぱたと手を振る拓也だったが、なんだよ遠慮すんなよという言葉と共に周囲からどやされる。
 幾分短気で騒々しいところこそあるものの、なにかあっても後に引かないさっぱりした気性や裏表のない判りやすさなどから、拓也の友人知人はそこそこに数多い。同年代より少々小柄な体格のせいで、女子生徒あたりからは可愛いなどという表現をいただくこともあるぐらいだった。当然拓也はそのたびに可愛い言うなーっと暴れるのだが、彼女らに言わせると、そこがまた可愛いらしい。
「なんか用事あんのか」
「今日はバイト入ってないんだろ?」
「そうなんだけどさ」
「けどなんだよ」
「……洗剤が切れてて」
「はい?」
「だからっ、昨日洗濯しようと思ったら洗剤がなくて。買って帰って洗わないと、明日着るもんが……」
 口ごもる拓也は耳元が赤く染まっていた。どうやら洗い物をため込んでいたのが恥ずかしいらしい。
 本来なら洗濯や炊事など、この年齢の少年が気にすることではない。実際、いま彼を取り囲んでいるクラスメート達はみな、汚れた服など黙って洗濯機につっこんでおくだけである。そうしておけばきれいに洗い上がったものが、畳まれてタンスに入っているのがあたりまえの世代なのだ。
「……拓也」
 ぽん、と一人が肩に手を置く。
「なんだよ」
「お前……見かけによらずけっこう豪快だよな」
「は?」
「いやだって普通は一枚ぐらいパンツ残ってるうちに気付くだろ」
「んだんだ」
「もしかして寝床にキノコ生えてたりしないか?」
「三角コーナーに虫がうぞうぞと」
「うひーっやーめーてーっ」
「ばッ、そんなわけ……」
「よっしゃ、今日はみんなで拓也ん家いって大掃除といくか!」
 ひとりが声をかけると、あたりにいた数名がおおっと賛同の声を上げた。
「なに言って……ゲームしに行くんじゃなかったのかよ!?」
「ゲーセンなんざいつでも行けるっての」
「拓也んトコ、いっぺん行ってみたかったんだよな」
「なんならなんか食うもんも買ってくか?」
「いいなそれ」
「洗剤買ってくとしてー、ゴミ袋あると思うか?」
「ないだろ」
「雑巾もあったほうがいいんじゃないか」
 わいわいと勝手に相談をまとめている友人達に、拓也はなんとか止めようとすがりつく。
「ちょ、だから待てってば」
「なんだよ、見られて困るものでもあるのか?」
 ベッドの下とか、馬ッ鹿そりゃお前だろ、という会話の後にどっと笑いが起こる。
 いやだから話を聞いてくれ頼むからと拓也が泣きそうになったとき、あたりにぴろぴろという間の抜けた電子音が鳴り響いた。
 聞き覚えのあるその音に、一同がぴたりと動きを止める。
「あー……」
 携帯を取り出して相手を確認した拓也は、へらりと笑ってみなに液晶画面を向けた。
「わり、バイト入った」


 学生鞄片手に校門から走り出た拓也を、道路の向かいで待っていた尾崎が手を上げて呼び止めた。
「悪かったね、急に呼び出して」
 駆け寄ってくる拓也に、ワゴンのドアを開けてやりながら言う。
「あ、いえ。どっちかってーと、助かったッス……」
 ぺこりと会釈して乗り込むと、尾崎も背を丸めるようにして続いた。
「出して下さい」
 シートに座りながら運転手に告げる。
 拓也は背もたれに寄りかかると、深々とため息をついた。
 いいタイミングで呼び出しを受けたおかげで、友人達のお宅突撃攻撃をかわすことができた。いくら気のおけない間柄とはいってもやはり、散らかしまくったあの部屋を見せるのは気が引ける。せめて洗濯物だけでも片づけてからでないと、と。
 そんなことを考えている拓也だったが、それでも判ってはいるのだった。つまるところ彼らは、拓也と放課後を共に過ごしたいと思ってくれているわけで、それがゲームセンターでのお遊びだろうが、拓也の家での大掃除だろうがいっこうに構わないと言ってくれているのだ。それは非常にありがたいことだ。それはもう本当に、思わず涙がにじみそうになるほどありがたいことではあるのだ。
 が ――
 せめて前もって予告してからにして欲しいと、つくづく思ってしまう拓也だった。
 そして目先の騒動をかわすことができたと安堵している彼は、いつもであれば文句のひとつもつけているだろう飛び入りの仕事を、むしろみずから率先して引き受けてしまったことに、まだ気付いていなかったりする。
「今日のはどんな感じなんですか?」
 問いかけると、尾崎は数枚のコピー用紙を取り出した。シートごしに受け取って目を落とすと、一枚目に湾岸倉庫の地図。同じような大きさ、形の建物が、かなりの範囲に広がっているようだ。間を縫うように走る網の目状の道は、一見規則的なようでいて、その実ところどころで微妙にずれたり角度を変えたりしている。端的に言えば、非常に入り組んだ迷いやすそうな場所だ。
「一般人はほとんど立ち入らない区画だから、多少暴れても大丈夫だよ」
「暴れてって……そんな志保さんやフォンさん達じゃないんですから」
 呆れたように尾崎を見返す。
