お狐様仮装する
ちなつとも様


「のぅ、知っておるか?」
 唐突な問いに、白狐は顔を上げた。相棒の黒狐がそこにいる。見慣れた顔には、実に楽しそうな笑顔がある。ヒトガタのくせにはみ出したしっぽが、ちぎれんばかりに振られている。
 あの人間――直人に出会ってから、黒狐はよくあけすけに笑うようになった。もともと感情が顔に出やすい質ではあるのだが、むしろ今はそれがうらやましくさえ思える。かの者に、大事なのだと、大切なのだと、思っていても伝わらなければ、それは無いに等しいのだから。
 しかし白狐はそんなことはおくびにも出さず、何をですか、と問い返す。すると黒狐は益々口角を上げた。
「はろいんだ」
 したり顔でそんなことを口にするが、白狐には何のことだか、疑問符が飛び交うばかりだった。
「はろいんとは、一体何のことですか?」
 素直にそう問い返せば、黒狐は待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「何やら童しが菓子をもらえるらしい。そういう日なのだ」
 白狐は首をかしげた。はて、黒狐はいつから菓子好きになったのだろう、と。
「……私は菓子より酒の方が……」
「そうではない。ただもらうのではない。そこには符丁があるのだ」
「……はぁ」
 白狐としては、先ほどから黒狐がしっぽをパタパタと振る度に抜け毛が舞い上がるのが気になって仕方ないのだが。黒狐は、己がしっぽを出していることすら気付いていないようだ。
「まずは各々好きに妖怪に身をやつすのだ。仮装とか言ったか。そして大人に『とりっくあとりーと』というと菓子をくれるといった寸法らしい。どうだ、楽しそうではないか?」
「なるほど……ごっこ遊びのようなものですか」
 黒狐はこくこくと何度も頷く。どこで聞き及んだか知らないが、黒狐はすっかり乗り気だ。
 ふむと考え込んだ白狐だが、やがてにやりと笑みをこぼした。
「実に……興味深いです」

「そうか……今日はハロウィンか」
 直人は知らずつぶやいていた。
 大学の帰り道だった。大通りを避けて住宅街を歩いていたところ、子供の集団に出会った。しかもその子供たちが皆例外なく奇妙な仮装をしているのだ。ウィッチやジャック・オー・ランタンなどの正統派から、フェアリーやプリンセス、どこかの大怪盗やゲームの勇者までいる。手の込んだ仮装は、レディメイドか、ひょっとしたらハンドメイドかもしれない。
 地区の子供会のイベントだろうか、通りにはやはり同じように仮装した大人が立っていて、子供たちが勝手に行動しないよう、さりげなく導いている。どうやら、玄関にジャック・オー・ランタンを飾った家を訪れるようだ。
 思わず足を止め、ほほえましく見てしまう。
 と、集団の中から、二人ほどこちらへ飛び出してきた。10歳くらいの少年で、二人とも狐の仮装をしている。黒いジーンズに黒いジャンパーを羽織った子が朱い狐の面で、薄茶のチノパンにオリーブのハーフコートの子が金の狐面をしている。二人でそろえたのだろうか、同じような狐耳を付けて、ふさふさしたしっぽまで付けている。
 ……何となく、イヤな予感がした。
 二人の少年は跳ねるような足取りでまっすぐ直人の前まで来た。そろって両手を前に差しだし、
『とりっくあとりーと!』
 弾ける声。
「・・・。」
 予感は当たったようだ。
 ええと、と視線を彷徨わせつつ、直人は言い淀む。
「あんたら……だよな……?」
 どうとでもとれる問いに、朱い面がひょいと頭上にあがった。日に焼けた顔がにかっと笑う。
「おうっ、よく分かったの!」
 隣では彼の相棒が金の面を同じように頭上に上げている。
「ええと……何をなさっておらるるるのですか?」
 微妙に舌が回らないようだ。
「はろいんだ!」
 黒狐が胸を反らして言う。幼い風貌でそんな無邪気な仕草をされると、全てを許してしまいたくなる。彼も。自分も。世の中さえ。黒狐の隣では、白狐が澄ました顔をしている。幼い姿で大人びた表情をされると、未来は明るいものだと錯覚してしまいそうになる。
 簡単に言うなら、その気はなくともメロメロだ。
「……直人? どうかしましたか?」
 問いかける白狐の声はいつもより高い。でも口調も表情もいつもと変わらない。そのはずだが、
 ……なんなんだこの無性なかわいらしさは……!
 小さいもの・弱いものに対する愛おしさは、か弱い幼体を護り種を存続させるために遺伝子にすり込まれた本能らしいが、だとすれば、直人が感じるそれも、本能に他ナラナイ。
 黒狐がじれたように首をかしげた。 
「直人、とりっくあとりーとだぞ? 符丁を口にしたら菓子がもらえるのだろう?」
「……不調? ……ああ、符丁……」
 どうやらこのお狐様たちは果てしない勘違いをしているようだと、遅まきながら直人も気付いた。単なる仮装行列か何かだとでも思っているのだろう。間違っても……西洋の祭りだと知った上でのことではないと、思いたい。仮にも、神と名の付く物の怪なのだから。
 どう説明したものかと考え、ふと自分がハロウィンについて大衆イメージ以上のものを知らないことに気付いた。西洋のお盆である、と。しかし、本当にそれが正しいのか、だとしたらこの仮装行列は何のためか。上手く説明できそうにない。
 考えながらも、身体は勝手にカバンを探っていた。何かないか。あった。未開封のアーモンドチョコレート。
 稲荷に捧げるものとしてはちょっと微妙だが、ないものは仕方ない。
「どうぞ」
「おおっとりっくあとりーとだ!」
 何が嬉しいのか、黒狐はぴょこぴょこ飛び跳ねる。白狐も何やら楽しそう……に、している気がする。
 と、道の向こうでジャック・オー・ランタンの家を訪問していた子供の一団が移動を始めた。少年たちが呼んでいる。
「……なんか、呼んでるけど?」
「おお、そうだ。もう少しあの者たちと行かねば。では直人、また今度な!」
 狐たちは狐面を被り、通りを走っていく。子供たちは、トリックオアトリートとはやし立てながら、また通りを練り歩く。
「……ってゆうか、……何の祭りだ、本当に……」


