魔術師と創造力 ── you're the one  



「……死者20名を多いと見るか、少ないと見るか」
 と、スオーラの声がする。
「アレがどこから来たのか、分かったか?」
「……いえ。まだ調査中ですが、あまり、期待はできないかと。……申し訳ありません」
 薄暗い部屋には、スオーラと、ルーチェ。他に人影はない。
「そっか……そうか。まぁ……そうだよな……」
 遠い目をして天を仰ぐ上司に、影はただ目を伏せるしかありません。
「報告は、以上です。……失礼します」
「あ、待て待て」
 スオーラはルーチェの手を掴み、強引に引き寄せ。
「……陛下……」
 スオーラの腕の中にすっぽり包まれた彼女の声は、くぐもって聞こえる。
「お前はよくやってるよ」
 声は、彼女の頭上から聞こえる。
「……ありがとうございます……」
「だからさ、怪しいものは全て抹殺、とか、そんな物騒なこと考えてんじゃねぇぞ」
「…………」
 抱きしめる腕に、力がこもる。
「……誰を生かして誰を殺すか、決めるのは俺だ。……お前じゃ、ない」
 奪われる唇は、甘く、少し、切ない。




 ふわりと甘い匂いにつられて目を開ければ、まず目に飛び込むのは味も素っ気もない白天井。独特の薬草の臭いは、医療関係のもの。
 そうかと、ロウウェンは思い出す。
 ここは、医局。魔獣を倒したはいいが、自分もぶっ倒れてしまって担ぎ込まれたのが、ここ。意識を取り戻したのはつい二日前。つきっきりで治療に当たった宮廷医術師が逆に倒れそうな顔色だったことを思うと、どうやら相当重傷だったらしいと、ロウウェンは思うのです。
「先生、お菓子でも食べてるんですか? 甘い匂いが……」
 首を横に向けてみれば、傍らには医術師ではなくアレクシアが、います。篭を手に、何やら困ったような表情で、ベッドに横たわるロウウェンを見ています。
 ベッドを囲む衝立の向こうから、当の医術師の声がしました。
「面会は半刻。少しでも患者に異変があれば私を呼ぶこと。いいですね?」
「はい、ありがとうございます」
「ロウウェン様も、大人しくしていてくださいよ」
 扉が開き、閉まる音。そして、沈黙。
「…………」
 アレクシアは黙ったままベッドの端にちょこんと座ります。直前までパティシエとしての仕事をしていたのか、甘い匂いは、アレクシア自身からするようでした。
「……大丈夫……じゃ、ないよね……」
「んん…………正直、しんどい。でも、多分、君が考えてるほどじゃない。無理がたたって出血するほどではあったけど、内臓破裂とか、そんなことにはなってないからね。まぁ、先生の言うとおり、無理は禁物なんだろうけどね」
 努めて明るいロウウェンの言葉にも、アレクシアの反応は鈍いものでした。
「ところで、それは?」
 ロウウェンはアレクシアの膝に乗せられた篭を指差します。白い布が掛かっていて、中身は見えないのです。
「え? あ、これは……」
 アレクシアは布をどけました。篭の中には、小さめのココット皿に入ったゼリー。閉じ込められた紫色の花片が、いかにも涼しげです。
「あの、一応、お見舞いって言うか……その、……」
「おいしそうだね。その花片は?」
「スミレの、砂糖漬け」
「スミレって、食用だっけ?」
「これは、食べても大丈夫。砂糖甘いだけで、特に変わった風味があるわけじゃないから」
「彩り用か。うん、確かに、きれいな紫色だね」
 開け放たれた窓から、風が吹き込みました。ざわざわと、枝が揺れています。まるで誰かが揺らしている、ように。
 アレクシアを見れば、先ほどからずっと居心地悪そうにそわそわしています。とは言え、帰りたがっている風でもなく。
 何かを、言いたいけど、言えない。
 そんな印象を受けます。
 ロウウェンはゆったりとほほえみかけます。
「『ありがとう』?」
「えっ」
「それとも、『ごめん』?」
「えっ……と……」
「いらないから。僕は、僕がそうしたいと思ったから、魔獣を始末することを選んだ。君が謝る必要はないよ。……うん、って言うか、僕の方こそ、お礼を言わないとね」
「な、何でお礼?」
「囮になってくれたからね。確かに、それは君自身で決めたことだろうけど、君の助力があってこその、今だからね。……お礼くらい、言わせてよ」
 ありがとう、と。他人には見せない優しい顔で。アレクシアの顔に、朱が差します。
「じゃぁ……ボクだって……それを言うなら、ボクだって……!」
「これでしょ?」
 ぽかんとするアレクシアに、ロウウェンは篭を指差します。
「そのゼリーって、そうなんじゃないの?」
「え? あれ? ……ええと?」
「ありがたくいただくよ」
「うん、どうぞ……」
 差し出される篭を、実に嬉しそうに受け取り。

