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 五 無知
 特殊次元・特殊生物対策処理委員会特殊処理実働課
 創作小説を書く人に十のテーマより】
 ― Makoto.Kanzaki Original Novel ―
(2003/08/16 09:50)
神崎 真


 事前の説明は、充分に受けていた。
 冗談のような話だとは思っていたが、それでも嘘や誤魔化しなどではないのだと、頭では理解していたつもりだった。
 それでも ――
 実際にその『現実』を目の当たりにして、拓也は自分が何も判ってはいなかったのだ、と。
 そのことをまっこうから突きつけられたのだった。


◆  ◇  ◆


 初仕事だよ、と連れて行かれた先は、雑然とした喧噪に満ちあふれていた。
 拓也の感覚でもっとも近いものを捜せば、イベント会場の裏方とか、あるいは学園祭の前の日といった、そんな雰囲気だろうか。関係者以外立入禁止のロープを幾度もくぐり、地を這う網の目のようなコード類を、踏まぬよう気をつけてまたいでゆく。
 地面や折り畳み式のラックには、様々な機材が並べられていた。それらはいずれも拓也の知識では理解できないものばかりだ。せいぜいモニタとかキーボードとかいった、個々の部品名が判るぐらいである。
 あたりを行き来するのは、二通りの人種に大別されるようだった。片方は白衣を身につけた、いかにも技術者然とした人間。彼らはたいてい、機材にとりついて調整を行っていたり、あるいは書類を挟んだボードを手に、急ぎ足に歩き回っていた。そしてもう一方は、カーキ色の制服にヘルメットをかぶった、屈強な男達である。腰に警棒をぶら下げ、無線で互いにやりとりしつつ、周囲を警戒している。拓也の目からは、機動隊とか自衛官といった類にしか見えなかったが、実際にはまったく異なる組織であるのだそうだ。詳しい説明もきちんと受けたのだが、あいにく拓也にはよく判らなかった。まぁ要するに、【歪み】の向こうからやってくるという、化け物専門の戦闘部門だと、そういうことらしい。
「特殊次元・特殊生物、処理……なんだったっけ?」
 ちょっと首を傾げる。
 あまりにも長い名称は、二三度聞いただけではとても覚えきれなかった。そもそも説明をしてくれた関係者達も、たいてい【特処】と略して呼んでいたのだ。
 前触れもなく祖母を失い、途方に暮れかけていた拓也の前へ、突然現れた彼ら。
 いや、突然というのは語弊があるかもしれない。【特処】の代表者として最初に話を持ち込んできたのは、拓也も以前から見知っていた人物だったのだから。
 真藤陽一、という名のその青年は、拓也がまだ小学生の頃から、しばしば彼の家に出入りしていた。まだ三十にも達していない年若い青年が、なぜ高齢な祖母と知り合いだったのか。皮肉にも祖母を失ってはじめて、拓也はそれを知ることとなった。
 祖母は週に一度、パートタイムの仕事に出ていた。拓也が塾で遅くなる日と合わせたその仕事がどんな内容であったのか、祖母はまったく拓也に語ろうとはしなかったのだが。
 その仕事内容こそが、真藤と祖母との間を繋ぐものであり、そして拓也が現在この場へ足を運んでいる理由でもあった。
「拓也くん?」
 少し離れた場所から名を呼ばれて、拓也ははっと顔を上げた。
 いつのまにか先導していた人物 ―― 真藤との間に距離ができていたらしい。慌てて小走りに駆け寄ってゆく。
「珍しいのは判るけど、先に説明を訊いてから、ね」
「あ、はい。……ごめんなさい」
 上目遣いに見上げると、黒太縁の眼鏡越しに、暗灰色の瞳が微笑んでいた。大きな手のひらがぽんと優しく頭へ乗せられる。
 遊びに来るたび、おいしいお菓子をくれたり、勉強を見てくれたりしたこの青年に、拓也は自然と懐いていた。だからこそ彼が持ってきた、最初はいささかうさん臭いと思えた仕事についても、話を聞いてみようかという気になったのだ。
 今度は遅れないよう注意してたどり着いたのは、車五台分程度の狭い駐車場であった。現在止められているのは、箱形のワゴン一台のみだ。そのすぐそばに仮設テントの本部が置かれ、開いたままのワゴンからケーブルを引いた機材が、何台も設置されている。
「こっちこっち」
 真藤が手招きして、折り畳み式の会議机へと拓也をいざなった。その声に、あたりにいた人間がいっせいに顔を上げ、拓也の方を見やる。
 見知らぬ人々に注目され、拓也は思わずしり込みした。ただでさえ、若い拓也は場違いな存在である。しかも授業中に呼び出しを受けたため、学生服を着たままである。その姿は完全にあたりの空気から浮き上がっていた。
「どうしたの、ほら早く」
