死ニ至ル病 ── 終息宣言 caseclosed  




 昼下がり。庭に面した大きな窓からの日差しのまぶしい、そんな通路。
 長い通路の真ん中に、国王と宮廷魔術師がおりました。国王は窓枠にひじ付いてぼけっと外を眺め、魔術師はその隣で不機嫌そうに壁にもたれています。通路の遥か両端では、兵士が通せんぼしています。迷惑な話です。誰も、文句は言えませんが。
「……影の調べたとこによるとな、」
 やる気のない、ぼそぼそとした調子でスオーラが口を開きます。
「問題の魔術師、な。地方都市の奇術師だったらしい」
「……奇術師? 魔術師の間違いじゃなくて?」
「奇術師。それにタネがあったのかどうかは知る由もないがな。まあ、素地はあったんだろう」
 影の報告によると、とスオーラは続けます。
「その男の住んでいた家は、無人になっていた。荒らされて、妻と子供の行方はわからない。後、棚の裏から絵が見つかったそうだ。子供の描いた。両親と、子供二人。絵の裏には一言、『預かっている』……そんだけだとよ」
「そうか……」
 それが意味すること。あの、名も知らぬ術者が言った言葉と合わせれば、容易に察しがつきます。その結末は、その家族にとって、最悪なものだったに違いなく。
「まあ、だからってあいつが許されるわけじゃないけどな。けど、何かこう……もどかしいっつぅか、歯がゆいっつぅか……」
 スオーラは大きくため息をつきながらがりがりと頭をかきました。
「後ろにいたやつのことも分かんねぇし。すっきりしねぇよな」
「……そうだな」
「ま、一つ言えることがあるなら、おまえ、相当運がいいぞ」
 唐突な言葉に、ロウウェンの反応がわずか遅れました。
「なぜ、そうなる? どこに運の要素が?」
「おまえが報告したことだ。地下湖がある、町まで水路が続いている、水路は途中で枝分かれする」
「……とっとと言え。それが何だ?」
「水路の先が問題だな。一つは、近くの川に流れ込んでいる。もう一つは、どこだと思う?」
「…………」
「なーんと。地下水路の先はさらに深い地下水脈に続いていました。暗黒の滝があったとさ」
「…………」
「運がいいよな。滝の方に流されてたら、直ぐには地上に出れなくてどう考えても死亡だ」
「…………」
 無言のまま立ち去ろうとするロウウェンの背に、スオーラは声をかけます。
「対策考えたか? 何の、とか言うなよ。おまえの弱点の話だ。どうにも敵がいる。首都潰しても平気な顔ができる、厄介な敵が。その攻撃を、2度ともおまえが防いだ。どういうことになるか、分かるよな?」
 ロウウェンが、ゆっくり振り向く。不機嫌を通り越して災厄を振りまきそうな面構えで。
「…………まず、僕を、潰しにかかる。もしくは、取り込みにかかる。アレクシアは……」
 一度言葉を切り、唸るように、絞り出す。
「餌に、なる」
 スオーラは手を叩く。数度、乾いた気のない音が響きます。
「よくできました。それが分かってりゃ、今はいいや。何かおまえ、ビミョーに堪えてるみたいだし」
 ロウウェンの不機嫌さにますます拍車がかかります。
「……何のことだ?」
「……何のこと、ねぇ。……同族嫌悪っつったら、分かるか?」
 珍しく、ロウウェンの顔に朱が差します。ずいぶんと痛い所を突かれたようです。スオーラはため息のような乾いた笑いを落とします。
「図星かよ。…………もうすぐ冬が来る。さすがに冬には仕掛けてこないだろう。大掛かりなものに限るが。その間に、何か考えろ。なに、冬は、……長い」
 ロウウェンは無言で渋面を作ります。それを見たスオーラはひょいと肩をすくめました。
「俺だってな。たまにはまともなことも言う。こうみえて、いろいろ背負ってんだぜ? 国王だし」
 ふと、自嘲気味に笑い、一応な、と付け加えます。




 最終的な死者は97人になったとの報告を受けたルーチェは、ごくごく小さなため息をつきました。
「これって、多いのかしら、少ないのかしら」
 報告をした当人であるレイシンは頭を振ります。
「自分には、判断できませんね。しかし、一度絶望的な状況を見ていますから、これでも……上々と言っていいかもしれないと、思います。個人的には」
「そう……かも、知れないわね。魔術師殿がいなかったら、どうなっていたことか……」