 風が渡る木の、生い茂った葉に隠れて潜む、影。手にした小さな鏡越しに、医局の病室が映ります。風に乗って届く病室内の声は、微かなのもだけれど、影にとってはそれで十分。
 ざわりと、近くの枝が揺れて、出現する気配。それは敵意のない、よく知ったもの。
「ご苦労様。どうだった?」
 彼女の言葉に、現れた影が応えます。
「……きれいに痕跡が消されていましたよ。書類も、丹念に丹念に燃やしたみたいで。燃え残りの一つもありませんでした」
 『屍』の潜んでいたヤサを探れと、命令を出したのは彼女自身です。そこにめぼしいものはないだろうと、分かった上で。
「そう。じゃぁ収穫はなし?」
「焼かれた書類の幾つかは、外国語で書かれていたようです」
「燃え残ってないって」
「自分が見たのは、灰です。ただ、その時はかろうじて形を留めていたのですが、すぐに崩れてしまって……」
「……でも、見たのね?」
「それは、もちろん」
「なら信じるわ。それと、可能ならその外国語がどこの国の言語か、調べてちょうだい」
「了解。ところで、さっきから何を熱心に見ているんですか?」
「魔術師サマと、異邦人」
「……魔術師殿は満身創痍、いくら要監視対象とは言え、今そんなに熱心に見張る必要はないと考えますが」
 彼女は笑います。対象に気付かれないように密やかに、それでもその表情は、一瞬、少女のようにも見えました。
「見張ってないわ。見てるの。……二人を」

「僕たち、めちゃめちゃ頑張ったよね?」
「え? ぁ、うん……」
 何やら不満そうなロウウェンに、アレクシアはきょとんとします。
「どっかからかご褒美が出ても良いくらいだよね?」
「まあ、そう、かな……」
 アレクシア的には、全くその考えはありませんでしたが。
「ところがだよ?」
「……うん」
「こともあろうにスオーラのヤツ、『職務範囲内じゃん?』って! どう思う!? 僕がこんなにへろへろになって、君だって大変だったろ!? 職務範囲なものか!」
 息巻く友人に、アレクシアは小首を傾げる。
「そうなの? ボクは、……ほめてもらったよ」
「……誰に?」
「料理長。よくやったな、若造って」
「そ、そんだけ……?」
「うん。……ボクは、……ボクは、いつもの日常が戻って、働く場所があって、君が、生きてるから。それで十分だよ」
 悟りきったような静かな笑みに、ロウウェンは思わず身を乗り出します。
「それって……ひょっとして、愛の告白?」
 その答えは、盛大なため息。

「あの二人……って、やたらとメイドさん達が騒いでますけど、一体、何なんですか? 男同士で仲良くして、一体何が楽しいんですか?」
 木の影からこっそり病室を窺う青年。今日は、黒尽くめではありません。
「え〜……そぉね。つまり二人とも、見た目がいいじゃない?」
「……はぁ……」
「見た目がいいのが、怪しいくらいに仲がいいのを見るのは、腐女子のたしなみ? みたいな?」
 わざとらしく可愛く見上げれば、隙の少ない切れ長の瞳が困惑しています。
「は? たしなみって……理解に苦しみますね」
「大丈夫、理解は求めていないから。……っていうかさ、姉ちゃんから聞いてないの?」
「姉さん……姉さんも参加してるんですか!?」
「そりゃもぅ。他の子と一緒にきゃぁきゃぁと」
 ぐらりと傾ぐ青年に、ルーチェはさらに追い打ちを掛ける。
「それからね、レイシン、アレクシアは、女の子よ」
「……は!?」
 驚いた拍子に、彼はルーチェの視界から消えていきます。
「どうして誰も気付かないのかしら。……うん、きっと……この国は、まだまだ閉じてるから。異国人なんて、誤解と偏見の的みたいなものよね。……ん、違うか」
 ルーチェはため息と共に手鏡を仕舞いました。
「……自分と違うものは、全て、……かな」
 かさりと微かな音を最後に、影は消える。