「ケルト人の季節祭、サァオイン祭が起源だと言われてるわ」
「……はぁ。」
 キャンパスを移動中、隣を歩く恵美に何となく問いかけてみたところ、彼女はさらりと答えてくれた。さらに、間を置かずして説明を始めた。
「ケルト人は1年を2つの季節に区切っていたみたいなの。暖かくなる季節、寒くなる季節。つまり、5月と11月。だからその前夜には、お祭りをするの。新嘗祭と収穫祭みたいなものね。特に11月は新しい年の始まりでもあったから、盛大な祭りが催されたみたいよ。で、10月31日だけど、その日は1年の最後の日で、魔女や悪霊のチカラが最大になる日でもある。悪霊から身を守る儀式でもあったみたいね。だから、トリックオアトリート、なわけ。おっけー?」
「お…………おっけー」
 にっこりとほほえむ恵美を、直人は戦慄の思いで見詰めていた。
「あのさ、……何でそんなこと詳しいの?」
「ああ……それは、オトメのヒミツ、ね?」
 ウインクを、一つ。

 オトメのヒミツの一端を垣間見てしまった直人は、自分の知り得たその事実をお狐様に話すべきかどうか、その日一日、たっぷりと悩んでいたという。
 時代を超えてケルト人の重要な儀式に参加した日本の妖狐って、……どうよ?


終わり

二次小説ですよ!
拙作のパロディですよ!
よもやこんな物がいただける日が来ようとは……(感動)
ちょっとハロウィンネタを思いついたのは良いのですが、うまくまとめられず覚え書きで愚痴っていたところ、ちなつがこんな素敵な二次小説を書いて下さいました!
もうもう、こたえられませんvv
カタカナ発音できなくて、全部平仮名になってる次郎丸とか、無表情に喜んでる太郎丸とか、可愛すぎて抱きしめてかいぐりしたくなります。そりゃ直人でなくともめろめろってもんでさ!
ありがとう、ちなつ! ものごっつい嬉しかったですvv



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