 ありえた未来を思い浮かべ、ルーチェはわずかに身震いする。
「それと、ヤン先生の力も大きいです。先生が先頭に立って町の人間に指示をださなきゃ、ロウウェン様が出てくるころには死者は何倍も出ていたと思いますよ。何より、祟り神候補の患者を死なせなかったことが。ヤン先生も、ジョシュア医師も、誰かあきらめていたら、多分、あの異邦人は間に合わずに祟り神になってました」
「そうね……。誰もが、精一杯のことをしたからこそ、過去形で話せるのよね」
 しみじみと、綱渡りのようだったと、思えます。誰か、何か、一つでも欠けていたら、こうしていられなかったかも知れないのです。
 もし過去に何かを為していたら、状況は違っていたかもしれない。ふと、そう考えてしまう。過ぎたことはどうにもならないと、知っているのに。
 ところで、とレイシンが首を傾げます。
「ところで、水路の出口に医師たちが待機してたのって、ルーチェさんの指示ですか? 今回報告らしい報告なんてできなかったのに、よく読めましたね。感服します。おかげで、生き延びました」
「…………それは、私じゃないわ」
 少しだけ悔しげに。
「ルーチェさんじゃない? では、一体誰が?」
 ルーチェは悔しさいっぱいに、言い切ります。
「内緒!」
「え。これって、内緒にしないといけないようなことなんですか?」
「じゃぁ、お告げがありましたって言ったら、信じるの?」
「じゃあって何ですか、じゃあって。何でそんなとってつけたようなことを」
「もう、詮索しない。それより、どうよ、どさくさに紛れておおっぴらに姉ちゃん抱きしめた感想は?」
 一瞬で、茹りました。いい年した男が、乙女のように赤面しています。
「ちょ、な、……何で、それ……! み、見てたんですか!?」
「え、いや、……見てない。え、本当にしたの?」
 からかうような表情から一転、むしろ気遣うような悼むような表情に、レイシンの全身から血の気が引いていきます。とんでもないことをゲロってしまった、と。
「は!? あ、いえ、だから! その、姉に……いや、姉が、心配したと泣きながら抱きついてきたから、そ、……なだめるためです! もう心配しなくていいと、伝えるためです!!」
「あっそう、うん、まぁ、よかったわね?」
「…………なんですか! 何なんですか!? そこで優しく微笑むって、逆に抉られますから! ってか、距離置かないでくださいよ! 優しく笑いながら退がるって、やめてください、本気でへこみますから!!」
 レイシンの本気の男泣きがむなしく響きます。




 ロウウェンの部屋の前に、アレクシアがいる。
 その事実に、ロウウェンは一足飛びで通路を駆け抜けます。途中、ロウウェンの急接近に気付いたアレクシアがギョッとしましたが、それはそれ。
「ごめんね、アレクシア! 待たせたかい?」
「別に、その、待ってたわけじゃ……」
 確かに、アレクシアは、待っていたというより、箱を両手で持ちながら部屋に入ろうかどうしようか迷いながらうろうろしていたように見えました。
 しかしどちらにせよ、ロウウェンに用事があることに変わりはありません。魔術師殿はご機嫌至極。
「まぁまぁどうぞどうぞ散らかってるけどそんなことは気にせずにさぁ入って入ってゆっくりしてってよそれこそもう、明日の朝まで!」
「それはない」
 それはもう素敵な笑顔でのロウウェンのお誘いを、アレクシアはあっさりとお断りします。あっさりと、何てことなく。もういっそ、冷たく断られた方がよかったんじゃないかと思うほどの無関心ぶり。がくりと、ロウウェンはその場に崩れます。
「冷たくすらないって、こんなに、哀しいことだったんだ……」
「大げさじゃない?」
 割と、大袈裟ではありません。
「……体調、もう平気?」
 静かな声で言われて、ロウウェンは顔を上げます。
「僕は平気だよ。アレクシア、君の方が……」
 アレクシアは首を横に振ります。
「ボクは、他の患者たちと同じ。アザが消えれば、熱も下がるし、後は失った体力を取り戻すだけ。難しいことじゃない。でも、君は、」
 一旦言葉を切り、咎めるようにロウウェンを睨む。
「激流に巻き込まれたとき、ボクにだけ魔法使ったんじゃない?」
「いや、さすがにそんな余裕はなかったよ」
「じゃぁ、なんでボクだけほとんど水も飲まなかったの?」