 宮廷医術師は、頭痛を覚えました。青筋がぴしぴしと浮かんできます。
 しばらく外していた隙に、随分と集まったようです。考えてみたら、部屋を出たとき、周囲にやたらとメイドがいたような気がします。何やら忙しそうにしていたけれど、一ヶ所にそんなに集まるわけがないのです。
 集まった彼女たちは、こちらに背……よりも、むしろ、尻を向けています。
『今の! 今のロウウェン様の笑顔! 永久保存ものじゃない!?』
 ひそひそと、それでも興奮を抑えきれない様子で。
『そ、その笑顔で恥じらう少年……! 萌える……! メシ、3杯いけます!』
『ちょっとちょっと、いつになく、いいカンジじゃない?』
『幸いベッドですし。このまま、いっちゃう?』
『いっちゃうの!? やっちゃうの!?』
『ついに少年は純潔を散らすのね!? その瞬間に立ち会えるなんて、光栄だわ!』
『引き寄せて! ロウウェン様! 引き寄せて、まずは唇を奪って……!』
 僅かに開いた扉に群がり、聞いてるこちらの方が赤面しそうな会話を平気でしている。
 ごほんと咳払いをすると、ぴたりと会話が止まる。メイド達は恐る恐る振り向き、そこに医術師を認め。ひとりが両手を目の前で組み、潤んだ瞳で見上げてくる。
「お願い、先生!」
 他のものも、それに習って両手を組み、うるうると見上げる。
「お願いです!」
「見届けさせて!」
 青筋が、もう二つ、増えました。

「……レイシン?」
 振り向いた青年の視線の先には、レイリーがいました。めがねの奥で、その瞳が嬉しそうに細められます。
「どうしたの、こんなところで」
「姉さん……いや、それが、道に迷っちゃって。厨房に行きたかったんだけど、……ここ、どの辺? 厨房どころか、帰り道も分からないんだけど」
「そっか。お城、広いもんね。近くに用事があるから、一緒に行こう?」
 青年はほっと笑顔を見せました。
「助かるよ。納品遅れたら、あの強面の料理長にどやされるからさ」
「あ、うんうん、料理長さん、確かに恐いかも」
 二人は歩き出し、しばらく進んだところで、唐突にレイリーがくすりと吹き出します。
「姉さん?」
「ううん、先生も気苦労が多いな、って」
「? ……ん、まぁ、いいけど」
 時々風変わりなことを言う姉には、慣れっこなのです。

 アレクシアは不思議そうに扉の方を見ます。
「先生? 何を怒鳴ってるんだろう」
「さぁね。先生、いかにも神経質っぽいから。気苦労多そうだよね」
 最近の気苦労は、もっぱら宮廷魔術師殿です。
「そろそろ半刻経つね。ボク、帰るよ」
「えっもう!?」
「先生に怒られちゃう。実際、何か、怒ってるみたいだし」
 はぁぁと深いため息をつく友人に、アレクシアは吹き出します。
「また、お見舞いに来るよ。何か食べたいものある? 作ってくるよ?」
「食べたいもの……欲しいもの……うん、あるよ」
「何?」
 ロウウェンは指差します。アレクシアは、自分に向いたその指をきょとんと見詰めます。
「……アレクシア」

 ようやくメイドを追っ払った医術師は、未だ怒りの収まらぬ表情で医局の扉を開きました。そして、目撃しました。
 異邦人が、病人を、殴っている。
 ……医局に寝かされていた魔術師殿はそれはもうひどい状態で、駆けつけるのがあと半日遅ければ手遅れになっていたのではというくらいで、それを、国王自ら「何が何でも助けろ」など言われて、つきっきりで治療に当たり、こっちが倒れそうになりながらも、その甲斐あってようやく回復に向かっているというのに、それを、ああ、それを……!!
「〜〜〜*%#$<!!!」

 撃沈した魔術師と、聞き取れない言語で怒鳴る医術師と、ひたすら謝る異邦人と、再び集結しつつある若き娘達と。
 多分それが、魔術師殿の勝ち取った、

 ──彼の日常。


fin    .

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