 立ち止まった拓也を、真藤は繰り返し差し招く。彼はあたりの雰囲気などまるで気にしていないようだ。
 ―― のちに判ったことだが、【特処】の実働課内でも特に第一課に属する人物達は、そろいもそろって変わり種と評される者ばかりであった。いささか着崩しぎみとはいえ、それでもネクタイ着用の真藤などかわいい方で、深夜でも顔半分を覆うサングラスをはずさない美女だとか、フリーター顔負けの茶パツにピアスの元中国人とか、一言もしゃべらず大剣をぶらさげて歩く無表情な男などなど、目を引く人物ばかりが取りそろっている。その点は拓也の祖母もいい線をいっていて、自衛隊まがいの武装した男達が行き来する中、上品な着物姿で微笑んでいる老女の姿は、【特処】内でも名物であったらしい。
 それはさておき。
 会議机で随所に書き込みのある平面図を広げた真藤は、内容を確認するよう拓也を促した。
「きみに見つけて欲しいのは、何度も説明しているように、次元の【歪み】だ。きみが子供の頃から何度も見てる、黒いもやのもっと濃いいものだよ」
「……はい」
 緊張した面もちで拓也はうなずいた。
 幼い頃から、幾度も目にしてきた、黒いもや。教師も友人も、祖母以外の誰ひとりとして見ることのできなかったそれを、彼らは見つけてほしいと言うのだ。
 彼らによれば、それは『次元の歪み』というものなのだそうだ。正確に言えば、次元が歪む、その兆候。あの黒いもやが、もっと大きく、濃くなり、やがて別のどこかへと繋がる穴に成長する。そうなった時、その穴から現れる別次元の存在は、こちらの世界の生き物とあまりにも違いすぎるという。だからこそ、とても歓迎できるようなものではないそれらがこちら側へ大量に流出しないよう、開いてしまった穴を早急に塞ぐ必要があるのだ、と。
 しかしこれまで拓也が経験してきたように、その【歪み】は一般人の目に映らないものだった。
「【歪み】を発見する方法は二通り。ひとつはこれ」
 言いながら、真藤は卓上にある警棒のような物を持ち上げた。持ち手から1mほどの長さに金属の棒が伸び、その先が直径3cm程度のリング状になっている。持ち手の端からは二本のコードが生え、腰に止める形のバッテリーへと繋がっていた。
「この先っぽが【歪み】の中に入ると、手元のランプが光るようになってるんだ」
 ぶんぶんと目の前で振ってみせる。見た目よりは軽いようだ。
「でもこれってすごい手間なんだよね。人海戦術でしらみ潰しにしても、なかなか大変だ」
 ため息をついて机へ戻す。
 それもそうだろう。先端が【歪み】に接触しなければならないのであれば、文字通り手探りの作業である。たとえある程度の範囲は事前に限定されているにせよ、空間に印をつけられない以上、いかにくまなく探ったつもりでも、どこかしら調べ落としが出てきそうなものだ。まして【歪み】が手の届かない高さにでもあろうものなら、それこそ数日がかりの作業ともなりかねない。
「そこでもっぱら期待されているのが、目標を直接視認できる人間に発見してもらう、というやり方でね」
 唐突に声が割り込んできた。
 同時に二人の間に手が伸びて、紙コップに入ったコーヒーを並べてゆく。
「あ、えと、尾崎さん」
「こんにちは。よろしく頼むよ」
 盆を手に笑いかけてきたのは、仕事の説明や雇用契約の折り、何度か顔を合わせた尾崎という男だった。やはり第一課の所属で、もっぱら事務処理等内務を担当しているそうだ。中肉中背の真藤と比べて、頭ひとつ分高く、肩幅も広い巨体の持ち主である。だが荒事には向いていないそうで、実際こうして同じテント内にいても、声をかけられるまでその存在に気がつかないような、そんな気配の薄い人物だった。
「【歪み】を見つけることができる人材というのは、案外少なくてね。うちではきみの他に三人だけなんだ。しかもその内ひとりは、諸事情があってほとんど使えない。もうひとりも屋内では能力が限定されるし、あとのひとりは……」
 そこでひとつため息をつく。
「その人も何か、問題が?」
 黙って聞いているのも手持ちぶさたなので、問いかけてみる。
「うん、実は階段から落ちてね」
「 ―― は?」
 予想外の言葉に、思わず間の抜けた声を発した。そんな拓也に尾崎は淡々と説明する。
「三日ほど前、廃ビルで仕事してもらったんだけどね。崩れかけてた階段を踏み抜いちゃって、骨折で全治三週間」
「はぁ……」
 拓也にしてみれば、さいですか、としか言いようがない。
「だから、ね」
 真藤がにこやかに後をひきとった。
「拓也くんには期待してるんだ」
 よろしく頼むよ。
 十以上も年上の人間からそんなふうに言われれば、当然悪い気などしようはずもなく。
 どこかうわついた気分でうなずいたその時の拓也を、責められる人間は誰もいないだろう。