「……気絶してたから?」
「…………」
 アレクシアはしばらくロウウェンを睨んだ後、はぁとため息をつきました。
「君は、いっつも、無茶するよね」
「え、僕が? んん、そうかい?」
「してるじゃない。そして君はそれを『自分のためにしたこと』とか、言っちゃうんだ。だから、ボクは…………」
 口をぎゅっと結んでうつむいてしまった友人を前に、ロウウェンは困ったように頭をかき混ぜます。
「……自分のためだよ。それは、間違いない」
「でも、……みんなを、救った」
「結果としてそうなっただけだね。僕は、世界を救ってやろうとか、そんなことを考えたりしない。僕は、僕の周囲だけで満足するような、小さな人間だ。小さな人間の小さな世界が変わらずそこにあるよう、僕はそのために動く。僕の基準でね。今回は、たまたま、大勢が好ましいと思う方向に合致しただけで、いつでもそうとは限らない。あくまで、僕の基準だからね、必要と判断すれば、スーシアを潰すくらいなんとも思わない。全く、……同族嫌悪とはよく言ったものだ」
 さらりと、そんなことを。きっと本気なんだろうなと思うくらいは、アレクシアも彼を理解しているつもりです。
「……お礼を言うくらいは、いいよね?」
「うん? お礼?」
 アレクシアは意を決したように顔を上げ、ロウウェンと視線を合わせる。彼が思わずたじろいでも、お構いなし。
「ありがとう」
 打算も何もない、純粋な言葉。
「君や、レイシンや、先生たちのおかげで、ボクは今、ヒトでいられる」
「……君も、戦ってたじゃないか。君のヒントがなければ……」
「戦えたのは、ロウウェン、君がいたから」
 思わず、目を見開いてアレクシアを凝視する。今、何て言った?
「……自分に不可能はない、信じろって、言ってくれたよね。君を疑ったことはないけど、でも、あんなふうに言われたら、……負けられないって、思った」
 アレクシアは視線を外す。そのほほが、紅い。見下ろす形になるロウウェンからは、丸見えで。
「君が、どういう理由で動こうと、君の言葉は、確かにボクの力になった。だから、……ありがとう」
 不機嫌そうな声は、照れ隠し以外の何物でもなく。持っていた箱をロウウェンにぎゅうっと押し付ける手は、顔以上に紅い。
 ロウウェンは吹き出す。笑うしかありません。笑ってごまかさないと、顔面がデレデレと崩れ落ちそうです。
「うん、さすが料理人。お礼は手作り品とともに、か。前回はゼリーだったけど、今回は何かな?」
「ぅ……その、シフォンケーキ。クリと、イチジクの」
「いいね、季節ものか。ん、箱があったかい。ひょっとして、焼きたて?」
「たてってほどじゃないけど、それなりには」
「素晴らしい! じゃあ早速いただこう。入って入って、お茶にしよう?」
 笑顔全開で扉全開、目に飛び込んできた光景は書籍全開の収納全開。今日もロウウェンの実験部屋は大混雑。さすがのロウウェンの笑顔も凍りつき、アレクシアは大きくため息をつきます。
「あ〜いや〜ちょっとさっき散らかしちゃって〜」
「……いつもじゃん」
 にべもない。そしてこの大混雑の部屋でお茶など到底望めないことも認めざるを得ない。ロウウェンはがっくりと肩を落とします。
 アレクシアがその肩を優しくたたきます。
「今日、いい天気だよ?」
「ん、うん、そうだね」
「向こうのテラスでお茶したら、きっと気持ちいいよ?」
 お茶を、断られなかった。逆に、テラス席に誘われた。ロウウェンの顔がぱっと輝きます。でもすぐに、残念そうな顔。
「……何か問題?」
 と、アレクシアが聞けば、
「テラス席はさすがに人目につくからね。二人きりでいちゃいちゃべたべたきゃっきゃうふふなことがふぅっっ」
 わき腹押さえてよろめくロウウェンの視線の先で。その彼に肘鉄を喰らわせた張本人はうれしそうに笑っています。
「先に行っててよ、お茶用意してくるからさ!」
 軽い足取りで駆けていくアレクシアの背を、ロウウェンは満足そうに見ている。
 それが、彼が望んだこと。それが、彼の小さな世界。
 しかしその小さな世界を支えるために、大きな大きな世界がある。どこまでも、どこまでも大きな世界が。
 もちろんロウウェンは知っている。


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