 時にカマイタチやつむじ風を炸裂させる志保だの、巨大な剣でドアでも机でも両断してしまうフォンだのとは異なり、拓也の持っている能力はいたっておとなしいものだ。一緒にされるのは心外である。
 尾崎は狭いシートの中で窮屈そうに振り返ってきた。
 体つきだけなら一課二課を含めた実働課の中でも指折りの彼である。広いワゴンタイプの車だとはいえ、かなり狭い思いをしているようだった。
 もっともそれほどの体格を備えていながら、彼のまとう雰囲気はごく控えめなもので、場合によっては同じ室内にいてさえ気が付かないこともあったりするのだが。
「今回は彼らもいっしょだから、一応ね」
 そう告げる声音も実に穏やかで、拓也はついそのまま素直に納得しそうになる。
 が、かろうじて寸前で思いとどまった。
「彼らもって、フォンさんがいるってことはマオさんもですよね。それで志保さんもって……俺、いらないんじゃないんですか?」
 眉をひそめて次の書類をめくった。
 退魔剣士のフォンと符呪士マオのコンビがいれば、たいていの【妖物】はカタがつく。マオは【歪み】を見ることができるから、そちらへの対応もバッチリだ。同じく志保の風刃も、屋外ならばほとんど無敵。海沿いで風が強いことを考えれば、彼女がもっとも得意とする現場フィールドだろう。そして大気の流れを読む彼女もまた、【歪み】の存在を察知できる。
 となると、自分の出番などないのではないか。
 確かにこれまでだとて、拓也などいてもいなくても変わらないだろう現場に呼び出されたことは幾度もあった。それはおそらく仕事に慣れさせるためと ―― そして出勤回数を増やすことで、拓也の収入に幾らかでも色を付けてくれようという ―― 彼らなりの心遣いだったのだろう。だがそれらの場合でも、志保と拓也、マオとフォンのコンビに拓也といった、二人(あるいは一組と一人)の取り合わせがほとんどだった。こういった具合に複数の能力者をひとつの現場に集めたためしは、これまで拓也の経験にないのだが。
「いや、ちょっとばかり手が足りなくてね」
 【歪み】のレベルそのものはたいしたことがないし、【妖物】も小型のものなんだけど、と補足する。うながされて見た二枚目の資料には、【妖物】のデータが記されていた。確かに大きさはせいぜい猫か小さな犬ほどのサイズとある。動きこそ素早いものの、武器になるのも小さな爪と牙だけ ―― 【歪み】のむこうから現れる生き物にしてはかわいい方だ。
 ただ、ひとつだけ気になる記述が。
「分裂、する?」
 その部分を声に出して読み、拓也は顔を上げた。振り返ったままの尾崎と視線が合う。
「そう、分裂するんだ」
 当たり前のような表情で、大真面目にうなずかれた。
「えーと……」
 拓也はもう一度資料に視線を落とした。【妖物】の習性や大きさといった情報と共に、写真が載せられている。コピーのせいで潰れかけてこそいたが、手の長い猿に似た姿をしているのは判った。体表も黒い毛皮に覆われており、多少顔つきが妙なことを除けば、どこかの原生林あたりにいてもおかしくなさそうな見た目だ。
 これが、分裂する? ゾウリムシとかアメーバとかいったタイプのものならばともかく、こんなしっかりした形をした生き物が、どうやって?
「口ではちょっと説明しにくいな。実物を見てもらった方が早いと思うよ。あとどうも【歪み】の数もひとつじゃないみたいでね。だから手分けして探してほしいんだよ」
「……はあ」
 もはやそうとしか答えようがない。
「そうだ、特別手当出すようにって、総括課長から」
「あ、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる。
 一課と二課を含む特殊処理実働課全体を総括する立場にいるのが、遠野美紗子。かつて異能力者達の雇用を委員会上層部へと進言し、結果として試験雇用された能力者達を、現在の一課の前身である実働課一係として組織した女傑である。のちに一係が課へと昇格したのに伴い課長へと就任した彼女は、さらにその後一課の指揮を後進たる真藤に譲り、自身は一課二課をともに指揮する総括課長へと就任している。
 そんな美紗子の叔父はやはり異能力者で、拓也の祖母と古い知り合いだったらしい。そんなところから親近感を覚えるのか、彼女は拓也にもなにかと良くしてくれていた。どこか迫力のある押しの強いこの上司に、拓也はそこそこ好感を持っている。
 ……少なくとも、次に何をするかまったく予測の付かない直属の上司よりも、はるかに信頼がおけるというものだ。
「そろそろ着きますよ」
 運転席からそう声が掛かった。
 窓の外を眺めてみれば、流れる景色は既に人気のないものに変わり始めている。時おり立っているのは、見慣れたカーキ色の制服を着た男達だ。棒状のライトを振りながらワゴンを誘導している。
 フロントガラスの向こうに、いつもの仮設本部が見え始めていた。


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