桜の木の下で
O-bake様


 ここは、神社のとなりにある公園です。神社のすぐそばを川が流れていて、その川の両 側にはずっと桜の木が植えられていました。公園のすぐわきには、ひときわ大きな桜の木 があります。

 女の子が公園に遊びに来ていました。お母さんは小さな男の子の手をひいています。桜 の花のつぼみが大きくふくらみ、先がピンク色に染まってきたもの、あるいは気が早いの かもう花開いているものもありました。

 とてもあたたかく、気持ちのよい日で、子供たちは元気いっぱいに遊んでいました。 「ママ、見て! こんなに高いところまでのぼったよ」
 女の子がジャングルジムのてっぺんから大声で呼びかけました。 「まぁ、さっちゃん、すごいわねぇ。でもすべらないように気をつけてね。ああ、たっち ゃんブランコに乗りたいの?」
 お母さんはさっちゃんに返事をしながら、ブーブーさわいでいる男の子をブランコにの せてやりました。

 さっちゃんは、するするとジャングルジムから下りてきて、次に砂遊びを始めました。 ようやくしっかり歩けるようになったたっちゃんは、すぐにブランコにあきてしまい、今 度はあちこちたんけんしてまわっています。ところが、お母さんがさっちゃんの様子を見 ている間に、公園の外へ飛び出してしまいました。気づいたお母さんが、あわてて後を追 います。おりしも公園の前の道をちょうど自転車が走ってきます。

 「キキーッ、サザーッ」と音がしました。もう少しでたっちゃんとぶつかる、というと ころで自転車はなんとか止まったようです。
「ぼうや、飛び出しはあぶないぞ。君のお母さんはどうしたのかな」
と、声をかけたのは、近くの駐在所のおまわりさんです。
 お母さんがあわてた様子で走り寄り、たっちやんを抱き上げて、おまわりさんにあやま りました。
「どうもすみません。ちょっと目を離したらこんなとになってしまって」
「いやぁ、ケガがなくてなによりです。でもお母さん、気をつけてくださいよ。そうそう、 気をつけるといえば、最近このあたりに…」

 さっちゃんは、お母さんが公園のすぐ外で立ち話をしているのをちらちら見つつ、せっ せと砂遊びをしていました。今日は日曜日。幼稚園がお休みなのでお母さんをせかして公 園に来ました。さっちゃんたちの他には誰もいません。たいていの友達はパパも仕事がお 休みなので、きっとお出かけしているのでしょう。でもさっちゃんは、そんなことぜんぜ ん気になりません。おかげでじゃまされなくてすむし、おもちゃの取り合いもないので、 思いっきり好きなことをして遊べるのです。

 さっちゃんは砂の山を大きくすることに夢中でした。フェンスのそばに植えてあるつつ じの木のかげに何かが隠れていて、自分のことをじっと見つめているなんて、ぜんぜん気 づきもしませんでした。
 つつじのかげに隠れていたのはお腹をすかせたのら犬でした。どうやら、さっちゃんの お母さんが公園に持ってきたおやつのにおいにつられて来たようです。犬は、ベンチの上 に置いてある買い物ぶくろの中身をねらっていたようですが、さっちゃんがずっとベンチ のすぐそばにしゃがみこんで動かないものですから、ついに「ウー」と軽いうなり声がも れました。
 声に気づいたさっちゃんは、はっと顔をあげ、犬と目が合いました。
「キャー、何かいるよ!」思わずさっちゃんは叫んでいました。おどろいた犬は木のかげ から飛び出し、女の子に向かっていきました。

「あぶない!」
 大人たちの声がひびきます。お母さんはたっちゃんをおまわりさんの腕に無理やりあず け、公園の中へ走って行きました。おまわりさんは、泣きわめくたっちゃんをかかえなが ら、なんとか自転車をフェンスに立てかけ、お母さんの後に続きます。

 ――間に合わない、かみつかれた?!――

大人たちがそう思って、さっちゃんの方を見てみると――。どうしたわけか犬は途中で止 まり、前足で顔をひっかくようにしています。さっちゃんはきょとん、としてその場に立 ちつくしていました。やがて犬は向きを変え、逃げてゆきました。
 お母さんがさっちゃんのそばまで来ました。
「よかった、無事で…! たった今、おまわりさんから、のら犬に注意するように、て聞 いたところだったのよ」
 さっちゃんはお母さんの言葉が耳に入らないようすでぼーっとしています。お母さんがおまわりさんのところへ行ってたっちゃんを受け取り、お礼を言っている間もずっと何かを考えているようでした。