 捜索範囲内として指示されたのは、駐車場の真向かいに存在する商社ビル内部だった。
 一階三部屋。全五階ほどの建物だ。実際に使用されている部屋はほぼ半分程度。あまり利便性の良い物件ではないようだ。
 前後を二名づつの隊員に挟まれて、拓也は建物内を歩いていた。一階から順に、廊下を歩き、扉を開けて室内を確認してゆく。
 武装した屈強な男が、自分達の肩にも届かない少年を警護している様は、端から見ればかなり滑稽だっただろう。拓也自身いささか気恥ずかしいものがあった。彼がわずかに歩みを緩めたりなにかに視線を取られるたび、隊員達は何事かと反応し身構えるのだ。うかつに声を出すこともできず、拓也は窮屈な思いを味わっていた。
 この護衛については、【歪み】から現れる生き物に対抗するためだと説明されていた。
 それらの生き物は、こちらの世界での猛獣に部類されるようなタイプも多く、遭遇した際は彼らに対応を任せ、拓也自身は即座に逃げるよう、くどいほど念を押された。
 事前に資料映像も見せられていたが、後にして思えば、そこに映っていたのは比較的おとなしい ―― いわば受け入れやすい種類の【妖物】ばかりであった。あまり大仰なものをいきなり見せても、怖じ気づかせるか、あるいは逆にフィクションめいて信じてもらえない結果になるのではないかと、そんな配慮があったらしい。
 そもそも当初の【特処】側は、拓也に危険な現場を任せるつもりなどなかったのである。拓也の祖母もそうであったように、小型の【妖物】しか確認されなかったごく小規模の【歪み】、それも既に駆除を終えあとは【歪み】自体の矯正を残すだけといった、安全な現場にのみ動員を願うつもりだったのだ。
 その点で、この日の拓也は実に不運だったといえよう。あるいは【特処】側にとっては、非常に幸運だったと呼べるかもしれないが。
 六年にわたり【特処】の仕事を請け負っていた祖母が、一度として遭遇することのなかった危険な【妖物】に、拓也はよりによって初仕事にして出会ってしまったのである。
 百聞は一見に如かず。見ると聞くとは大違いとはよく言うものだが。
 『それ』を最初に目にした時、拓也はこれまで己が何も知らずにいたのだと、心底から思い知らされたのだった。

(2003/08/16 12:59)
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