永い雨
 
 
 

 りん。
 どこかで鈴が鳴っている。
 先程からの小雨は止む気配も無く、只しとしとと世界を濡らしていた。木々は項垂れ、その雫を含み、草はくたりと下を向いている。見上げた空は薄暗く、陰鬱な表情で雨の涙を落としていた。
 りりり……ん。
 鈴の音は、雨の中でも甲高く、凛として響いていた。だんだんとその音が近づくにつれ、私はなんだか無性に怖くなっていた。たかが鈴の音。しかし扉を閉ざし、雨の中、只蒲団に包まっていた私に、これ以上怖い音など他にある筈が無かった。他に人は居ない。この家の中で聞こえるのは、私の震える吐息と布が擦れる音、時計が時を刻む音、時々ピシリと走る家鳴りの音、只それだけ。そして外の音といえば、鈴の音以外何も聞こえないのだから。
 雨は音を吸う。
 ならば何故、この鈴の音は吸われないのだ。何故だ。木々のざわめきも、風の通り抜ける音も、雨の雫が立てる音すら全て吸われているというのに。
 りん。
 そうして又、鈴の音は張り詰めた空気を割った。
 漸く私は思い当たる。この鈴の音は、葬式の音、弔いの音。昔祖母が亡くなったときにも、私はこの音に恐怖した。死者を誘う音。死者を宥める音。
 私は蒲団の中で手を合わせた。信仰の無い私がこうした処で、死者の霊が宥められる等とは思わない。しかし、葬列も無い只の鈴の音は、そこでぴたりと止んだ。
 私は漸く蒲団から身を起こした。そうして、躊躇いながら、そおっと窓から外を覗き込んだ。
 独りの僧侶が立っていた。
 再び鈴の音が空気を割り、僧侶はゆっくりと歩き出す。その後ろ姿が雨に霞む頃、漸く私は理解した。
 僧侶の立てる鈴の音だったのか。納得しながら、酷く安堵した。安堵しながら、嗚呼矢張り鈴の音は弔いの音なのだな、と、ぼんやり納得した。
 小雨は、まだしとしとと世界を濡らしていた。


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