 そしてお母さんがもどってくると、ぽつりと言いました。
「あのね、ちょうちょが飛んできたの。犬がこっちに走ってきたとき、とってもこわかっ たけど、白くて大きなちょうちょが犬の目かくしをしたんだよ! それでだいじょうぶだ ったの!」
「そうなの…?」
 お母さんは不思議に思って、あたりを見まわしてみました。白くて大きなちょうが今の 季節にとんでいるはずはありません。そしてあらためて地面を見てみると、そこには真っ 白な桜の花が二つ、落ちていました。花びらではなく、花そのものがまるっと落ちていた のです。お母さんはそれを拾い上げ、さっちゃんのところへ持って行きました。
「ねぇ、見て。真っ白な桜の花よ。珍しいでしょう。それにこの花、花びらが散ったので はなくて、花ごと落ちてきたの。まるで誰かがちぎり取ったみたいに」
「わたし、そんなことしてないもん」
 さっちゃんはぷいっと少しふくれて見せました。お母さんはくすっと笑いました。 「わかっているわよ。ただね…」
 お母さんはそれっきり黙ってしまいました。でも、さっちゃんもうっすらと思い出して います。去年の夏に何があったかを。

 夏、桜の木は青々とした若葉に覆われていました。若葉には毛虫の食べたあとがたくさ んのこっていました。桜の木はいつも涼しげな木陰を作って、遊びに来た子供たちやお母 さんたちが一休みできる場所を差し出していました。いつもは子供たちでにぎわう公園で すが、そのときは雨上がりで、地面がぬかるんでいるせいか、さっちゃんとお母さんしか いませんでした。お母さんはたっちゃんを抱っこしています。たっちゃんはまだハイハイ を始めたばかりの赤ちゃんでした。買ってもらったばかりの長ぐつをはいたさっちゃんは、 スコップを手に、うれしそうにどろ遊びをしていました。

 そのうち、見たことのないちょうちょを、さっちゃんは見つけました。
「お母さん、ここに大きなちょうちょがいるよ! とってもきれい」
「あら、ほんと。白くてきれいね。でもこれはちょうちょじゃなくて、ガの仲間。たしか、 『オオミズアオ』というのよ。」
 それは、さっちゃんの手のひらと同じくらいに大きな、真っ白いガでした。ところどこ ろやぶれたりすりきれたりしているものの、まだまだうつくしい羽には、丸いもようがう すくついています。小枝でつついても、ピクリともせず、まるで作りもののようです。 「オオミズアオはね、大人になるとすぐに卵を産んで死んでしまうの。このガも、きっとそ うして死んでしまったのね」
「大人になってすぐに死んじゃうの…?」
「そう、卵を産んでからね」
と、お母さんがうなずくと、さっちゃんの顔がくずれて今にもなみだがこぼれそうになり ました。するとお母さんは、公園のすぐそばにある大きな桜をちらりと見上げ、次にさっ ちゃんの顔をのぞきこんでこう言ったのです。

「そこの桜の根元にうめてあげましょうか」
「どうして?」
「もしかしたら桜の花に生まれ変わるかもしれない。そうなったら、すてきじゃない? 土 に埋めたオオミズアオが、一度土に帰って、それから桜の木の栄養になって、花になるの」
 さっちゃんの顔が見る見るうちに明るくなりました。
「わぁ、すてき。それなら私がうめてあげる!」
 さっちゃんはスコップをにぎったまま、桜の木の下へ行って穴を掘りました。そして大 きな白いガを入れ、そっと土をかぶせてやったのでした。

   犬におそわれそうになったその夜、さっちゃんは不思議な夢を見ました。
 夜空を背景に、どっしりと構えた桜の木。始めは、はだかんぼうだったけれど、ものす ごい速さでつぼみがふくらみ、枝の先々がかすかなピンク色にそまってゆきます。
「わぁ、花が咲いた」とさっゃんが思ったら、あっという間に満開になっていました。
 ぼうっと暗やみのなかに浮かび上がる桜の木。その色が少しずつあわくなって、ピンクから白へと移 り変わりました。さっちゃんが不思議に思っているうちに、もう花が散り始めます。
 ひらひらと舞い散る花びらに羽が生え、白くて大きくて美しいオオミズアオが、次から次へと現 れました。オオミズアオは桜の木を取りかこみ、ひらひらと舞うように飛びつづけていました。
 まるで命のめぐりをお祝いしているかのように…。

■ おしまい ■


えへへへへへvv
O-bake様のサイトにて、200番を踏んだ記念に書いていただきました♪
初めて顔を出したその日の内に、『踏みました』とかほざいた厚かましい女に、こころよくお話を下さったO-bake様、ありがとうございます〜〜〜《o(>▽<)o》
しかも桜ですよ!なんで何も言わなかったのに、こんなにも私の好みジャストミート!なお話を……(笑)

O-bake様、本当にありがとうございました<( _ _ )>


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『Sweet Little Ghostの屋敷(閉鎖)』


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